Home/ 歴史認識 歴史認識 これで良いのか日本の民主主義!?――戦後70年談話が象徴するもの 2015.09.09 文/HS政経塾2期卒塾生 幸福実現党埼玉県本部幹事長代理 川辺賢一 ◆粉飾談話で支持率回復 「かつて自民党は歴代政府の政府答弁や法解釈などをずっと引きずってきたが、政権復帰したらそんなしがらみを捨てて再スタートできる。もう村山談話や河野談話に縛られることもない」※1 「村山さんの個人的な歴史観に日本がいつまでも縛られることはない。」※2 これは一体、誰の言葉でしょうか。 どちらも安倍首相が、一度目の総理大臣を辞めた後、在野の衆院議員時代に語った言葉です。 一方、首相に返り咲いて2年半が経った今年8月、同じく安倍首相は戦後70年談話のなかで以下のように述べました。 「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。(一文略)こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。」 ここで言う「歴代内閣の立場」とは、文脈上、過去の植民地支配と侵略に対して痛切な反省と心からのお詫びを表明した「村山談話」等だと理解できます。 首相就任のたった半年前の発言と首相になってからの談話で、180度矛盾する見解を表明していて、しかもその後、政権の支持率が回復している。――これは一体、何を意味しているのでしょうか。 私たち国民は建前では「嘘つきは嫌いだ」と言いながら、本音では「正直さ」も「誠実さ」も政治に求めていないのかもしれません。 マスコミに真実を求める姿勢があるならば、この安倍首相の矛盾を徹底的に追及して、首相になる前の発言となった後の談話とどちらが真実なのか明らかにすべきです。 それをせずに都合の良い時だけ政治の汚職や嘘を追求するなら、日本の民主主義は茶番だと言わざるをえません。 ◆政治に誠実さを求めるならば、まず憲法を変えるべき そうは言っても国民の多くは「汚い政治は嫌い」「政治家には正直であって欲しい」と建前上、言うかもしれません。 しかし私たち国民が本心から政治に誠実さを求めるならば、まず憲法を変えるべきです。 談話発表で支持率が回復した安倍政権も、その前は安保法制の採決で支持率を落としておりました。 この問題では、憲法学者のほとんどが安保関連法案を違憲だと表明して話題になりましたが、そのうちの7割の憲法学者は自衛隊の存在自体、違憲あるいは違憲の可能性があると表明しております。 憲法を職業にする憲法学者でなくとも、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とある憲法9条第2項を字面通り読めば、確かに憲法上、自衛隊が存在して良い理由がわかりません。 日本国憲法を字面通り、あるいは憲法学者の大半が示す通りに理解するならば、私たち日本国民は、自衛隊を廃止するか、憲法を変えるか、どちらかを選ばなければ、「憲法でも嘘をついている」ことになります。 立憲主義によれば、憲法とは国の最高法規であり、権力を制御して、民主主義を守るための大事な法です。 しかし、その大事な憲法で国民が嘘をついていて、どうして日本に正常な民主主義が機能するでしょうか。「民主主義や立憲主義が大事だ」と言うならば、まず憲法で嘘をつくのをやめるべきです。 ◆日本は国際秩序への再挑戦を! このような戦後日本の歪んだ民主主義は、日本がGHQに占領され、あらゆる言論がGHQの検閲を受け、GHQが作った日本国憲法に対しても、彼らの占領政策に対しても、批判が許されなかった「閉ざされた言論空間」から始まったものだと考えられます。 またそれは安倍談話の「新しい国際秩序への挑戦者」という言葉にも象徴されます。 本来、「国際秩序」というのは価値中立であり、良い秩序もあれば、悪い秩序もあります。にもかかわらず、日本では安倍談話を肯定する側も、批判する側も、「国際秩序に挑戦した」こと自体悪いことであるかのように論じられます。 当時の国際秩序は、安倍談話のなかにもあるように、欧米列強諸国が植民地を巻き込んで経済のブロック化を進める秩序です。 安倍談話にある「民族自決」は欧州に限られた動きで、アジア・アフリカの有色人種は独立国家を持てず、人種差別を受けていた、さらに自由貿易ではなく、保護貿易が進められた――そういう秩序に挑戦して何が悪いのか、正義や民主主義や人種平等や自由経済の観点から一体どう説明できるのでしょうか。 そして現代の国際連合においても、事務総長が中国の抗日戦勝式典に参加する等、全く理解できない行動をとっています。これが国際秩序であるならば、挑戦して当然です。 私たちは、このような戦後日本の歪んだ民主主義を真実の光で検証し直し、間違った国際秩序に挑戦した先人たちの気概を取り戻すべきです。 ※1 2012年5月「産経新聞インタビュー」 ※2 2009年2月号「正論」 終戦後の食料危機を救われた昭和天皇 2015.09.08 文/幸福実現党・政務調査会 佐々木勝浩 ◆終戦後の食料危機 前回、マッカーサーと昭和天皇の会見の話を紹介しました。 「昭和天皇とマッカーサーの会見秘話」 昭和天皇とマッカーサーの会見秘話 戦争は終わったものの、昭和20年、終戦の年もくれる12月になると日本は極度な食料難に陥っていました。年が変わり21年になると「1000万人の餓死が出るのではないか」とささやかれました。 米国占領軍によって獄中から釈放された共産主義者が呼びかけ、昭和21年5月19日には、赤旗を掲げた「米よこせデモ」が皇居の中にまで押し寄せました。 「米よこせデモ」のプラカードには、以下のような昭和天皇を侮辱するような言葉もありました。 〈朕(チン)はタラフク食ってるぞ ナンジ人民 飢えて死ね〉 ◆国民の飢餓を救った昭和天皇 しかし昭和天皇は、「米よこせデモ」の半年前の昭和20年12月、鳩山一郎内閣の文相である松村謙三氏に、次のように言われています。(「三代回顧録」松村 謙三著) 『食料の悪化は、このまま推移すれば多数の餓死者をだすようになるというが、戦争に塗炭の苦しみをした国民に、このうえさらに多数の餓死者をだすようなことはどうしても自分にはたえがたいことである。』 