Home/ 歴史認識 歴史認識 聖徳太子に学ぶ幸福実現党が目指す政治革命 2016.04.01 文/幸福実現党・政務調査会 佐々木勝浩 ◆国民に広がる政治不信 近年のマスコミ報道は、嫌気がさすほど政治家のお金や女性のスキャンダルを報道しています。過去には、額に貼られた大臣の「バンソウコウ」を報道し政権の評判を貶めようとしていました。 政治家に隙がある点も問題ではありますが、こうした報道によって国民の政治不信は広がっています。 そもそも政治とはなんでしょうか。今一度、「政治の原点」を日本は取り戻す必要があるのではないでしょうか。 ◆聖徳太子が目指した徳治政治 そこで歴史を転じて聖徳太子の時代の政治を見てみましょう。 聖徳太子は、推古天皇の摂政として「三宝興隆の詔(みことのり)」を出しました。これは政治の柱に仏教を据えるという宣言です。 「十七条憲法」では、国を預かる政治家としての心構え、根本的な規範を示しました。「和を以て尊しと為す」は、その後の日本精神ともなりました。 「冠位十二階」は、「徳・仁・礼・信・義・智」の儒教の徳目に、それぞれ「大」と「小」を設けて全部で12の階梯をつくりました。 「冠位十二階」は、それまでの血族による世襲制と違い、徳や能力によって政治に携わることができる画期的なものです。こうして政治に携わる者が「徳」で国を治めることを目指したのです。 「徳」の根本は、「国民を愛する」ことです。現代の政治家が取り戻すべきは、この「徳」です。 ◆大国にも対等な外交姿勢を 聖徳太子の政治は国内だけでなく外交面でも発揮されました。その特徴は、当時アジアに大国として君臨した隋帝国に対して対等な外交を行ったことです。 遣隋使を派遣した際、隋の皇帝に宛てた国書は、「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙つつがなきや」とあります。 当時、朝鮮三国は隋の属国として朝貢外交を行っていました。しかし、聖徳太子は、日本は隋と対等の立場であることを国書で伝えたのです。 現代では、北朝鮮が「ミサイルを撃つぞ」と日本を脅しても、各政党は選挙に不利になりそうな国防問題は一切言いません。国民の生命が脅かされていることに対して黙っています。 ◆現代の政治に聖徳太子の政治の原点を こうした現代の政治に革命を起こそうとしているのが幸福実現党です。 聖徳太子が目指した政治の原点は、「徳治政治」です。政治家の徳が国を治める政治です。国民の幸福を第一に考え、それを実現するために政治家自らが徳を修める政治です。 己の心に徳なき政治家は、国政から去っていただかねばなりません。そして国民もまた、自分が票を入れる政治家に「徳」が備わっているのかをしっかりと吟味する必要があります。 聖徳太子が考えた「十七条憲法」には、政策は書いてありません。書いてあるのは、政治家が徳を修めるための心のあり方です。 徳は、政治家の原点であり、徳を修めた政治家が国民を幸福にするための方法が政策です。徳を修めた政治家であれば、国民は信頼を置いて政治を任せることが出来ます。 政治の究極は、政治家自らが心を修めるとともに、国民をも精神的に成長させるものでなければなりません。それが国民に真の幸福をもたらすのです。 しかし現代の政治はどうでしょうか。 政治家は自分が当選するために如何に税金をばら撒くことを考えています。その政治家を見て国民も国から、如何にもらうかを考えるようになります。こうして政治家も堕落し国民も堕落していきます。 もちろん社会保障のすべてを否定するつもりはありません。真の政治は、この世に受けた価値ある魂が、世の中で自らの力を生かせるようにしてあげることです。 政治家が、票欲しさにお金をばら撒くことは、「合法的賄賂」と言ってもよいでしょう。もうそんな政治は終わりにしなければいけません。 国民の側も「もらう」ことばかり期待していれば国は衰退していきます。逆に「与える側」になる国民が増えれば国は発展繁栄していきます。国の富が増せば、もっと多くの人を救うこともできます。 国民が社会のために役立つことを喜びとできる社会をつくること、そんな「与える側の国民」が増えれば日本は繁栄していきます。 なぜ国民の真の幸福を実現できるかといえば、人間の本質が魂であることを知っており、聖徳太子の時代のように自らを修め、徳があるからこそできることです。ここに幸福実現党が「宗教政党」である理由があります。 ◆幸福実現党がいう「宗教政党」の真の意味 しかし幸福実現党がいう「宗教政党」を誤解される向きもあります。 幸福実現党がいう「宗教政党」とは一宗教、一宗派の利益の為ではありません。宗教・宗派を超え、人類の歴史の結晶である真理、普遍的な真理を国の柱に据えて政治を行うことです。人類普遍の神仏への信仰を柱に据えた政治です。 神仏を畏れる政治家はウソが言えません。国民の側も神仏を信じる政治家を信じることができます。だから国民を真に幸福にすることが出来るのです。 マスコミも政治家を蹴落とすことが使命だと思っているかもしれませんが、そんな真理を体現した政治家の姿に恥じ入ることでしょう。 正直な政治を! 国民が信頼の持てる政治を! 幸福実現党は、国民を「愛してるから、黙ってられない」のです! 日本人女性のホントの幸福を実現する 2016.03.11 文/幸福実現党・兵庫県第12選挙区支部長 和田みな ◆国連「女性差別撤廃委員会」の日本への勧告 先月15日、幸福実現党党首・釈量子が民間人代表の一人として国連女性差別撤廃委員会でスピーチを行いました。 そこで釈党首は、いわゆる「従軍慰安婦」はねつ造であったこと、日本人は古代より女性に敬意を払い続けてきたことなど、日本人の立場として正しい歴史認識を世界へ発信しました。 しかし、3月7日に国連女性差別撤廃委員会が日本に対して公表した「最終見解(総括所見)」の内容は、日本に対して非常に厳しいものとなりました。 ◆「慰安婦問題」 慰安婦問題について、最終見解では、被害者の権利を認め、補償や公的謝罪、尊厳の回復を含む完全で効果的な癒しと償いを提供することが盛り込まれてしまいました。 