Home/ こぶな 将人 こぶな 将人 執筆者:こぶな 将人 日本では報道されないドイツの脱原発事情(2) 2014.11.10 文/政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆FIT制度がドイツ国民に及ぼす深刻な影響 さらに、ドイツの国民にとって、再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT制度)が深刻な影響を与えています。 FIT制度は、原発停止に伴い不足するエネルギーを、再生可能エネルギーに求めるためのものです。電力会社は、国家の決定した価格での再生可能エネルギーの購入を義務付けると共に、それによる値上がり分については、ユーザーである国民が負担する制度です。 当然、この固定価格は、市場価格より高いもので、その結果ドイツ国民の負担は大きくなっており、FIT制度のために電力料金は、年間一人あたり4万円の負担増となっています。 ドイツでは1世帯平均2人というデータがありますので、単純に計算すると、1世帯で年間8万円の負担増になっている事になり、国民に深刻な影響を与えています。 これに関して、2013年9月19日付け「ヘラルド・トリビューン」紙(現在「インターナショナル・ニューヨークタイムス」に名称変更)には、ショッキングなレポートが掲載されています。 それによると、 ○「電気を節約するため、夜はキッチンの5ワット電球だけを頼りにする」ドイツ国民の姿 ○ベルリン市内には、電気料金支払いが困難な市民を救済する機関がある。 ○2011年、公式データによると、電力料金を支払えない31万2千世帯の電力を止めた。 ○政府の補助があるにもかかわらず、アメリカの3倍の料金に値上がりしており、国外からの投資意欲が大きく損なわれている。 この制度は、日本でもすでに施行されており、その影響については、すでに当ニュースファイルでも論じております。 日本経済を奈落の底に沈める「原発ゼロ」と電力の「固定価格買い取り制度」 http://hrp-newsfile.jp/2012/554/ 「市場原理に立脚しない再生エネルギー固定価格買取制度(FIT)のほころび」 http://hrp-newsfile.jp/2014/1747/ ◆東ドイツ出身のメルケル首相に繁栄のビジョンは見えるか ドイルのメルケル首相は、国民の人気も高く、優秀な政治家でありますが、社会主義の東ドイツ出身で、しかもキリスト教民主同盟のコール政権下では、4年にわたり「環境・自然保護・原子力安全担当大臣」をつとめており、一貫して規制を進める立場を取っています。 このような経歴を見ると、メルケル首相には、元々、脱原発に向けての強い考えを持つ一方、経済繁栄に対しての考えが不足しているのかもしれません。 当初、好意的な見方もされてきたドイツの「エネルギー革命」は、国民の負担が莫大なものなると共に、風力発電の最大手である「プロコン」社が今年1月に倒産し、供給側に課題があることも現実となりました。本当にこの政策が正しいものであるのか、ドイツ内外で大きな疑問が投げかけられています。 ◆日独両国の発展が世界大繁栄のカギ 現在のEUは、ギリシャ危機のあと、スペイン、ポルトガル、イタリアなどカトリック諸国で経済問題が続いています。その中で、ドイツは、さらなる繁栄のビジョンを掲げ、ドイツが圧倒的な経済力をもって、今後もEU立て直しの主役となって強い存在感を示していくことが求められます。 このように、本来、欧州のリーダーとなるべき役割があるにも関わらず、「ヒットラー」や「ナチズム」の反省による自虐史観と、エネルギー政策の失敗によって、ドイツ経済の発展は、足踏みを強いられています。 アメリカが世界の警察官を放棄しつつあり、世界は混とんとしていく中、欧州においては、ドイツが、日本と同様に「ドイツの誇りを取り戻し」、さらなる繁栄を目指す時が来ています。 そして、我が日本においても、今回お伝えしたように、ドイツでの教訓を生かし、当面は原子力発電を基礎にしたエネルギー政策を進め、安定的なエネルギー供給を確保することが大切です。 