『政府ではアメリカにたいして食料の提供を要請しているが、アメリカはこれに応諾を与えてくれぬそうであるけれども、考えてみると当方からは食料の代償として提供すべき何物もないのだからいたしかたない。』 『それで、聞けば皇室の御物の中には、国際的価値のあるものが相当あるとのことである。よって帝国博物館の館長に命じて調査させ、その目録を作成させたのがここにある。』 『これを代償としてアメリカに渡し、食糧にかえて国民の飢餓を一日でもしのぐようにしたい。そのように取りはからうに。』 マッカーサー元帥に、昭和天皇の心持ちを伝え御物の目録を差し出すと、すでに最初の訪問で「自分の身はどうなっても国民を助けてほしい」という言葉に感動を覚えていた元帥は、こう言いました。 「天皇の考えられることは、まことによく分かるが、自分としてもアメリカとしても、せっかくの懇請であるけれども、皇室の御物を取りあげて、その代償に食糧を提供するなどのことは面目にかけてもできない。」 「この目録は陛下にお返しされたい。しかし国民のことを思う天皇の心持ちは十分に了解される。自分が現在の任務についている以上は、断じて日本国民の中に餓死者を出すようなことはさせぬ。かならず食糧を本国から移入する方法を講ずる。陛下に御安心なさるように申し上げてもらいたい。」 これまで首相、外務大臣が何度も「食糧支援」を懇請していましたが、決して承諾しなかったマッカーサー元帥は、昭和天皇の国民を思うお心に打たれて、即刻アメリカからの食料物資を手配しました。 このように昭和天皇のお心は、〈朕(チン)はタラフク食ってるぞ ナンジ人民 飢えて死ね〉とは、まったく違ったものでした。 ◆今、私たちがこの世に生がある理由 米国から日本に大量の食糧物資が届かなければ、戦後の日本は多数の餓死者が出てもおかしくない状況だったのです。 当時、大量の餓死者が出て、その中にもし祖父母、父母が入っていたら、私たちはこの世に存在していないかもしれません。 歴史とは過去からつながっているものであり、現在の私たちがこの世に生を受けることができたのは、昭和天皇を始め多くの先人方の努力があったからです。 このような先人方の努力に対する感謝を忘れてしまったのが戦後の日本人です。 本当の歴史を取り戻すためには、こうした先人方への感謝から始まるのではないでしょうか。 沖縄集団自決に日本軍の強制はあったのか【後編】 2015.09.07 文/HS政経塾4期生 幸福実現党 大阪本部副代表 数森圭吾 前回、沖縄戦をとりまく状況と、日本軍がいかに住民保護に尽力したかについて書かせて頂きました。この日本軍が住民に自決を強制したのかを今回の後編で見ていきたいと思います。 沖縄集団自決に日本軍の強制はあったのか【前編】 http://hrp-newsfile.jp/2015/2381/ 【集団自決の真実】 ◆軍の強制があったとされるポイント 軍による強制があったという意見のなかには、日本軍が行ったとされる悪事が複数指摘されていますが、当時の資料を調べると事実ではないことが非常に多く書かれています。 そのなかでも今回取り上げた、集団自決に関する指摘として、「日本軍が住民や従軍看護婦に手榴弾を配り、集団自決を強制した」というものがあります。 しかし当時、手榴弾は非戦闘員である一般島民には配布されておらず、県民によって組織された「防衛隊」にのみ配布されていました。 証言として残っているのは、この防衛隊隊員が軍の手榴弾を民衆に手渡したというものです。 渡嘉敷郵便局長の徳平秀雄氏によると、当時米軍に追い詰められた戦況に絶望した避難民が防衛隊隊員から手榴弾を受け取り、自決を選ぶ様子が証言されています(「沖縄県史」第10巻)。 軍は自決命令を出すどころか、慶良間列島の座間味島において住民が自決用に弾薬をもらいに行った際、隊長がそれを断っているという証言もあります。 ではなぜ集団自決がおこったのでしょうか。 ◆集団自決が起こった背景 ○沖縄マスコミが植え付けた米軍への恐怖 当時、集団自決が発生したことは事実ですが、その引き金となったのは「米軍への恐怖」だったと考えられます。これは慶良間列島で起こった集団自決はどの島でも米軍上陸当日に起こっていることからもわかります。 沖縄問題に詳しいジャーナリストの恵隆之介氏も「集団自決は恐怖心によるパニックが最大原因だと思われる」と見ており、その恐怖は沖縄マスコミが植え付けたものであると考えられます。 戦前の沖縄の新聞社は「尼港事件」など海外で日本人が虐殺された事件を定期的に報道していました。これによって他国の軍隊に対する恐怖心が沖縄住民に拡がり、結果、沖縄戦で上陸してくる米軍を目の当たりにした住民が絶望して自決を選んだ可能性が高いのです。 1985年7月30日付神戸新聞では「絶望の島民悲劇の決断」「日本軍の命令はなかった」という見出しを出し、軍命令はなかったとする島民の証言を掲載しています。 座間味島の集団自決は「米軍上陸後、絶望した島民たちが、追い詰められて集団自決の道を選んだものとわかった」と報道しています。 ○米軍の心理作戦 米軍の沖縄侵攻作戦は「アイスバーグ作戦」と呼ばれていましたが、この作戦においては戦況を有利に進めるための「心理作戦」が実行されました。 この心理作戦はハーバード大学のトッツア教授がまとめた心理作戦計画案に基づいており、日本軍と沖縄県民のあいだに不信感をつのらせ、信頼関係に亀裂を発生させること、沖縄県民を米軍の味方に引き込むという狙いがありました。 米軍は沖縄上陸の際、沖縄住民に日本軍を敵視させるため「米軍はあなたたちの味方」「日本軍が悪い」「日本軍が沖縄の人々を殺している」といった内容が日本語で書かれた大量のビラを撒きました。 集団自決はこの米軍上陸のタイミングで起こっており、アメリカの宣伝効果によって、「軍命による自決」という風評が広がったと考えられるのです。 ○援護法の適用問題 軍人やその遺族に対する戦後補償をするための法律に援護法というものがあるが、1957年本来なら民間人には適用されないはずの援護法が沖縄住民に対しても公布され、対象者に年金・給与金が支給されています。 