さらに、ジャハン委員による会見でも「我々の最終見解はまだ解決されていない問題だとみなしている」と、昨年末の慰安婦問題の日韓合意についての委員会の見解が示されました。 同委員会は2009年の最終勧告でも慰安婦問題について「持続的な解決」のための賠償などを日本政府に求めていましたが、今回は前回よりも詳細で具体的な記述を盛り込み、2009年の勧告に対する日本政府の対応に不満をにじませる内容となっています。 この件に関しては我が党も、引き続き世界に「従軍慰安婦の嘘」について訴え続けてまいります。 ◆女性問題に対する様々な勧告 最終見解で示されたのは慰安婦問題だけではありません。 結婚に関することとして、選択的夫婦別姓や再婚禁止期間の廃止を含めた民法の改正についても言及してきました。 しかし、これらについては、昨年12月に最高裁が「夫婦同姓」を合憲としたことや「100日を超える再婚禁止期間」を違憲とした国内の司法判断と矛盾してしまいます。 さらに、女性の社会進出についても、国会議員や女性管理職などを2020年までに30%以上にすることも求めてきました。 この点については昨年、国会で成立した「女性活躍推進法」の目標で定められている比率と同じであり、委員会側も日本政府の取り組みに一定の評価を示した形となりました。 ◆「女性活躍推進法」で女性は幸せになれるのか? 前日の当ニュースファイルにもありますが、そもそも、私はこのような政府による管理職比率の数値目標が女性の幸福につながるのかどうかについて懐疑的意見を持っています。 「女性活躍推進法」で政府が求めている通り、会社が女性管理職を2020年に30%を目指そうとするならば、まずは女性社員の割合を増やす必要があります。 しかし、今から女性社員の採用を増やしても管理職に育てる時間を考えると間に合わない企業が大半です。また、業態によっては女性を増やすことに向いていないような企業もあり、この数字にはそもそも無理があるとしか思えません。 また「あの人は比率で決まったから管理職になれた」というような不名誉な噂が、女性管理職に対してたたないとも限りません。 全ての人が実力で評価され、チャンスが平等に与えられる仕組みこそが必要です。 ◆日本人女性は既に男性よりも幸せ? 日本人女性は、既に男性に比べて幸福だという調査もあります。 「世界価値観値調査(2010)」では、「非常に幸せ」、「やや幸せ」と回答した日本人女性は90.4%、男性は82.2%となっており、女性の方が幸福感が強いという結果がでました。 さらに、女性の中で幸福感が最も強かったのは主婦で、43.6%の方が幸福を感じていると答えています。そして女性の退職者は43.8%が幸せと回答しました。 その反面、主夫や退職者の男性の幸福感は非常に低い傾向があります。 一方で正規雇用者の幸福感をみると、男性は30.7%なのに対して女性は25.8%と逆の結果が現れています。 つまり、女性は家庭で多くの幸福感を感じ、男性は仕事で幸福感を感じている傾向があるのです。このように男女の幸福は同じ基準では測れない面があるのではないでしょうか。 現に、仕事と子育ての両立をしている友人から「主人の給料が高ければ、子育てに専念したい」という意見をよく聞きます。このような言葉が、一定数の女性の本音であることは間違いありません。 ◆必要なことは様々な場所で女性が輝くこと 女性差別撤廃委員会が目指している平等な社会が日本人女性をどこまで幸せにできるのでしょうか。 少なくとも「慰安婦問題」であれだけのミス判断をする委員会に、正しい日本人女性の現状がわかっているとは思えません。 このように考えると、本当に必要なことは、女性差別撤廃委員会や安倍政権が行おうとしている、数量的・配分的な社会主義的方法による結果平等ではありません。 機会の平等を確保する環境整備を進めることで女性の活躍を後押ししつつ、日本固有の文化や生活様式の美点の再認識を促し、多様な価値観の下、仕事のみならず、家庭や社会など様々な場で、女性がいきいきと活躍できる社会を目指すことこそ必要だと考えます。 そして、主婦として子育てに専念したい希望をもっている女性が、無理に働かなくてもいいように、日本の景気を良くし、給料を増やすこと、住環境を整えることも、日本の将来のために非常に重要なことではないでしょうか。 幸福実現党は、女性党首の釈量子を先頭に、これからも、真の意味で全ての女性が輝くための政策を訴えてまいります。 親日国ポーランドの重要性 2016.02.16 文/HS政経塾4期生 幸福実現党 大阪本部副代表 数森圭吾 ◆経済成長 真っただ中にある「ポーランド」 作曲家のショパンが生まれた国であり、文化においても有名なポーランドですが、近年、首都ワルシャワには近代的な建物や商業施設が次々と建てられています。 同国は2013年時点で21年連続プラス成長という経済成長の真っただ中にある国なのです。 ◆地政学的にも重要なポーランド ポーランドは過去、ワルシャワ条約機構という旧ソ連を中心とした軍事同盟に参加する旧共産圏の一員であり、東側の拠点となっていました。 しかし1989年に民主化され、その姿は急激に変化しています。同国は現在EUに加盟していますが、ドイツ・ウクライナ・ロシアなどの国の中間あたりに位置し、地政学的にも重要な意味を持った国となっています。 ◆日本ブームに沸くポーランド このポーランドでは剣道など日本の武道がブームとなっており、日本語を勉強している人が増えているそうです。 ポーランドの名門大学であるワルシャワ大学で最も人気のある学科は「日本学科」。この学科に入るための倍率は30倍を超えるそうです。 日本の食文化も広く受け入れられ、「AJINOMOTO」や「NISSIN」が販売している日本語表記の即席麺が大人気となっています。 また日本企業のポーランド進出も進んでおり、企業数はこの10年余りで3倍にもなっています。 ◆日本とポーランドの絆 1795年から1918年までポーランドは帝政ロシアの支配下にありました。このとき10万人ともいわれるポーランド人がシベリアに送られました。 その後1917年にロシア革命がおこり、ロシアは内戦状態に突入。