このように、日独両国が、自虐史観を払しょくし、世界的な役割を強く認識し、力強い発展繁栄を目指していくことが必要です。 幸福実現党も、日本において自虐史観を払しょくし、世界のリーダーをめざし、さらなる繁栄を目指して参ります。ご理解をいただきますよう、よろしくお願いいたします。 日本では報道されないドイツの脱原発事情(1) 2014.11.09 文/政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆「原発推進派」に対するマスコミの風当たりは強い 安倍改造内閣の目玉の一人であった小渕経産大臣が政治団体の不透明な収支を巡る問題で、辞任しました。内容を聞く限り、大臣失格は当然であります。 しかし、その一方、小渕前大臣は、「原発推進」を明言し、九州の川内原発などの再稼働を念頭に置いていたと言われています。 報道によると、さる11/8(土)、鹿児島県の伊藤知事は、震災以降初めて、原発の立地県として川内原発の再稼働に同意しました。 さて、2012年10月に行われた衆院鹿児島3区補選では、幸福実現党公認の松澤力候補だけが、川内原発再稼働を訴えました。当時は自民党候補ですら再稼働の主張ができなかった事を考えると、この先見性には大きな評価を受けるべきではないでしょうか。 マスコミでは、まだ原発推進派と目される政治勢力に対する風当たりは強いものの、現実は政府も再稼働への方向をはっきりと示しています。 そうした意味では、日本のさらなる繁栄の為に、今回の小渕前経産大臣のスキャンダルで、原発推進の動きが止まってしまうことを懸念するものです。 ◆日本で誤解されているドイツの「エネルギー革命」 よく、「脱原発派」が引き合いに出すのが、ドイツの原発政策です。元々ドイツでは、チェルノブイリの原発事故以来、放射線に対する恐怖が強く、自然エネルギーの研究も進んでいた地域ではありました。 2000年代のシュレーダー政権の時から、脱原発の方向は示されていましたが、2011年の福島原発事故をきっかけとして、メルケル首相が「エネルギー革命」と称する脱原発政策を打ち出すことになりました。概要は以下の通りです。 1、独国内17基の原発のうち、老朽化した8基を停止すると共に、残りの9基についても順次停止していき、2022年までに全廃を目指す。 2、その代替エネルギーとして、太陽光・風力など再生可能エネルギーを推進し、2050年には完全移行を目指す。 3、電力会社に対して、再生可能エネルギーを一定の固定価格で買い取ることを義務付けるFIT制度を導入する。 これらの政策は、当初、環境保全推進の立場から、好意的な反応があり、「日本もドイツに学べ」という論調が強まりました。 しかし、日本で誤解されている事は、ドイツでの原子力発電は暫時減らしていくという事で、現在も稼働しているという事です。 また、エネルギー政策の柱として掲げた、再生可能エネルギーは安定的な供給ができず、ドイツ政府は、石炭を中心とする火力発電を中心に行うことになり、現在はドイツの数か所で新規に「火力発電所」の建設が急ピッチで進んでいるのです。 以上の結果、2013年のドイツにおけるエネルギー割合の暫定値は、以下のようになっています。 原子力 15% 石炭 20% 褐炭 25% 再生可能エネ 24% 天然ガス 10% その他 6% 少なくとも、ドイツは、まだ原発稼働中で、日本の即時停止とした対応が、いかに極端なものであるかが分かります。 次回、ドイツの電力事情にもう少しメスを入れ、日本が学ぶべき教訓を明らかにします。(次回は、明日配信) 「いじめ防止対策推進法」で子どもたちを守る事ができるのか 2014.10.26 文/政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆平成25年国会で「いじめ防止対策推進法」が成立 平成23年、滋賀県大津市でいじめを苦にした自殺事件が発生しました。当初、事件の当事者となった中学校及び、教育委員会は、この事件について「いじめ」が原因でない、と主張していました。 