この援護法の申請書には「軍に積極的に協力して戦死した」という表現では厚生省に受理されなかったが、「軍の命令」というかたちに修正し再申請した際には受理されたという証言が存在します(沖縄県遺族連合会幹部)。 当時の厚生省は「軍命」と明記されていない申請書には「軍命」と書くことを暗に指導するなど、この援護法をできる限り沖縄住民に適用しようとしていました。 さらに、援護法適用のため、住民が軍責任者に「軍命をだしたことにしてほしい」と依頼し、沖縄で大きな犠牲がでたという同情と悔恨の念から、その責任者が「軍命」について認めたということも明らかになってきています。 この「善意の嘘」も合わさり、「軍命」の捏造が多発。結果的に「軍命があった」という風潮が意図せぬ形で流布していったと考えられます。 ◆現代の日本分断作戦に対抗するために 沖縄戦で大きな犠牲が払われたことは事実です。70年後の今を生きる我々は沖縄の英霊の方々への感謝を忘れてはならないでしょう。 また、今回書かせて頂きました「集団自決の軍命説」が発生し、広がっていった背景には「戦中の不幸」や利害が絡んだ「善意の嘘」など色々な要素が複雑に絡んでいます。 しかし、日本軍に対する「嘘の汚名」が現在にまで残り、そこに反日感情が入り込み、日本分断の手段に利用されることだけは日本人として黙って見ていてはいけないと思います。 我々はこの問題を「沖縄での出来事」ととらえることなく、「日本人として国民全員が知るべき歴史問題」として正しく向き合い、真実を語り継ぐと同時に、日本のために戦って下さった当時の沖縄の人々の「気高い心」を現代にも引きついでいかなければならないと思います。 【参考文献】 秦郁彦「沖縄戦『集団自決』の謎と真実」(PHP研究所) 勝岡寛次「沖縄戦集団自決 虚構の『軍命令』」(明成社) 曽野綾子「沖縄戦・渡嘉敷島『集団自決』の真実」(WAC文庫) 沖縄タイムス社 編「沖縄戦記 鉄の暴風」 大江健三郎「沖縄ノート」(岩波新書) 家永三郎「太平洋戦争」(岩波現代文庫) 「WiLL」2007年12月号 「WiLL」2008年1月号 「正論」2008年3月号 最終的な世界平和と正義の実現に向けて 2015.09.03 文/幸福実現党・広島県本部副代表 佐伯知子 ◆戦後70年 8月の広島 8月6日、「広島市原爆死没者慰霊式典・平和祈念式」に参加しました。 今年も会場の外では様々な平和勢力 団体が活動していました。 受け取ったチラシには「アメリカは核も基地も持って帰れ!」の大きな見出し。「国際紛争については武力ではなく話し合いで解決を」、これが彼らのスローガンのようです。 そして、松井一實広島市長の平和宣言でも、2020年までの核兵器廃絶を実現するために、各国為政者に必用なのは「人類愛」と「寛容」の精神で対話を重ねることであると述べています。 そうして得られた互いの信頼を基に、武力への依存を廃した安全保障の仕組み創りを忍耐強く進め、日本国憲法の示す平和主義を世界に広めなければならない、という主旨の話がなされました。 ◆「人類愛」と「寛容」に基づく対話で核兵器は無くなるか 核兵器の無い世界は是非とも実現したい理想です。 しかし、現実に世界には既に1万発以上もの核兵器が存在し、これらがすぐに無くなるわけではありません。数を減らしたところで、どこかに残存する限り、地球の危機が無くなることはありません。 2009年、オバマ大頭領はプラハのスピーチで「核兵器の無い世界」について自身のビジョンを熱く語り、実際に米国の安全保障政策における核兵器の役割を縮小し始めました。 世界のリーダーの核軍縮は平和勢力に大歓迎されましたが、さて、その結果、世界平和は実現に向かったと言えるでしょうか? 中東での紛争やテロは激しさを増し、欧米とロシアはウクライナを巡って対立。アジアでは中国が軍備拡張しながら他国の領土に進出しています。北朝鮮と韓国の間もきな臭くなってきました。 どう見ても、世界は混沌状態です。 世界はアメリカの言うことを聞かなくなっています。そして、そうした国々は皆、核兵器保有国なのです。 重要なのは、そうした国々は何のために核兵器を保有しているのか、ということです。抑止・防衛のためなのか。外交力を強化するためなのか。攻撃のためなのか。覇権のためなのか。 誰が何のために保有するかによって、核の危険性には違いが生じてきます。 誰が(どの国が)持っている核兵器が より危険なのか。人類愛と寛容に基づく対話 以前に、廃絶に向けて何処から刀狩りをすべきなのか、智恵を持って考えなければならないと思います。 ◆「人類愛」「寛容」とは程遠い中国の動き さて、“より危険な核兵器”を保有する中国という国が日本のすぐそばにあります。 中国は、5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議において、「世界の指導者に被爆地の訪問を促す」という日本の提案に対して、旧日本軍による いわゆる南京大虐殺や従軍慰安婦に言及しながら猛反発しました。 そのときの中国の言い分はこうです。 「日本は第二次世界対戦の加害者であるにも関わらず、被害者であるかのように描こうとしとおり同意できない。」 また、8月6日、戦後70年目の「広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式」には過去最多の100ヵ国もの参加であったにもかかわらず、中国は参加しませんでした。 中国は核兵器の悲惨さを学ぶ気などありません。そればかりか、戦勝国による歴史の捏造である、南京大虐殺や従軍慰安婦といった「日本悪玉論」を持ち出して自らの軍事増強を正当化し、尖閣諸島や東・南シナ海への軍事的圧力を強めています。 要するに、今の中国は覇権実現のため、核兵器を手放す気などないのです。 ◆平和と正義の実現に向けて ここでは言及しませんでしたが、北朝鮮も危険な核兵器を保有しています。また、ロシアも核兵器保有国です。 こうした国々に囲まれている日本は、どうやって自国を守るのか、どうやって世界平和に貢献するのか、真剣に現実的に考えなければなりません。 