シベリアに残された多くのポーランド人は極寒のなかで命を落としていったといいます。 この過酷な状況のなかで多くの孤児が生まれました。ポーランドはこれらの子供たちを救うべく、アメリカやイギリスなどに、助けを求めるための救命嘆願書を出しましたが各国からの返事はありませんでした。 そんななか、唯一返事を返した国が日本だったのです。結果、765人の孤児が日本へ運ばれ、大阪や横浜に2年間滞在することとなったのです。 ◆ポーランド孤児が忘れない「日本のおもてなし」 当時の日本は大正時代。決して豊かといえる状況ではなかったと思います。 しかし、シベリアの衛生状態の悪い環境で過ごしていた孤児たちは日本において適切な医療を受け、民間からはお菓子や文房具、玩具がたくさん送られほか、慶應義塾の塾生たちが孤児たちのために音楽会まで開催したそうです。 さらに日本全国からは寄付がよせられ、その額は現在の5億円に上りました。 これらの「日本のおもてなし」によって、2年後、孤児たちがポーランドに帰国するときには765名だれ一人欠けることはなく、泣いて別れを惜しみ、出港する船の上では日本の国旗を振りながら、全員で君が代を斉唱したそうです。 その後ポーランドに戻った孤児たちは、1929年にワルシャワで「元孤児の会」を結成。日本での出来事を語り継ぎ、日本への感謝を忘れなかったといいます。 2002年に天皇皇后両陛下がポーランドを訪問された際、高齢となった元孤児たちがお迎えに駆けつけ、日本への感謝を述べてくれたそうです。 このように90年以上の昔の出来事が現在も日本とポーランドをつないでくれているのです。 ◆恩返しをしてくれたポーランド その後、日本に対して恩を感じてくれていたポーランドは第二次世界大戦において、極秘情報を日本に提供してくれます。 1945年、連合国のトップがヤルタ会談にて戦後の世界秩序について話し合いました。 この会談でソ連が日本に侵攻することが決定されたのですが、この極秘情報をソ連と同じ連合国側であったポーランドが入手し、敵国側である日本に秘密裡に教えてくれたのです。 また、阪神淡路大震災のときには、被災した日本の子供たちをポーランドに招待してくれたというエピソードなどもあります。 ◆ポーランド外交の重要性 親日国ポーランドとの関係性をより深めることは、今後の日本にとって非常に重要であると考えます。 ポーランドは歴史的にドイツ・ロシアと深い関係をもっており、日本が持っていない情報や人脈があると考えられます。 ドイツはEU経済を支える主要国であり、ロシアは北方領土などの日露問題を抱える相手国であると同時に、様々な世界情勢に大きくかかわる国です。 この二国との関係性を密にするためにポーランドは非常に重要な役割を果たしてくれる可能性があるのです。 また、意外なことにポーランドが北朝鮮問題に対して力を発揮してくれる可能性があります。 もともと共産圏であったポーランドは北朝鮮と国交がありましたし、昨年まで北朝鮮のポーランド大使だった金平一(キム・ピョンイル)は金正日前総書記の異母兄弟でもあるように、両国には浅からぬパイプが現在も存在しているといわれています。 先日、安倍首相は北朝鮮による日本人拉致の再調査中止を発表しましたが、ポーランドは「北朝鮮による拉致問題の解決で日本を支持する」と表明してくれていました。 今後、ポーランドとの関係を深めることによって、日本が抱える北朝鮮問題解決への糸口が見えてくるかもしれません。 今後、国際社会のなかで日本がリーダーシップを発揮していくためにも、ポーランドは日本がパートナーとすべき重要な国の一つであることは間違いないでしょう。 台湾人の不安と希望に満ちた新たなる船出 2016.01.20 文/幸福実現党・兵庫県本部副代表 みなと 侑子 ◆2016年 最初の革命 台湾にて 台湾において総統選挙が1月16日に行われました。 民進党の蔡英文氏が大勝し、国民党から民進党への8年ぶりの政権交代が決まりました。蔡氏は5月の政権交代時に、台湾初の女性総統となる予定です。 ◆「台湾人」としての意思決定 この度の民進党の勝利には、台湾人意識の高まりがあると言われています。 台湾の政治大学選挙研究センターによれば、台湾住民の自己認識調査において、「自分は台湾人である」と考える人間が年々増えており、現在は全体の59%になっています。 「自分は台湾人であり中国人である」と考える人は34%、「自分は中国人である」と考える人は3%しかいません。 民進党はこの台湾人意識を前面に打ち出し、「我是台湾人(私は台湾人です)」のキャッチコピーを何度も使いました。中国にすり寄る国民党を批判する言葉が台湾人なのです。 特に若い世代は、2014年におきた「ひまわり運動」を通し、中国の意図がよく分かっていました。 台中サービス貿易協定を結べば、出版や印刷に関わる分野に中国企業が進出可能になります。そうなると検閲や偏向がおきて台湾の言論の自由がなくなってしまう。 これは経済的な問題だけでなく、台湾という国の存続に関わる重要な問題なんだ、と大学生が答えてくれたのです。 事実、香港においては、中国共産党を批判する書籍や新聞を発刊する出版社社長や作家・ジャーナリストらが数年前から暴漢に襲われたり、行方不明になる事件が起きています。 2015年10月以降5名以上が行方不明になっており、ここ最近また締め付けがひどくなっているようです。 また、昨年香港で起きた雨傘革命も、台湾人に大きく影響を与えました。 以前であれば、「いくら中国であっても同じ民族に手は出さないだろう」と考えていた台湾の若者たちでしたが、香港警察を使っての若者に対する仕打ちを見て、台湾の中国接近に恐怖を覚えたといいます。 台湾は今後、香港を注視せざるをえないでしょう。 ◆「中国は一つ」なのか 蔡英文氏は92年コンセンサスに対して、この考え方を受け入れるとは言っていません。 92年コンセンサスとは、「中国は一つ」という認識です。中国には、「中華人民共和国」と「中華民国(台湾)」の二つの意味が含まれています。 即ち、「それぞれに考え方は違いますが、中国は一つ」ということを習近平と馬英九は確認しあっていました。 