ところが、以下のような実態が明らかになり、国民に大きなショックを与えました。 ○ 「自殺の訓練」をさせていた ○ 実家のキャッシュカードで40万円を恐喝 ○ 万引きを強要された ○ 死んだハチを食べさせられていた ○ ズボンを下ろして笑いものに ○ 睡眠薬を飲ませて公園に放置された これらの事を知っていたにも関わらず、学校側、大津市教育委員会は「いじめはなかった」と、隠ぺいを行っており、大津市には連日、国民からの抗議が続きました。 このような実態を受けて、政府は昨年、「いじめ防止対策推進法」を成立させました。 ◆幸福実現党が進める「いじめ対策」とは 幸福実現党は、2009年の立党当初から「いじめ対策の必要性」を主張し、現時点は、主要政策の柱の一つとして「いじめ禁止法」の推進を入れています。 その中で、私たちは、二つの論点について訴えてきました。 一つには、現場の教師が「いじめは悪い」をはっきり言わず、曖昧な決着をつけようとしている事。 いじめの事例を調べてみると、解決のため、教師が加害者と被害者の間で「民主的に」話し合いを持たせて解決としている事が多いのですが、これは「いじめが悪い」という事が全く伝わっていないので、加害者も、悪いことをした、という意識が起きません。 もう一つは、教師、学校、教育委員会による「いじめ隠ぺい」に走るケースが非常に多い、という事です。 先般、文科省の統計で、「小学校のいじめ件数が過去最高」を記録した、という報道がありました。 一見、いじめが深刻化しているかのような印象を与えますが、私は、こうした報道に対して、逆に「隠ぺい」が減少し、表面化させることで、学校としても真剣にいじめ撲滅に取り組むことができるという意味で、評価するものです。 しかし、数年おきに「いじめによる自殺」の報道に接するにつけて、教師や学校がいじめ隠ぺいに走るケースはまだまだ存在している事が分かります。 残念ながら、子供たちが最後、自殺という手段を選択する過程で、現場の教師がいじめに隠ぺいし、ひどいケースになると、いじめに加担している事もあり、本来あってはならない現実に子供たちが絶望を感じている事が大きな原因と見られています。 幸福実現党は、子供たちの将来を守るためにも、いじめを決して許してはいけない、そのためには上記に掲げたような二つの論点を外すことができないと考えています。 ◆「いじめ防止対策推進法」に欠けているもの 「いじめ防止対策推進法」そのものについては、私としても、まずは国が「いじめ対策」を進めていく、という決意を表明したものとして評価すべきかと思います。 ところが、この法案には、先に掲げました大切な二つの論点について、ほとんど考慮されていないのです。 大津の事件に限らず、子供たちが最後、自らの生命を断つにいたるのは、現場の教師がいじめの事実を知っていながら、子供たちを守ろうとしていない事が大きな原因であったのです。 そのためには、法案に教師や教育委員会の隠ぺいに対する処罰を記載するべきでありましたが、残念ながら結果としては、実現されませんでした。 この事については、すでに昨年7月、当HPRニュースでもお伝えしたところです。 連続する「いじめ自殺」~いじめを止める唯一の方法とは?~ HRPニュースファイル 2013.7.19 連続する「いじめ自殺」――いじめを止める唯一の方法とは? ◆現在、自治体で議論されている「いじめ防止」に関する条例 国会での「いじめ防止対策推進法」の成立を受けて、各自治体で「いじめ防止」を目的とした条例の制定作業が行われています。 私の地元である東京都青梅市でも「いじめ防止に関する条例」の議論が進んでいます。私も、住民の一人として、このような取り組みが行われている事に対して、大きな評価をするものです。 しかし、内容を見る限り、「いじめ防止対策推進法」同様に 1、いじめ加害者に対しての処罰規定が非常にあいまい。 2、隠ぺいを行った教師、校長、教育委員会については、厳重な処分を行う事。 の規定が全くない。 という事が明らかでした。 