非核三原則を謳い、日本が核兵器を持たず作らず持ち込ませないのは結構ですが、現実、今はアメリカの核の傘に守られていることを忘れてはいけません。 したがって、日米同盟の強化に繋がる安保法制の成立は不可欠です。 しかし軍事縮小路線のアメリカにいつまでも守ってもらえる保証はありません。日本は自分の国は自分で守れるように憲法9条を改正すべきです。 そのためには改憲の足かせとなり、また、中国の軍拡の免罪符ともなってしまっている「自虐史観」を払拭しなければなりません。 その上で、中国や北朝鮮の核兵器に対しては愛と寛容の対話ではなく、きちんと削減・廃止を訴え抗議すべきです。 彼らが核兵器をどうしても手放さないのであれば、日本も抑止力としての核保有も検討すべきです。二度と侵略や覇権のために核兵器を使わせないためです。 唯一の被爆国である日本だからこそ、最終的な世界平和の実現に向けて世界秩序を正し、正義を実現するための強い国になる義務と責任があると思います。 真の日米同盟を築くために必要なこと 2015.09.02 文/HS政経塾2期卒塾生 服部まさみ ◆人種差別問題に苦しむ米国 米国では人種差別が原因の銃撃事件が相次いで起こっています。 先月、米バージニア州で黒人差別への報復のために、生中継でインタビューを行っていた記者とカメラマンを銃殺する事件が起こりました。 この事件の引き金になったのが、米サウスカロライナ州のアフリカ系米国人教会で起こった銃乱射事件で、犯人は21歳の白人青年でウェブ上に人種差別的な声明を出していました。 また、米ミズーリ州ファガーソンでは昨年、黒人少年が白人警察官に射殺される事件が発生し、この事件をきっかけに全米で人種差別に抗議するデモが起きました。今年の追悼デモで銃撃戦が起こり、非常事態宣言が出されています。 ◆人種差別の存在を認めないアメリカ 相次いで起こる銃撃事件に対して、オバマ大統領は「銃を持つべきではない人物が銃を手にしない社会をつくるために米国はさらなる努力をするべきだ」と表明しましたが、銃規制だけでなく、人種差別の問題が根底にあります。 米国で人気のコメディアン、ジョン・スチュワート氏は、司会を務める番組で「アメリカは本質を直視していない。人種差別が引き金であることを論じようとしないし、触れないようにしている」と痛烈に批判し問題を投げかけています。 ◆アメリカは「自己矛盾」を直視すべき 実は、米国社会の闇である人種差別問題と「河野・村山談話」の見直しができない背景には、密接な関係があります。 ザ・リバティ編集長綾織次郎氏は著書「『奇跡』の日本近代史」の中で以下のように述べています。 「日本と戦ったアメリカという国の理想は、『神の子である人間はみな平等で、幸福を追求する権利がある』『国民が政治参加し、自分たちの力で素晴らしい国をつくることは自由の創設であり、そこに人間の幸福がある』という考え方にあります。」 「しかし、アメリカは戦前、この理想を有色人種には認めていなかったという『自己矛盾』があるために、日本との戦争を『悪魔の国と戦った』ということにしておくしかありません。」 つまり、肌の色の違いによって差別されることなく、幸福を追求することができ、自分たちの力で素晴らしい国をつくるという理想を掲げながらも現実は、白人優位主義による帝国主義的植民地支配の考え方が続いていたのです。 皮肉にもアメリカ革命で米国が理想とした「自由の創設」を成し遂げたのが大東亜戦争であり、アジアにおける欧米列強の植民地支配からの解放、人種差別撤廃のために戦ったのが日本だったのです。 米国が自己矛盾を認めると、西洋諸国が有色人種に対して行ってきた罪深い歴史の反省を迫られます。それに抵抗するために「南京大虐殺」というプロパガンダをつくり、歴史を修正し、日本を「残虐な犯罪国家」に仕立て上げているのです。 米国の自己矛盾は対外政策にも表れています。「9.11」以降、巨額の予算と人材を投入し、中東のイスラム教国の反米感情を和らげようとしました。 表面上は「パブリック・ディプロマシー(広報文化外交)」と言って国際交流やメディアを通じた友好的な政策ですが、現実は、相手国の文化や社会的背景よりも米国の国益を第一に考え、自分たちに都合の良い思想を相手国に押し付けるばかりの「プロパガンダ」でしかなく、反対に反米感情を強めてしまいました。 ここにも「自由の創設」という理想とは反対に、白人優位主義による帝国主義的植民地支配の考え方が根底にあるのです。 米国は「歴史を修正するな」、「平和憲法を守れ」、「核兵器を持つな」と圧力をかけますが、自分たちは権力を保持するために歴史を修正し、核兵器を持っています。 その自己矛盾から人種差別や外交問題、銃撃事件など様々な問題で苦しんでいるのです。米国は自己矛盾と真正面から向き合い、真のリーダー国家として世界平和に貢献すべきです。 ◆世界に誇る日本の美しい歴史を蘇らせる 日米が本物の同盟関係を築くことができるように、私たちは日本の歴史について、きちんと説明できるだけの誇りと自信を持たなければなりません。 日本は明治維新、日露戦争より続く「自由の創設」という大義のもとに、「人種差別」「共産主義」という、「個人の自由」を阻害し、隷属を強いる二つの大きな価値観に戦いを挑み続けた美しい歴史の真実を伝え続けることです。 理想実現のために、まずは、日米が歴史の見直しを行い易くする環境づくりが必要です。つまり、「お互いに歴史の見直しが必要ではないだろうか」という「世論」を生み出すことです。 シンクタンクや大学などの非政府機関が中心となり、国際世論の盛り上げや啓蒙を目的とした国際シンポジウムを国内外で繰り返し開催していく必要があります。インターネットを使い、世界に向けて中継することで最大限の効果を狙うこともできます。 また、GHQによって行われた“過去のすり替え”を元に戻すために、官民一体となって公開史料や信頼できる資料から客観的な研究を行い、研究成果を英語で発信することが必要です。 さらに親日国や親日派と共同で学術的な研究を行うことが重要です。