この考えに則れば、中国にとって自国の中に台湾が含まれているので、他国が台湾に関して意見したとしても内政干渉として退ければよかったわけです。 蔡氏は現在、併合でも独立でもない、現状維持を訴えています。台湾人の9割が現状維持を望んでいるからです。 もしも台湾側が「中国と台湾は国と国との関係である」、とする二国論を出してきた場合、台中関係はややこしくなります。 こうなった場合、中国は台湾と国交を認める国々に対して、チャイナマネーを使ってアプローチをかけるはずです。現在台湾を国と認めるのは22か国ありますが、南米やアフリカ、オセアニアの小さな国ばかりです。 ひっくり返すことはそう大変ではなく、中国共産党機関紙の環球時報はすでに、「台湾と国交のある一部の国はすでに、台湾と断交し中国と国交を結びたがっている」と報道しています。 この流れが始まれば、台湾が世界のほとんどから国として認められてない状況をまざまざと見せつけ、誰も手出しするなよと日米を脅し、まずは一国二制度に、そしてゆくゆくは併合していくと予想されます。台湾の運命は中国の掌の上にある現状は、現在も変わりありません。 ◆台湾は生き残るためのパートナー選びを間違えるな 台湾はどのような道をとればよいのでしょか。 台湾が国際社会で生き残っていくために、日米の力添えは不可欠です。特に日本との関係が台湾の命運を担うといっても言い過ぎではありません。 現在、中国に進出した企業家は60~100万人。台湾と中国を行き来している台湾ビジネスマンは200万人以上と言われています。人口2300万人の台湾で、約10人に1人が中国と深く関わっているのです。 現在、台湾の経済は中国に依存しきっています。 輸出に関しては、香港を含める中国が40%近くになり、第一の貿易相手国です。GDPの6割が輸出によって成り立っている輸出立国ですが、中国経済の不調を受けてGDP成長は1%を切っています。 今後は国内消費の拡大と、リスク分散が欠かせません。 この中国依存を脱却するために、台湾は以前よりTPP加盟、そして遅れている日本との自由貿易協定(FTA)締結も望んでいます。日本側も台湾のTPP参加の橋渡し役になることも検討しています。 一朝一夕には解決できない経済問題ですが、確実に手を打っていかねばなりません。 日台連携を強化するために、蔡氏は馬英九総統のように、首相の靖国参拝批判や、台湾におけるいわゆる従軍慰安婦問題などを出してはなりません。 中国の戦略に乗り、日本との絆を断ち切ってはいけないのです。 日本統治下、日本は台湾に後藤新平や新渡戸稲造をはじめとした当時国家の一級の人物を多く送り込みました。 台湾で流行っていたアヘンを段階的に取り除き、平均寿命が30歳であったところから衛生・医療・教育に力を注ぎました。 台湾総督府庁舎を始め、日本統治時代の遺産はいまも台湾を支えています。日本統治時代につくられた烏山頭ダムは当時アジア一の規模を誇り、今も変わらず台湾の大地を潤しています。 新しい船出に際し、台湾の皆さまにはいま一度本当に大切なパートナーは誰なのかをしっかりと考えていただき、長期的視点で国と守ることを心からお願いしたいと思います。 日韓外相会談は、日本側の敗北――交渉力ある政治家の養成と輩出を!【後編】 2016.01.14 文/幸福実現党・京都府本部副代表 植松みつお 日韓外相会談は、日本側の敗北――交渉力ある政治家の養成と輩出を!【前編】の続きをお送りいたします。 http://hrp-newsfile.jp/2016/2572/ ◆「慰安婦は性奴隷説」を広めた「反日」日本人 2006年に第一次安倍内閣発足の折、安倍首相が国会での論争で、「権力による慰安婦連行は証明されていない」と答弁したことに対して、米国メディアが激しく反発しました。 その当時、米議会の下院議員マイク・ホンダ(アメリカに住む日系韓国人)は「慰安婦は性奴隷であり日本政府は公式謝罪と補償をせよ」という決議を通そうと画策。 この背景に、中国系アメリカ人ノーマン・スーからの献金(買収?)があり、以降、マイク・ホンダ氏は、「従軍慰安婦」を利用し、日本叩きをして、これまで政治家を続けてこられている。 そのマイク・ホンダ氏を元気づけたのは、「慰安婦は性奴隷説」を国連に持ち込み、国際的に「嘘」を拡散させるべく画策していた戸塚悦朗弁護士です。 戸塚氏こそが「慰安婦=性奴隷」という国際謀略の発案者でした。(参考:『戦争と性』第25号2006年5月号) 戸塚氏はそれまで「従軍慰安婦」問題に関する国際法上の検討がなされていなかったことをいいことに、言論機関に名前を売り込む手段として使い、「従軍慰安婦」を日本帝国軍の「性奴隷」(sex slave)と規定しました。 戸塚氏の国連ロビー活動は、1992年から1995年の4年間で海外渡航18回、うち訪欧14回、訪米2回、訪朝1回、訪中1回と繰り返されました。 この執拗とも思えるような国家を貶める自虐テロ活動の結果、1996年に彼の「性奴隷説」が国連公式文書に採用されたのです。 この努力が功を奏して国際社会において、自分の祖国日本を「性奴隷の国」として貶めるスタートとなったことは言うまでもありません。 こうしてクマワラスミなどに見られるような国連の執務官や外交官も、その嘘を見破れることができず、その謀略にいとも簡単に巻き込まれる結果となったのです。 ◆「智慧」を使った外交を 以上、安倍政権、岸田外相にしても、河野洋平氏にしても、戸塚悦朗氏にしても、自分のやっている行為が「正しいことをしている」という思い込みがあるように思えて仕方がありません。 冷静に、今後の日本国と日本人にどのような影響が出るのかを、「原因結果の法則」「智慧の目」で真剣に考えているとも到底思えません。 我々日本国民もまた、お人好しのところがあり、「過去、こんなことをされた!」と言われると、思わず、「そうだったの?」と簡単に同情し、「それは済まなかった」と勝手に謝ったりします。 しかし、韓国と中国にはそういうお人好しはいません。自分たちの利益に繋がるとみれば、いとも簡単に言説を変えてしまいます。 ◆交渉力ある政治家の養成と輩出を 今回の日韓外相会談で朴槿恵大統領がやりたかったことは、簡単に言えば従軍慰安婦という言葉を使った「美人局」もしくは「金目当て」だったのかとも見られても仕方がありません。 大川隆法著『朴槿惠韓国大統領、なぜ、私は「反日」なのか』にもこうあります。 朴槿惠大統領守護霊:だから、従軍慰安婦なんかどうでもいいんだけど・・・。(中略)まぁ、交換材料だよ。あれ(従軍慰安婦の像)を引っ込めてやるからって、それで嫌がらせしてるんだから、今、一生懸命。(中略)だから、「撤去してやるから、三兆円よこせ」っていうこと。 これが本音ならば、年末のドタバタ劇や従軍慰安婦という言葉も単なるビジネス・トークであり、新幹線の技術供与くらいにしか過ぎないと考えて外交交渉のテーブルにつくべきでした。 そうであるならば、「国交断絶」くらいのブラフや力強い言葉が必要だったろう。それほどの決意もないのにポーズばかりでマスコミ受けを狙った、余りにも軟弱な政治家を交渉に出したことが、将来への禍根を残したというべきではないだろうか。 日本政府は、このことを深く反省し、戦略を立て直し、タフで交渉力ある政治家の養成と輩出を強く願います。 日韓外相会談は、日本側の敗北――交渉力ある政治家の養成と輩出を!【前編】 2016.01.09 文/幸福実現党・京都府本部副代表 植松みつお ◆日韓外相会談は、日本側の敗北 昨年末、岸田文雄外相は、日韓外相会談について、訪韓前に記者団に次のように語りました。 「大変重要な会談になると考えており、全力で取り組みたい。慰安婦問題は大変難しい問題だが、ぎりぎりの調整を行いたい」と強調しました。(産経2015.12.28) そして協議の進行次第では「会談中止」も辞さない構えで臨みました。 それが、韓国側は現政権下では「慰安婦問題に対して自制する」という確認をしただけで、日本政府、安倍晋三首相が元慰安婦にお詫びと反省を表明することや、元慰安婦支援に約10億円を拠出することを約束させました。 さらに合意のほとんどが「努力目標」で、共同発表をするにはしたが文書化はしておらず、これでは拘束力は全く無いという有様です。 結局は、日本側からの「持ち出し」の方が多くなるだけで、韓国側に有利な外交的勝利であり、安倍首相がいう「日韓が新時代に入る」ほどの内容もありません。 ◆日韓合意に対する韓国の世論 日韓合意がなされた後、元慰安婦の多くや支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)は、合意に反発、今や聖域化した韓国内の世論を説得することは容易ではありません。 さらに、日本側が撤去を求めた在韓日本大使館前の少女像も韓国政府の努力待ちです。本当に、岸田外相は何のために行ったのか全く解りません。 韓国政府に「朝貢」したかっただけの外交交渉ならば、「日本側の敗北、韓国側の勝利」での終幕であり、とんだ年末のドタバタ劇だったと言えます。 ◆自民党と外国メディアの反応 これについては自民党内からも「日本側がわざわざ韓国に赴き、妥協して合意する必要はなかった」と批判する声も上がって来ています。 一方外務省筋では、共同記者発表という形をとったことで「国際社会全体が目撃者になった」と脳天気な捉え方をしています。 確かに、海外メディアでは「歴史的」(米紙、英BBC)だとか「画期的な合意」(豪ABC)という声もありますが、「ぎくしゃくした日韓関係の改善を望む米国の圧力が背景にある」と冷静に見ている筋(英紙)もあります。 ◆「河野談話」の大きな罪 そもそも、国際的にも慰安婦問題が、広く知られるようになったのは20年前の「河野談話」からです。その当時のことを河野洋平氏は昨年、山口市内で講演し、平成5年に自らが発表した官房長官談話(河野談話)に関する検証報告書について以下のように述べました。 「報告書は引くべき所も足すべき所もない。すべて正しい。日韓関係を良好なものにするために談話を出した。」 慰安婦募集での日本軍の強制性については、「当時、軍に慰安所があったのは事実だ。慰安婦の中には自分の意思で来た人もいるかもしれないが、中に入ってしまえば軍の命令には逆らえない。そうした意味での強制性があった。」 更に「『昔はよその国もやっていた』と口にするのは卑怯なことだ」と述べました。 談話を作成した理由についても「資料や関係者の話はもとより、被害者である従軍慰安婦本人の口から当時の話を聞き、日本は反省しなければならないと感じた。官房長官として日本を貶めるわけがない」とも述べています。 ◆ 事実ではなかった日本軍の慰安婦強制連行 しかし、文献的にも、当時、日本軍が慰安婦を強制連行したという「仮説」はその後の調査研究によって、事実ではないと結論が出ています。 その第一人者が秦侑彦氏で、戦争と慰安婦の実態をよく調べた書『慰安婦と戦場の性』では、吉田清治の詐話や「河野談話」の禍についても言及され、国連人権委員会を舞台にした日韓の攻防戦も詳しく記述しています。 その『あとがき』には、「こうした経緯は、やはり流行の南京事件や禁煙権論争に似ている。事実関係の確認よりも、政治的都合が先行して、一種の魔女狩りと化してしまうと、冷静な討議や比較論は誰も受け付けなくなってしまいがちだ」と。 残念なことに、政府及び官僚、マスコミの勉強不足や自分勝手な思い込みから慰安婦問題について、韓国側の主張を鵜呑みにしているマスコミや教育関係者など、少なくありません。 せめて、良識ある国民ならば、もう少し、情報源の第一情報を知る努力をし、さらにマスコミ情報、特にねつ造記事の多いA紙やN局は疑ってかかることです。 そして、地頭で考える習慣を持たないといけないのではないでしょうか。 (つづく) 慰安婦問題の終わりのはじまり 2015.12.31 文/HS政経塾4期生 窪田 真人 ◆「慰安婦問題」で日韓合意!? 日韓両政府は12月28日の外相会談で、旧日本軍の慰安婦問題の決着で合意したと、マスコミ各社が報じました。 なお日韓外相会談では、おおむね以下5点のことが合意されました。 1.当時の日本軍の関与のもとに、多数の女性の名誉と尊厳を傷つけたことに対して、日本政府は責任を痛感している。 