私自身、「地域の子供たちをいじめから守りたい」との思いから、パブリックコメントで青梅市あてにメール送信し、上記について明確に対応することを求めました。 残念ながら、青梅市からパブコメが届いたのかについて返事が全くなく、本気で「いじめ防止」に取り組もうとしているのか、大きな疑問が残りますが、私としては、今後ともこの条例についての議論の行方をしっかりと見守っていく所存です。 ◆「いじめは犯罪」だと言い切る勇気が必要 戦後の、左翼的な考え方によって、教師は生徒と同じ立場であり、「民主主義的な解決」という大義名分を隠れ蓑にして、善悪をはっきり伝えることを避けてきたツケが、この「いじめ」という問題に現れてきたものだと思います。 学校側として、先ず求められる事は、勇気をもってはっきりと「いじめは悪い事」「いじめは犯罪」と子供たちに伝えることです。 子供たちも善悪をはっきりさせることで、「悪い事」はしていけない、という気持ちが出てきます。 現在、行政で進められている「いじめ防止」の動きについては、大きな前進ではありますが、まだまだ善悪をはっきりとすることを拒否している印象を受けます。 未来を担う子供たちを悪から守るためにも、大切な論点が骨抜きにならないよう、お住まいの自治体での議論に注目して頂きたいと思います。 パラオ共和国に今でも残る「大和魂」 2014.10.12 文/政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆パラオの国旗は「日章旗」によく似ている 「パラオ共和国」は、世界地図で見ると、フィリピンのミンダナオ島から600㎞程度東に位置する小さな島々からなる国家です。首都のマルキョクは東経134度に位置し、日本でいうと姫路市付近に当たり、全く時差がありません。 現在、漁業や観光を主たる産業としており日本からも、多くの観光客が訪れていますが、パラオの国旗は、知る人ぞ知る、青地に黄色の丸の「月章旗」と言われる美しいデザインをしています。 パラオ政府からは、はっきりと説明したことはありませんが、これは明らかに、日章旗をモデルにしたものとして知られており、いかにパラオが親日であったかを示しています。 ◆パラオでも日本の統治が大成功 パラオは、元々スペイン、そしてその後ドイツの植民地となりましたが、近隣のフィリピン、インドネシア同様に、教育を与えず、インフラ整備も行わない、ひたすら搾取と略奪のひどい植民地政策が行われてきました。 欧米による植民地支配は、パラオの人達の人権を踏みにじるような扱いを続けていて、元々6万人いた人口は、6千人にまで減少したそうです。 第一次大戦後に、ドイツが敗れたために、国際連盟の決議によって日本の委託統治地域となりました。日本によるパラオ統治は、台湾や朝鮮などと同様に、日本人とほぼ同等の教育を行い、日本本土と同じようなインフラ整備を行い、人種差別もなく、パラオの人達にとっては国家の発展とは何かを明確に体験することができ、夢のような日々でありました。 ◆大東亜戦争、ペリリュー島の戦い 1941年、大東亜戦争がはじまり、パラオ諸島の一つであるペリリュー島には大きな飛行場が建設され、軍事拠点となりました。 1944年9月、米軍は、この拠点を攻略するためにまず、多くの艦船からの艦砲射撃と高性能焼夷弾の集中砲火で、島内のジャングルを焼き払いました。その後、米軍第1海兵師団17,500人、第81歩兵師団11,000人の大軍で上陸を開始しました。 当時の日本軍の守備隊はおよそ10,000人で、しかも、海上からの支援はまったく期待できない孤立した戦いになりました。上陸する米軍第1海兵師団のウィリアム・リュパータス海兵少将は、作戦開始にあたり「こんな小さい島の戦闘は2、3日で片付く」と豪語しています。 ◆米軍を徹底的に苦しめた「敵軍戦法早わかり」 ところが、米軍は中川大佐を指揮官とする日本軍の反撃にあって、上陸して後、全く動きが取れないまま、第1波の上陸部隊が退却する事になりました。 実は、日本軍参謀本部では、米軍の戦いを詳細に研究した堀栄三氏によって、「敵軍戦法早わかり」という小冊子を作成し、それに基づいて具体的な戦術を行う事を指示したのです。 