外交評論家の故・岡崎久彦氏によると、インドには大東亜戦争での日本の貢献を研究したものがすでに数多く存在すると言います。 米国の中にも史実に基づいて公平な立場で研究している有識者も数多くおり、共同研究を通じて、人脈やネットワークを作っていくことが日本外交の厚みにもなっていきます。 建国の理念として「世界は一つ、人類みな兄弟という八紘一宇」の精神を持つ日本だからこそ、その理想の国づくりを米国に、そして世界の国々に伝えることができるのです。 日本が自国の歴史を愛し、誇りを持つことは、同盟国や世界の国々を救うことに繋がっていくのです。 沖縄集団自決に日本軍の強制はあったのか【前編】 2015.09.01 文/HS政経塾4期生 幸福実現党 大阪本部副代表 数森圭吾 【戦火から沖縄住民を守るために動いた日本軍】 ◆沖縄での集団自決とは何か 1945年の沖縄戦における日本側の死者は約20万人。その内の半数である約10万人が沖縄県の住民だったといわれています。 このような激しい戦場となった沖縄の主に慶良間列島、を中心として一般住民が集団で自殺するという事態が発生します。 これが「集団自決」であり、そこに「日本軍の強制」があったのではないかということが問題となっています。 ◆沖縄における戦況 1943年当時、日本の大本営は沖縄を前線支援のための航空基地として設定していました。しかし1944年7月サイパン島を失ったことで、沖縄は一転して本土防衛の第一線となります。 これに対しアメリカ側も、台湾とフィリピンを目標として、最終的に日本本土攻略を目指していましたが、戦況の変化と日本本土攻略の利便性から、1944年10月に沖縄を目標とすることを正式に決定します。 米軍にとって沖縄は日本本土攻略のための航空基地・兵站基地として、さらには南方との交通を遮断し、日本本土を孤立化させるために必要な重要地点と位置付けます。 このような流れのなかで沖縄は両国にとって重要な戦闘地域となっていきました。 ◆両軍の慶良間列島に対する考え方 ここで多数の集団自決が発生した慶良間列島に対する両軍の考えも見ておきたいと思います。 慶良間列島には地形的に飛行場に適した土地がなく、慶良間列島へ米軍が攻撃すれば、沖縄本島への攻撃方向を予告するようなものであるため、米軍は直接本島上陸を行うだろうと考えていました。 そのため、本島に向かう米軍船団を襲撃する目的で、約300隻の特攻艇を慶良間に配備したのです。 これに対し米軍は本島への大規模な上陸作戦に先立って、水上機基地、艦隊停泊地として利用するために慶良間列島を攻略することを決定しました。 慶良間列島に囲まれた慶良間海峡は水深が深く、地形的に風を防ぐことができる構造になっていたため、水上機の理着水、艦船への補給、修理が行いやすく、米軍にとって最適の支援基地となりえたのです。 計画通り米軍は日本軍の海上挺進隊の特攻艇を破壊し、慶良間各地を占領して海軍の支援基地としました。この際、渡嘉敷島・座間味島などで大規模な集団自決が発生したのです。 ◆日本軍の沖縄住民避難対応 当時、多くの沖縄県民は、「本土防衛のためには玉砕も辞せず」という考えを持つ方も多く士気は高かったと言います。このことから、「防衛隊」、「鉄血勤皇隊」「ひめゆり部隊」「白梅部隊」などが結成されます。 いかに沖縄県民が協力的であったかという点については、海軍司令官の大田実少将が海軍次官にあてた最後の電報や島民手記などの内容からも読み取ることができます。 日本陸軍は1877年の西南戦争以降、国土での戦いを経験したことがなく、国防方針として外征作戦によって国土防衛を行ってきたため、住民を包含して戦う国土戦についての研究を十分に行っていませんでした。 そのため記述の通り、見通しの誤りや、対応の遅れなど不備はあったものの、日本軍はできうる限りの沖縄県民の疎開と避難を行っているのです。 ○県外疎開の実施 サイパンにおいて日本軍が玉砕した1944年7月7日、政府は即日、沖縄県・奄美諸島(第三二軍守備区域)の住民を疎開させることを閣議決定し、結果的に約8万人の疎開を実施しました。 さらには約7千人の学童疎開も行っています。ただ、当時は制空権、制海権を失った状況であったため疎開船への米軍の攻撃によって犠牲も発生しています。 しかし、帝国海軍は同様の犠牲を増やさないため、疎開船の護衛に残存艦艇および航空機の重点配分を行いました。 さらに1945年3月の疎開の最終段階において帝国海軍は、軍規定を破ってまで戦闘艦に婦女子を乗せて九州に高速避難までさせています(沖縄県中城村在住/真喜志文子氏証言)。 ○島内に残った住民の県内疎開実施 さらに、沖縄県の人口分布は本島南部に集中していたため、日本軍は島内に残った住民8万人を北部の山岳地帯に避難させました。 しかし、沖縄本島の南部には疎開勧告に応じない非戦闘員が約30万人存在し、さらにこの後、米軍が本島中部の海岸に上陸し、本島を南北に分断した為、中南部住民の北部への疎開は不可能となり犠牲者が多数発生してしまいました。 このほかにも沖縄本島での非武装地帯の設定を試みるなど、当時の日本軍は沖縄戦において住民保護のために取りうる対応を最大限に行ったということができます。 次回の後半では、沖縄住民を守ろうとした日本軍が果たして集団自決を強制したのかについて見ていきたいと思います。 【参考文献】 秦郁彦「沖縄戦『集団自決』の謎と真実」(PHP研究所) 勝岡寛次「沖縄戦集団自決 虚構の『軍命令』」(明成社) 曽野綾子「沖縄戦・渡嘉敷島『集団自決』の真実」(WAC文庫) 沖縄タイムス社 編「沖縄戦記 鉄の暴風」 大江健三郎「沖縄ノート」(岩波新書) 家永三郎「太平洋戦争」(岩波現代文庫) 「WiLL」2007年12月号 「WiLL」2008年1月号 「正論」2008年3月号 理解しがたい国連事務総長の中国「抗日行事」への参加 2015.08.29 文/幸福実現党・政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆理解しがたい国連事務総長の中国「抗日行事」への参加 8月27日、国連は、潘基文事務総長が北京で9月3日に開催される抗日戦争勝利記念行事に出席すると発表しました。 