2.安倍首相はそのことに関して、心からの反省とお詫びを表明している。 3.韓国側が設立する財団に、日本政府の予算から資金(10億円)を拠出し、心の傷を癒す措置を講じる事業を支援していく。 4.在韓日本大使館前に置かれた元慰安婦の少女像に関しては、韓国政府はそれを移動すべく関連団体と協議し、適切な解決に向けて努力する。 5.今般の合意は「最終的かつ不可逆的」で、日韓両国は今後、国連など国際社会において、互いを非難することをしない。 上記合意を通し、岸田外相は「日韓間における従軍慰安婦問題の終結」を表明し、同盟国であるアメリカもまた日韓慰安婦合意を評価することを表明しています。 では、この日韓合意について我々はどのように評価するべきなのでしょうか。 ◆日本は白旗を上げた! 今回の日韓合意、その実態を踏まえると残念ながら全く評価されるものではありません。 そもそも従軍慰安婦なる存在は朝日新聞の一連の捏造報道が元になってつくられたものであり、全くのでたらめです。 韓国が外交上の切り札としてこのでたらめを使い始め、河野・村山談話を通し、日本が韓国に対して公式謝罪をしてしまった結果、世界中に「従軍慰安婦は存在した」、「日本は朝鮮の方々に悪いことをした」という認識が広まってしまいました。 また皆様ご存知の通り、1965年日韓国交正常化にあたって結ばれた日韓請求権・経済協力協定にて、日本は韓国に5億ドル(当時の韓国国家予算のほぼ2年分)の経済協力等を行い、日韓の賠償問題については完全かつ最終的に解決されています。 こうした背景があるにも関わらず、日本政府は「心の傷を癒す措置を講じる事業」に対する支援として、元慰安婦へ10億円もの財政支援を行おうとしているのです。 さらに岸田外相は共同記者発表で「当時の軍の関与のもとに多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、日本政府は責任を痛感している」と強調しました。 この主張は今年8月14日に出された戦後70年談話以上に、日本の戦争責任について言及した内容です。 こうした姿勢は「日本が従軍慰安婦問題を認めた」と諸外国に発信することに繋がります。 実際にこの日韓合意を受け、NYタイムズなど海外の大手メディア各社では「日本が従軍慰安婦問題を認め謝罪した」との認識のもと記事が多数書かれています。 以上をまとめると、日本は今回の日韓合意を通して、韓国のプロパガンダを認め、全く支払う必要のない10億円もの大金を国民の税金を元に韓国に支払い、さらには「日本が従軍慰安婦問題を認め謝罪した」と世界中に発信してしまったのです。 これは、従軍慰安婦問題について日本は韓国に白旗を上げたと言わざるを得ません。 ◆韓国の国益優先!迷走中の安倍内閣!! 従軍慰安婦問題が日韓の間で解決されたかのように報道がなされていますが、全く以てそんなことはありません。 そもそも50年前の1965年に決着がついているはずなのに、韓国は(朝日新聞の捏造記事が出されて以降)何度も従軍慰安婦問題を蒸し返しています。 韓国政府の「蒸し返さない」という言葉は全く信用できるものではありません。韓国は近い将来、新たな謝罪や補償を求めてくるでしょう。 また韓国側の強い要望により、今回の慰安婦問題合意は前代未聞の口約束形式でなされ、合意文書作成・調印見送りがなされました。 さらにソウル日本大使館前にある慰安婦問題を象徴する少女像については市民団体の意向次第とされ、撤去が約束された状態ではありません。 このように、日韓合意の内容は韓国に大きく譲歩したものになっています。 現在韓国は、最大の輸出先である中国経済の悪化の影響を受け、大きく経済が後退しています。 2015年10月の韓国の輸出額は前年比15.8%減少しました。輸出依存度が高いことで知られる韓国にとっては大きな打撃です。 こうした状況下において韓国の視点から考えると、日本との関係を改善し、経済関係を強化することは避けて通ることはできません。 外交交渉上日本はその点を大きく利用し、最大限自国の利益を確保するべく努めるべきでした。 にも関わらず、なぜこのように韓国にとって大変優位な合意内容になるのでしょうか。全く以て日本政府の意向が理解できません。 今回の合意は、これからさらに多くの問題につながるでしょう。 ◆日本と世界のあるべき発展のために そうした中で今、我々にできることは、「従軍慰安婦問題はデタラメである」という正しい歴史観を世界に発信し続けることでしょう。 そして従軍慰安婦問題の諸悪の根源となっているのが、河野・村山両談話の存在であり、一刻も早く両談話を撤回しなくてはなりません。 幸福実現党は歴史認識を巡る日本の名誉回復に向けて、自虐史観談話の撤回をはじめ、東京裁判史観の払拭に引き続き取り組んでまいります! 真実の下に日本、そして世界の発展を実現して参ります!! 参考:【幸福実現党声明】日韓外相会談を受けて http://shaku-ryoko.net/education/6914/ 大人のための教科書にさよならを! 2015.12.11 文/幸福実現党 兵庫県本部副代表 みなと侑子 ◆三省堂の謝礼金問題 三省堂が検定申請中の教科書を教員に見せる名目で「編集会議」を開き、参加した校長らに謝礼金5万円を支払っていたことが明らかになりました。 同社は2009~2014年の間で計7回開催。新たに参入する小学校の国語、中学の国語と英語の教科書を見せていました。 参加したのは、東京や大阪をはじめとする26都府県の公立小中の校長や教頭ら53人でした。この会議では、懇親会・二次会が行われており、参加者は都内のホテルに宿泊していました。 謝礼金に加え、交通費や懇親会費・宿泊費などすべてを三省堂側が負担していたようです。 2014年の教科書検定の際、この会議に参加した小中学校の校長ら11人中5人が地元での採択に関わりました。教科書委員会が教科書を選ぶ際に助言する「調査員」になっていたのです。 文科省や業界団体の規則で、検定中の教科書の外部閲覧や過度な営業活動は禁じられています。 