その中で述べられている3つの柱を簡単に述べると 1、 海からの艦砲射撃が効果を発揮しない、島の中央部に陣地をつくる。 2、 米軍への水際攻撃を避ける。 3、 基地の防護壁は、米戦艦の主砲に耐えるコンクリート厚2.5メートルとする。 というようなもので、一言でいうと、持久戦、ゲリラ戦の勧めというものでした。 これまでの日本軍の戦いは、「バンザイ突撃」に象徴されるような一方的な突撃を行うものが中心でしたが、「敵軍戦法は早わかり」による考えは、180度の転換を求める革命的なものでした。 ペリリュー島の戦いは、この考えに基づいて行われた初めての戦いで、米軍は、史上最悪の損害を出すこととなり、精神的異常をきたす若者たちが続出し、それまでに経験したことのない危機的な事態に陥りました。この詳細は、今年の8月、NHK特集で「ペリリュー島 狂気の戦闘」のタイトルで放送されています。 この後、終戦に至るまで、海軍や、空の戦いでは米軍の独壇場になりますが、陸の戦いでは、日本軍による必死の戦いもあり、この戦法は、後に硫黄島、沖縄の戦い、さらには、ベトナム戦争などにも受け継がれ、米軍に莫大な損害を与える事になりました。 当初、2,3日で決着すると見られていたペリリュー島の戦いは、このようにして、日本軍の徹底した抵抗のために、2か月余りの時間を要することになりました。 残念ながら、中川大佐をはじめとする10,000人の守備隊は、最終的にほぼ全滅、捕虜202人、生存34人という状況となりましたが、彼らがこの戦いで発揮し、米軍を徹底的に恐れさせた「大和魂」は、今でも日本人の誇りとなっているのみならず、パラオの人達にも大きな印象を残しました。 また、米太平洋艦隊のニミッツ司令長官は、以下の詩文を残し、日本軍の戦いに大きな敬意を表したといわれています。 「諸国から訪れる旅人たちよ この島を守るために日本国人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い そして玉砕したかを伝えられよ」 ◆国の誇りを取り戻し、親日国の期待に応えよう 戦後、パラオ諸島は米国の信託統治の地域となりました。ここで、米国はかつて欧米が行った収奪型の経営を行うとともに、徹底的な反日教育を行いました。 しかし、パラオの人達にとって、日本統治下の夢のような日々を忘れるはずもなく、しかも、徹底的に米軍を苦しめた勇敢な戦いを見て、親日の立場を決して変えることがありませんでした。 やがて、1993年の住民投票によって、実質的な米国の信託統治から独立することになりました。その時の初代大統領は、「クニオ・ナカムラ」氏と言い、その名前が示すように、父親が三重県の出身の日本人であります。 そして、冒頭にお伝えしたとおり、国旗を制定する際にも、日本の「日章旗」にデザインが非常に似ている「月章旗」を採用したと言われています。 これ以外に、パラオには多くの日本の文化が今でもしっかりと根付いており、今回、紹介した以外にも、数多くの心温まるエピソードがあります。 現在の日本を取り巻く国際情勢は、中韓などから「反日」と言われる事が当たり前に感じるようになっていますが、実際には、パラオをはじめ、親日の姿勢を明らかにしつつ、常に日本の動きを注視している多くの国家があることを私たちは忘れてはいけません。 そうした意味で、私たち幸福実現党が進めている「日本の誇りを取り戻す」活動は、国の繁栄の為に、大変重要な活動です。 ぜひ、一人もでも多くの国民の皆さんにご理解を頂きたいと思います。 「愛国心」を持ち、自信のある国民を育むために 2014.09.28 文/政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆平成20年に改正された教育基本法 私たち幸福実現党は、昨年より「日本の誇りを取り戻す」活動を展開し、国会での議論や、政府の動きにも大きな影響を与え続けています。 そうした中、来年、全国の中学校の教科書について4年に一度の見直しの時期がやってきます。 