この抗日行事には、中国共産党による軍事パレードも予定されており、潘事務総長は、これにも参加する予定とのことです。 習近平国家主席を始めとする中国共産党政府は、我が国に対して「歴史認識」を中心とする徹底的な思想戦を展開すると共に、尖閣諸島周辺での領海侵犯、小笠原諸島近海でのサンゴ密漁、または南シナ海では岩礁に軍事基地を建設し、西太平洋を勢力下に置こうとする動きを着々と進めています。 そして、ウイグルなどで独立運動を進めている人権活動家に対しては、徹底的な弾圧を行ってきました。 これらの行為は、国連が掲げている「自由」「人権」といった精神とは正反対にあり、潘事務総長は本来、中国共産党政府を批判しなければならない立場です。 国連は、国際的な紛争を強めようとしている中国の考えにお墨付きを与えているのです。一体、潘基文氏は、何のために中国まで出かけるのでしょうか。全く理解しがたい判断です。 ◆結局、韓国外相以上の存在ではなかった 元々、潘基文氏は、韓国の外相をつとめていました。朴正煕大統領の暗殺以降、特に歴史認識について韓国政府は日本に対して厳しい態度を取ってきました。 戦後の韓国の国内政治は、国民からの批判が非常に強く、反日の方針を打ち出すと支持率が高まる傾向があったので、歴代の政府は「慰安婦問題」などの歴史認識の問題で、日本政府をたたくことで韓国政府への批判の矛先をかわしてきました。 残念ながら、潘基文氏もそうした立場から脱却できませんでした。要するに、国連の事務総長という立場にいながら、結局は韓国の政治家と同じ立場の認識しかもっていなかったという事です。 実は、日本政府は、潘基文氏の国連事務総長の就任に際して、麻生財務大臣を中心に強い支援を行ったと伝えられていますが、日本の善意を仇でかえすような振る舞いになってしまいました。 ◆国際問題に対して全く無力な国連 潘基文氏が国連の事務総長に就いていた間、国連は国際政治の中で、何か貢献に値する事を行ってきたのでしょうか。 本来、彼が「活躍」しなければならない場はたくさんあったはずです。例えば、中東でのシリア問題、そしてウクライナ危機などは、彼がイニシアチブをとって、解決に向かう事もできたはずです。 特に、彼が活躍しなければならなかったのは、先日、朝鮮半島で発生した軍事衝突でした。元々、米韓による軍事演習に対し、北朝鮮が異議を唱えていた中、韓国側から、北朝鮮をさらに挑発するような放送を行ったことがきっかけとなったのです。 一時は両国が本格的な軍事的な衝突につながるような危機もありました。最終的には「双方の協議」によって解決しましたが、韓国出身の事務総長として、この事態に何の行動もとれなかったのは、従来から言われてきた「リーダーシップの欠如」という批判を証明する形になりました。 このような国連のリーダーシップの低下を見る限り、国連自身も大きな危機に直面していると言わざるを得ません。今回の潘基文氏の判断には、さすがに国連内部からも大きな疑問が寄せられているようです。 ◆日本政府として国際社会での戦略が必要 しかし、こうした事態にいたった責任の一端は、日本政府にもあります。日本は、国際社会で日本の立場を説明する努力を怠ってはいなかったでしょうか。 例えば、米国国内で日本の立場を説明した日本の政治家は極めて少なく、今年の8月15日終戦の日には、我が幸福実現党の及川外務局長が全米のラジオ各局に引っ張りだこになったという事から見ても、いかに日本の政府がこうした問題に無力だったのかが分かります。 HRPニュースファイル 8月19日 「安倍談話のアメリカでの反応――アメリカ・ラジオ出演報告【1】 http://hrp-newsfile.jp/2015/2363/ また、いわゆる「南京大虐殺」「慰安婦問題」について、中国は「ユネスコの世界記憶遺産」に数点の「証拠」なるものを登録申請していますが、この国益を左右する重要な問題についても、日本政府は、抗議の声明以上の行動はしていませんでした。 実際にユネスコ本部に行って、中国が提出した資料についての明確な反論をおこなったのは、幸福実現党の釈量子党首でありました。 HRPニュースファイル 7月2日 「ユネスコ世界記憶遺産」登録阻止に向け、幸福実現党が取り組んだ具体的な活動 http://hrp-newsfile.jp/2015/2293/ 日本政府は、国益に関わる問題について、例えば河野談話の白紙撤回などを行い、国としての立場を明確にすることが必要です。 そして、それ以上に、普段から、国際社会との関係を良好にたもつような努力を惜しんではなりません。日本の立場が理解されていれば、今回の潘事務総長の中国訪問が、実に不可解なことが分かるはずです。 すでに、幸福実現党は、日本が国際社会でより強いリーダーシップを発揮するため、国益の立場から様々な政策を訴えております。ぜひ、皆さまのご理解を賜りますよう、お願いいたします。 二千年の歴史を持つ「神国日本」に誇りを持とう!! 2015.08.28 文/幸福実現党・大分県本部副代表 上田 あつこ ◆日本の誇りを取り戻すためには 日本の誇りと自信を取り戻すためには、その建国の原点に立ち返る必要があります。日本の神々の神話や建国の歴史を教えなくなると、たやすく洗脳されてしまいます。 誇りと自信を失った国民は、謝罪ばかり続ける精神的奴隷と成り果てるのです。ですから、もう自虐史観に終止符を打つべき時だと思います。 ◆「日本のみの戦力不保持」は自虐史観の根源 世界中に核保有国が1つもなければ、世界は一歩平和に近づくかもしれません。 マスコミの言うように「憲法9条によって戦力を持たないことが、日本を平和にする」と言うのならば、アメリカだけではなく、中国に対しても「核廃絶をすべきである」と報道すべきです。 中国は今、さまざまな核兵器や侵略的兵器を持ち、開発もしています(中国の軍事費は、アメリカに次ぐ世界第2位の軍事予算であり、ここ十数年で、軍事支出は実質300%増加)。 核兵器などの兵器を持てば、他国から攻撃を受けるから、持たないほうが平和だと言うのであれば、それは、北朝鮮に対しても同じように核兵器を持たない方がよいと言うべきです。 