今後、教科書採択に関わった教員の地域で三省堂の教科書が使われているかの調査が行われます。教員の利己的な都合によって選ばれた教科書を使うのは生徒たちです。 モラルの低い教員と、利益第一主義の教科書作成会社が作り出す罪は大きいのだと知ってもらいたいと思います。 ◆育鵬社の教科書採択への嫌がらせ 一方で教科書採択の際に、偏った思想を持つ人たちによる妨害活動を経験しているのが育鵬社の教科書です。 神奈川県横浜市において、歴史・公民が育鵬社に決定した瞬間、傍聴席からは「えー」という声が上がり騒然とした雰囲気に。納得出来ない人たちが早速街宣活動をしていました。 4年前にはじめて育鵬社が採用された時は、反対派は扉を蹴飛ばしたりして暴れたり、傍聴席を求めて集まった約400人はほとんどがグループで、教職員団体などが多かったのです。 また大阪府東大阪市では、育鵬社に決定した瞬間、傍聴席から反対の声が上がり、止まらないヤジに委員長が退席を促しました。 翌月の委員会でも抗議のプラカードが複数掲げられ、警察が出動する事態となったのです。 育鵬社の教科書を選択肢に入れると妨害活動や採択を邪魔される可能性があるため選択肢から外した自治体がある可能性も高いと「Are You Happy?」は指摘しています。 参考:Are You Happy?1月号『THE REPORT』 「日本がもっと好きになる」育鵬社の教科書のシェアがアップ ! https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1596 確かに聞いた話では、兵庫県のある市の教科書展示会ではそもそも育鵬社の教科書自体を展示していなかったそうです。 左翼勢力が強い地域であったためか、トラブルを避けるためか真相は分かりませんが、一部の考えで勝手に教科書を選別してよい訳がないのです。 ◆生徒に夢と希望を与える教科書を このような事件を聞くと、教科書は一体誰のためのものなのか?という素朴な疑問が湧いてきます。 もちろん、教科書は生徒たちのためのものです。 教科書には、今まで知らなかった世界、宇宙の秘密、あったことのない人たちの歴史など、空間や時間を超えて様々な情報が詰まっています。 これらが生徒の認識を広げ、新しい世界を教えてくれます。その延長に夢や希望を見つける生徒も出てくるでしょう。 教科書は彼らが社会に繋がっていくため、未来を創っていくための重要なツールであり原動力なのです。その教科書が大人の利益の対象になったり、偏った思想を持つ人の道具にされることは絶対に許されることではありません。 また、過去に出された自虐談話は、河野・村山談話だけではありません。 日本が、「中国・韓国に過去に重大な損害を与えたことの責任を痛感し、深く反省している」という趣旨を歴史教科書の内容に十分反映するように配慮すべしとした宮澤談話も存在しています。 この歴史認識は大きく間違っている上に、自国の教科書に自虐史観を入れた場合、国民は自信を失い、国力が衰退することはすでに歴史によって証明されています。 未来を拓くためにはどのような教科書が必要なのか、私たちは本気で考えていかなければなりません。大人に利用され続けてきた教科書には、さよならを言いたいと思います。 習近平は、毛沢東が「親日」だったことを知っているか【後編】 2015.12.09 文/幸福実現党・政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆毛沢東が持っていた「歴史認識」 今回は、書籍「毛沢東」(遠藤誉著/新潮新書)より、毛沢東の「歴史認識」が現在の中国や韓国の指導者と全く異なることを幾つかの事例を通じて、お伝えいたします。 (1) 1956年9月、元日本陸軍の遠藤三郎元陸軍中将が、北京で毛沢東と会談した際に、以下のような言葉を述べたことが書籍「廖承志と日本」に記録されています。 「日本の軍閥がわれわれ(中国に)進攻してきたことに感謝する。さもなかったらわれわれは今まだ、北京に到達していませんよ。」 (2) 1961年1月、社会党の国会議員との対談でも、以下のような言葉を語っています。(「毛沢東外交文選」より) 南郷三郎氏と会ったとき、(南郷氏が)「日本は中国を侵略しました。お詫びのしようもない」と言いました。 私(毛沢東)は「あなたたちは、そういう見方をすべきではない。日本の軍閥が中国のほとんどを占領したからこそ、中国人民を教育できたのです。さもなかったら、中国人民は覚悟を抱き団結することができなかった。」 「そうなれば私は今もまだ山の上にいて、北京で京劇を観ることなどできなかったでしょう。(中略)もし、感謝という言葉を使うなら、私はむしろ日本の軍閥にこそ感謝したのです。」 さらに、1964年、社会党の訪中時にも、ひたすら謝罪の言葉を重ねる社会党議員に対して、毛沢東は同様に、日本軍への「感謝」を表明しているのです。 ◆「南京大虐殺」について一度も触れた事がない さて、「毛沢東」(遠藤誉著/新潮新書)では、毛沢東と「南京大虐殺」についての関連についても触れています。実は、毛沢東は、一度も「大虐殺」に触れたことがないのです。 「少なくとも毛沢東は新中国が誕生した後、そして彼が生きていた間、ほぼひとことも『南京大虐殺』に関して触れたことがない。教科書でもほとんど教えたことがないし、何か人民に向けたスピーチなどで取り上げたこともない。」 「毛沢東」を尊敬し、見習っている習近平氏は、ぜひこの部分に注目していただきたい。 プロパガンダのプロでもあった毛沢東が全く触れなかったというのは、実際に起こっていなかったからです。 その説を裏付けるデータがここに掲載されていました。 中国共産党の機関紙「人民日報」に「南京大虐殺」という言葉が何回でてきたのか、実際に調査した方が香港に居たそうです。その結果、 1946年~1960年 21回 1961年~1982年 0回 1982年~2105年 835回 1946年の第1期に掲載されたのは、東京裁判のテーマになったからであろうと推測されます。 しかし1982年以降の数字は常軌を逸しており、やはり何らかの政治的な意図があったものと推測せざるを得ません。 