しかし、彼らの行為を放置しておきながら、「日本のみが何も戦力を持たないことが世界平和につながる」と考えたならば、これこそ、日本は悪いことをした国だから滅んでも良いということになります。 これが日本の自虐史観の根源であると言わざるをえません。 ◆「なぜ今、安保法案が必要なのか?」 政府の安全保障関連法案を憲法学者が「違憲」と断じています。憲法解釈学を主流とする憲法学界では、憲法の条文がほぼ全てです。 しかし、憲法があって国家があるわけではなく、国家と国民あってこその憲法です。憲法に自衛隊の存在は明記されておらず、「自衛隊は違憲だ」と考えている憲法学者は多いのです。 戦争を起こさないための手段を考えているのに、「戦争を起こそうとしている」と批判する人がいます。 「なぜ今、安保法案が必要なのか?」 自分の周りしか世の中を見ていなければ平和でしょうが、しかし世界に目を向け、中国が海洋進出を図る、東・南シナ海や、北朝鮮の核ミサイル開発を考えたら、日本の安全保障はいつどうなるかわからない状況です。 憲法は、国に対して国民の生命などを尊重するよう定めており、政治が先を見据えながら、必要な施策を整えるのは当たり前です。 一国だけで自国を守ろうとすると、どうしても軍事国家にならざるを得ません。世界では価値観を一緒にする国同士で守り合う「相互防衛システム」をいかに構築するかが合理的な安全保障論だと言われています。 安保法案は日本が新たな安保法制を構築するきっかけとなります。 ◆『自虐史観』の撤廃を 戦後70年、残念ながら「先の戦争は、悪であり、軍部の独走によって多くの人々が犠牲になった」という史観が主流です。 しかし、本当にそうであったのでしょうか? そうではありません。先の大戦、大東亜戦争には、大義がありました。 それは、「アジアにおける欧米列強の植民地支配からの解放」という大義です。 昭和天皇は、独白録にて、「大東亜戦争」の原因としては、「有色人種差別の影響」が大きかったと述べ、その上で、日本としてはそれを覆すために努力していた旨が語られています。 日本国を正確に見つめ直し、日本の誇りを取り戻し、繁栄の未来に向かって、さらに素晴らしい国づくりをしてゆきたいと思います。 自虐史観という「原罪」から日本人の魂を解き放て! 2015.08.27 自虐史観という「原罪」から日本人の魂を解き放て! 文/幸福実現党・兵庫県第12選挙区支部長 和田みな ◆今年の夏を振り返る もうすぐ8月も終わります。大東亜戦争終結から70年の夏休み。各地で行われた節目の慰霊祭、マスコミによる特集、映画などで先の大戦が非常に注目された夏となりました。 その中でも最も注目を集めたものは、安倍総理による「戦後70年談話」の発表であったと思います。 安倍談話の内容をめぐっては、様々な意見がありましたが、安倍首相の立場に立つと「大成功」の談話となったのではないでしょうか。 中国や韓国をはじめとした反日国からの非難は最小限に、国内においては、左翼側からの批判は盛り上がらず、保守側からは大絶賛を受けることとなりました。 さらに、安倍内閣発足以来最低であった7月の内閣支持率も、マスコミ各社の世論調査において回復傾向がみられます。安保法案の成立を目指す安倍内閣にとっては何よりも嬉しい成果が得られたのです。 ◆保守からの大絶賛を受けた安倍談話 安倍談話の発表を受けて、国内の保守からは次々に「安倍談話支持」の声が寄せられました。 談話発表前、保守側が最も懸念していたことは、「21世紀構想懇談会」が発表した報告書において、「満州事変以降、日本は侵略を拡大していった」という歴史観がとられていたことでした。 これについて、渡部昇一氏は「この内容が踏襲されるのであれば(安倍談話の)内容には期待できないと思った」と振り返っておられます。(『WiLL』2015年10月号参照) また、櫻井よしこ氏は「最大の特徴は有識者会議『21世紀構想懇談会』が打ち出した『満州事変以降、日本は侵略を拡大していった』という歴史観を拒絶したことだ」と述べ、「大方の予想をはるかに超える深い思索に支えられた歴史観だった」と評価されています。(『週刊新潮』2015年8月27日号参照) つまり「21世紀構想懇談会」の報告書を読み、深い憤りの中にあった保守の方々にとって、安倍談話は「21世紀構想懇談会史観」を払拭した輝かしい内容に映ったのです。この安倍首相の戦略は天晴です。 ◆「想像する」には教養や知識が必要 左翼から保守まで多くの方々を納得させた安倍談話は「永田町文学の最高峰」と言えます。 安倍談話を読むと「反省が込められていて良い」と感じる人、「日本はこんなに悪いことをしたのか」と初めて知る方、「謝罪はこの談話をもって終わった」と喜ばれる方、様々な方がおられます。 この玉虫色の談話の正体は、「読む方の知識・信条をそのままそこに投影することができる」魔法の鏡です。これが永田町文学というものです。 例えば、渡部昇一氏は前述の論考の中で、「東京裁判を払拭する首相談話であった」と評価しておられます。 渡部氏によると、安倍談話は、アメリカの非人道的行為を批判し、大東亜戦争が自衛戦争であったことを主張し、現在の中国の動きを批判したものになっているというのです。 しかし、これは渡部氏のような深い歴史の知識、東京裁判への見識があればこそ、その奥に込められている「真の意味」「深い思慮」の部分を読み取ること、さらには「想像する」ことができたのではないでしょうか。 私が懸念するのは、私を含めた99%の日本人が、渡部氏や櫻井氏のほどの深い教養や見識を持っていない中で、安倍談話を読むと、はたしてこのようなことが「想像できるのか」ということです。 現在の学校教育を受けている人たちと渡部氏では、知識のバックボーンが違うという悲しい現実があるからです。 そのような人たちが何百回も安倍談話を読んで暗唱しても、東京裁判史観の払拭はできないと言わざるを得ません。 また、海外の方々は日本についての知識がさらに乏しく、戦勝国の歴史観にどっぷりつかった中でこれを読むことになるでしょう。 