その「南京大虐殺」を大々的に宣伝したのが江沢民です。 ◆江沢民の父は親日政権の元宣伝部長 江沢民はなぜ、これほどまでに反日の姿勢をつくろうとしたのでしょうか。 一つの説得力のある話として、彼の父親が大東亜戦争当時の汪兆銘政権で宣伝部長を行っていたということが大きいと言われています。 汪兆銘政権は毛沢東、蒋介石とは異なり、親日政権として東條英機首相が主導した大東亜会議にも中国代表として参加しました。 江沢民氏はそうした親日のレッテルが自らの政治生命を危うくするものだと感じたのかもしれません。いずれにしても、結果として、江沢民の時代から異常な反日教育が始まっているのです。 ◆習近平は、ユネスコ遺産登録を速やかに取り消すべし 毛沢東は、明確に「南京大虐殺」に触れたことは一度もありませんでした。 彼は、表向きだけでも日本軍と戦った当事者で、本来、彼こそが民族の悲劇に対して主張すべき立場にいた人間であります。 現在、「毛沢東主義」を掲げ、国家の近代化を遅らせようとしている習近平国家主席には、以上のような事実をしっかり認識し、南京大虐殺について述べたことがない毛沢東を見習って、ユネスコ世界記憶遺産の登録取り消しを速やかに行うことを勧める次第です。 参考図書:「毛沢東」遠藤誉著/新潮新書 習近平は、毛沢東が「親日」だったことを知っているか【前編】 2015.12.05 文/幸福実現党・政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆書籍「毛沢東」出版の衝撃 2015年11月、遠藤誉著「毛沢東」(新潮新書)が出版されました。 著者は、1941年(昭和16年)中国吉林省長春(元満州国新京市)生まれ、国共内戦を経験し、1953年日本に帰国、現在は、東京で大学の教鞭をとっており、自らの経験を数冊の書籍にまとめています。 この書籍の中では、中華人民共和国建国の父である毛沢東について、我々日本人があまり知る事のない事実が記載されています。 一部は、著者の推測があるものの、筋を立てて確認すると、非常に説得力があり、日中双方にとって衝撃的な内容です。 今回は、その書籍で日本との関わりについて重要な部分についてお伝えいたします。 ◆明治維新へのあこがれが強かった 毛沢東は、清朝西太后の時代、1893(明治26)年、富裕な農家に生まれました。 当時、清は、欧米の帝国主義によって、その広大な領土が蚕食されつつあり、国家の危機の時代でした。 毛沢東は、幼少時から強い学問への情熱を持ち、様々な書籍を読み漁るうちに、この危機を乗り越えるためには、日本の明治維新の「富国強兵」を手本にすべし、と強く感じました。 たとえば、故郷を離れる際に父親に送った漢詩は西郷隆盛の逸話に関するものでありました。 また、宮崎滔天が湖南省に演説に来たときにも、その演説に感激、さらに日本への尊敬の念を強めたと言われています。 ◆中国共産党の立党から大東亜戦争まで さて、この書籍では、毛沢東及び中国共産党の党史が分かりやすく記載されています。 実は、ソ連(コミンテルン)は、マルクス理論に基づき、「労働者による革命」を欧州で実現しようと画策しますが失敗に終わり、その矛先を中国に集中的に絞りました。 中国共産党は1921年に立党しますが、これはコミンテルンのおぜん立てによるもので、実際のところ、ソ連の傀儡でした。 当時、清朝を倒した孫文の国民党とは天地ほどの差があり、政治勢力として対抗できる力は全くありませんでした。 そこで、ソ連(コミンテルン)は「やどかり理論」と称して「国民党との共同歩調(国共合作)」を指示しました。 孫文の考えは共産革命の理論とは正反対で、共産党は当初、全く相手にされませんでしたが、ソ連が国民党に協力することを伝えることで、最終的に合意しました。 しかし、共産党がその勢力を拡大し、力を付けてくると、国民党から分離し、独自の「国家(中華ソビエト共和国)」を建設し、国共内戦が始まります。 当時は国民党が圧倒的に有利であったために、毛沢東はただ逃げるしか方法がありませんでしたが、ここで「救い」がやってきます。日本軍との戦いが始まったのです。 「盧溝橋事件」がきっかけとなり、日中間の戦争が始まりますが、実際はコミンテルンの謀略だったという説も根強くありますが、いずれにしても、「中国」は日本との戦争がはじまり、再び「国共合作」によって、毛沢東と蒋介石は手を組むことになります。 しかし、毛沢東は原則、日本軍との戦いを厳禁します。それは、国民党と日本とを戦わせることで、国民党軍を消耗させるためであったのです。 やがて米国も対日参戦し、大東亜戦争の開始という状況になりましたが、こと中国国内に焦点を当てると、実態は「日本軍と国民党軍」との戦いでした。 共産党側は高みの見物という図式で、終戦まで共産党は、徹底して日本軍との戦いを避けました。 ◆日本陸軍の将官を北京に招く 大東亜戦争終了後、再び国共内戦が始まります。その中で、毛沢東、蒋介石双方が、日本陸軍の力を活用したいとの思惑がありました。 書籍「毛沢東」では、元支那派遣軍総司令官の岡村寧次大将を特に毛沢東が、熱烈に待ち望んでいる様子が描かれています。 岡村大将は、大東亜戦争の「大陸打通作戦」で、中国(国民党)軍を徹底的に破った名将でした。 彼は、終戦後、蒋介石の演説に感動して、記憶後「白団」を組織し、台湾の大陸奪還の助力をします。 毛沢東には、彼の力が無視しがたいほど大きなことを認め、突如数回にわたり、「旧日本陸軍の軍人」を北京に招きます。 実は、本音として招きたかったのは、岡村大将でした。しかし彼は、蒋介石に強い恩義を感じていたため、北京政府に詣でるようなことは決してしませんでした。 しかし、こうしてみる限り、毛沢東率いる「中華人民共和国」は、一貫してそのターゲットを「中華民国」に定めており、おそらく日本軍との大規模な会戦を戦ったことはほとんどなかったことが伺えます。 現在の「中華人民共和国」の習近平主席にはこうした歴史認識を持っていただきたいものです。 すべてを表示する « Previous 1 2 3 4 5 6 … 30 Next »