そうすると全く違った「想像」が出来てしまう危険性も含んでいます。 ◆幸福実現党の反省 今の日本にとって安倍内閣が成立を目指している「安全保障関連法案」の成立は急務であり、最重要であると認識しています。 その点において、今回の安倍談話が高評価を得て、内閣支持率が上がったことは、それを一歩前進することになると思います。 保守の方々が安倍談話を評価される理由の一つも、この「安全保障関連法案」の成立の重要性を考慮されてのことであろうと理解しています。 一方で、幸福実現党がこれまでの国政選挙において、一定の支持を得て議席を獲得していれば、安倍首相には永田町文学の談話ではなく、もっと本音の談話を出していただけたと反省しています。 行間を読んで、真の内容を想像するような談話を出させてしまったことに、自分たちの不甲斐なさを感じます。 ◆自虐史観という名の「原罪」から日本人の魂を解き放て! これまで政府がしっかりとした歴史観を示してこなかったことによって、戦後の日本には「自虐史観」が蔓延し、国民は領土問題、安全保障問題など、自分たちの国民の命を護る議論をすることにさえ、罪悪感やアレルギーを持つこととなりました。 戦後70年を経て、自虐史観は日本人の魂にまで入り込もうとしています。だからこそ「玉虫色」ではない日本の見解が必要なのです。 魂にまで入り込んだ自虐史観は一種の「原罪」になりつつあります。 日本人にはもともと「原罪」などという思想はありません。日本人は、人間は自然や神々と一体であり、仏へ向かって努力できる存在が人間の本質であるという信仰心をもっていました。 一方で西洋諸国の多くはキリスト教の原罪思想をもっています。 その「原罪」を日本人にも植えつけたのが、東京裁判史観・自虐史観です。この原罪から全ての日本人の魂を解き放つことが宗教政党である幸福実現党の使命だと考えます。 昭和天皇とマッカーサーの会見秘話 2015.08.22 文/幸福実現党・政務調査会 佐々木勝浩 ◆占領軍マッカーサー元帥を感動させた昭和天皇の言葉 昭和天皇の終戦の御聖断【前編】 http://hrp-newsfile.jp/2015/2356/ 昭和天皇の終戦の御聖断【後編】 http://hrp-newsfile.jp/2015/2359/ 昭和天皇の御聖断によって終戦を迎えた日本ですが、敗戦、占領、それは日本の歴史始まって以来の経験です。 そしてマッカーサー元帥率いる占領軍は、焦土と化した日本に怒涛の如くやってきました。 そのような中で昭和天皇は自分の命を省みず、マッカーサー元帥のもとを訪問されました。時は昭和20年9月27日のことです。 この昭和天皇の訪問の知らせを聞いたマッカーサー元帥の脳裏にはあることが浮かんでいました。 第一大戦直後、占領軍としてドイツへ進駐した父に伴っていった時のことを思い出したのです。この時も敗戦国ドイツのカイゼル皇帝が占領軍の元に訪れました。 カイゼル皇帝は占領軍にこのように言いました。 「戦争は国民が勝手にやったこと、自分には責任がない。従って自分の命だけは助けてほしい。」 まさに命乞いに来たのです。 これを思い出したマッカーサー元帥は、昭和天皇もまたカイゼル皇帝と同じく命乞いに来るのだろうと思ったのです。 ところが、昭和天皇の言葉は全く逆でした。マッカーサーは後にこの時の模様を次のように回想しています。 「どんな態度で、陛下が私に会われるか好奇心をもってお会いしました。しかるに実に驚きました。陛下は、戦争責任の問題を自ら持ち出され、次ようにおっしゃいました。」 『私は、戦争遂行に伴ういかなることにも、また事件にも全責任をとります。また、私は、日本の名においてなされた、すべての軍事司令官、軍人および政治家の行為に対しても直接に責任を負います。自分自身の運命について貴下の判断が如何様のものであろうとも、それは自分には問題ではない。私は全責任を負います。』 「これが陛下のお言葉でした。私は、これを聞いて、興奮のあまり、陛下にキスしようとしたくらいです。」 「もし、国の罪をあがなうことができれば進んで絞首台に上ることを申し出るという、この国の元首に対する占領軍の司令官としての私の尊敬の念は、その後高まるばかりでした。」 (「天皇を讃えるマ元帥」昭和39年9月14日読売新聞) 最初、マッカーサーは、ノーネクタイで昭和天皇を迎えましたが、昭和天応がお帰りになる際は、まるで侍従であるかのように敬虔な態度で握手してお車を見送ったのです。 昭和天皇は、マッカーサーにこの会見の事実は決して他言しないという「男の約束」を交わし別れました。 昭和天皇は、約束通りその事実を誰にも語られませんでしたが、昭和39年になって重光外相の渡米の際、マッカーサーはその時の感動の思いを押さえられず、重光外相に話してしまったのです。 ◆日本の奇跡 「王朝は敗戦を切り抜けることはできない」これが世界の常識です。 先ほどあげたカイゼル皇帝に限らず、ロシア、オーストリア、ハンガリー、セルビア、トルコ各国の王室は廃絶され、また一部は処刑されました。 第二次大戦時も先に書いた通り、ドイツのヒトラーは自殺の末路をたどり、イタリアのムッソリーニは民衆にリンチされ死体は何日間も逆さづりにされ罵倒、むち打ちされました。 イタリアのエマヌエレ三世は民衆の反感にあいエジプトに亡命、後を継いだウムベルト皇太子も亡命し王朝は消滅したのです。 また、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリー、ユーゴスラビア、アルバニアなとも共産政権樹立とともに王室は絶えました。 しかし敗戦した日本は今でも「天皇」が存続しています。これは、歴史の奇跡と言ってもいいのです。 なぜ「天皇」は存続できたのでしょうか。そこには2千年にわたる歴代天皇によって受け継がれてきた「天皇の徳」というものがあるからなのです。 これが日本の国体(国柄)というものです。 歴代天皇に受け継がれてきた「天皇の徳」、「日本の国柄」については、また機会をあらため紹介いたします。 すべてを表示する « Previous 1 … 4 5 6 7 8 … 30 Next »