第1次安倍内閣の平成18年、教育基本法が約60年ぶりに改正され、「愛国心」にも関係する内容として、以下のような文言が掲げられています。 ※教育基本法 第2条第5項より 「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。」 平成23年に、改正後最初の教科書採択が行われ、その主旨を踏まえた内容が求められましたが、実際には、従来の左翼的な歴史観に基づいた内容が残されており、多くの課題が残っています。 ◆国民の誇りを失わせる「南京事件」の記述 例えば「南京事件」について、幾つかの中学校の歴史教科書の記述では、当時の日本軍による残虐性を想起させるような以下のような言葉を使っています。 T書籍 「特に南京占領にさいしては、捕虜・武器をすてた兵士・老人・女性・子どもまで含めた民衆を無差別に殺害しました。」「この事件は『南京大虐殺』として国際的に非難されましたが、国民には知らされませんでした。」 S書院 「諸外国は、この南京大虐殺事件を強く非難したが、当時の日本人のほとんどはこの事実さえ知らされなかった」 N書籍 「年末には日本軍は首都南京を占領したが、そのさい、20万人ともいわれる捕虜や民間人を殺害し、暴行や略奪もあとをたたなかったため、厳しい国際的非難をあびた(南京事件)」 「南京事件」は、当ニュースファイルで何度も取り上げている通り、当時の国際社会では批判されたこともありませんでした。いわば戦後になって東京裁判において戦勝国側のねつ造によってでっち上げられた「事件」であります。 そのような、ねつ造された事件について、日本人があたかも野蛮な民族であるかのようなイメージを持たせる記述は、子供たちが祖国に誇りを持つことを妨げ、自信を失わせる原因になります。 ◆左翼的な歴史観に基づく記述が目立つ その他、歴史教科書には、韓国や、沖縄に関して左翼的な史観に基づく記述が目立ちます。 その中で、私たちの世代(40歳代)が聞いたこともなかった「琉球処分」なる言葉がゴチック体で記載されています。これは、明治維新後に当時の政府が沖縄を強引に日本領に編入した、ということで一つの侵略の歴史を想起させるものであります。 また韓国関係では、明治期以降の日本による植民地支配で、朝鮮人に対して厳しい弾圧を加えているイメージで覆われています。 その中で、大東亜戦争時に、「多くの朝鮮人が『動員』された」、との記載もありますが、当時、朴槿惠大統領の父親に当たる朴正煕元大統領が血書を書いて士官学校に志願したことや、多くの朝鮮人が志願したことにはほとんど触れていません。 その他、少し目を通してみるだけで、以下のような特徴が目につきます。 ○社会主義的な考え、共産圏の「五か年計画」を評価 ○結果平等の歴史が、「近代化」だという考え。 ○自由主義経済にはバブルが付き物で危険。 ○高度経済成長には、公害などの否定的な印象を与える。 ○農民一揆は、支配者の搾取から逃れることで、正当な事。 本当に子どもたちの幸せを願うのであれば、誇りと自信を持たせる教育を進めるのが、人間として当たりまえの感情です。残念ながら、現状を見る限り、現在の教育はその反対の結果を目指しているように見えて仕方がありません。 このような現状で、教育基本法改正の主旨が理解されたと言えるのでしょうか。大きな不安が残ります。 ◆歴史教育の中で教えるべき事は何か 日本人として、本当に教えるべき自国の歴史として ○過去に努力によって成功し、尊敬された数々の偉人たち ○欧米諸国に比較して、非常に長い歴史を持っている事 ○歴代の天皇を中心に、徳に基づき「和の政治」が行われてきた事 など、もっと強調されてもよいのではないでしょうか。 例えば、渡部昇一上智大学名誉教授も指摘しているのですが、平安時代では、300年にわたり、一件も死刑がなかったといわれています。こうしたことは、世界に誇るべきことでもあります。 また、大東亜戦争をきっかけにして、アジア・アフリカの諸国が欧米の植民地支配から独立を果たすことができ、インドなど多くの国々から感謝されていることが全く記載されていないことが、大きな問題だと思います。 ◆愛国心が育つ歴史教科書の採択を 以上のように「愛国心を持つ子供たちを育てていく」ためには、教育基本法に沿った日本の神話や日本の偉人を数多く取り上げる方針を明確にした歴史教科書を採択する必要があります。 中学校の歴史教科書の採択は、平成27年度において、地元の住民の声を聞く「パブリックコメント」などの機会もあります。多くの国民の声を結集し、日本の誇りを取り戻し、「愛国心」を持つ子供たちを育てて参りましょう。 GDP確定値、「年率換算マイナス7.1%」をどう見るか 2014.09.14 文/政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆予想を大きく超えた厳しい結果 去る9月8日(月)、内閣府より、2014年度第1四半期(4月~6月)のGDP確定値が、下方修正され年率換算マイナス7.1%と発表されました。 すでに速報値として、年率換算マイナス6.8%という数字が出ており、ある程度の予想は、されてはいたものの、結果としては予想以上の厳しい印象を与えるものとなりました。 3月までの駆け込み需要の反動が大きな原因と思われているものの、現在のデフレ下の中で、消費増税による実質的な値上げに対して、国民が家計の防衛に入っている様子が伝わります。 また、今回のGDP確定値発表についてのマスコミ報道には、大きな違和感を覚えます。 8日(月)の夕刊各紙は、一面での報道が行われていましたが、翌9日(火)の朝刊では、一面での報道はほとんどなく、夕刊を購読していない多くの国民にとって、知るべき事実が、知らされておらず、いわば「マスコミによるアリバイ作り」が行われた状況です。 ◆なぜ、安倍総理は「7月-9月のGDP速報値」で決定するのか さて、産経新聞の田村解説委員は著書「消費税の黒いシナリオ」の中で「なぜ安倍総理は7-9月期の速報値に基づいて増税の判断をするのか」について呆れる理由を示しています。 それは、1997年の体験に基づいたもので、当時、増税後4月-6月期の数値は買い控えなどの理由でマイナス3.5%という厳しいものとなりましたが、次の7月~9月期になると逆にプラス1.5%程度の上昇を示したというのです。 これは、1月-3月→買いだめ、4月-6月→買い控え、というサイクルの中での結果と思われますが、今年度の7月-9月期の速報値についても同程度の予想になると見越して、財務省側が安倍総理に提言したようです。 さらに、昨年も「速報値」と「実際の数値」との間に大きなかい離があったように今回も同様に速報値が「上ぶれ」する可能性も否定できません。 要するに、実態から離れた数値に基づいて大切な判断が下されることになるのです。これが、本当に国民の幸福のための政策と言えるのでしょうか。 ◆黒田総裁の「増税容認」発言は、日銀の責任放棄 また、日銀の黒田総裁について、公約として掲げた2014年度の「2%成長」は、達成は困難との見方が広がっています。黒田総裁は、すでに「増税推進」という立場を明確にしていますが、今回の厳しいGDP確定値の発表にも関わらず、会見では変わらず「増税は必要」という発言を行っています。 本当に公約である2%の目標達成を目指すならば、増税ではなく、減税を訴えるべきではないでしょうか。 その証拠に2013年度は「アベノミクス」で上向きになった景気が原因となり、税収増になっています。黒田総裁が元大蔵官僚としての悲願である消費増税を優先させることは、国民への責任放棄といえないでしょうか。 ◆日本の年間GDPは20年間、およそ「500兆円」で変わらず 政府が消費増税の理由として言い続けてきたのは、「これからの高齢社会の中で、社会保障費が必要だから」というものでありますが、こうした停滞のイメージを政府が発信し続けていると、将来の繁栄への希望がどんどん摘まれていきます。 1990年代以降、現在まで「失われた20年」と言われています、この間、現役世代と言われる20歳代から50歳代の、第一線で働き続けた世代の家計にとって、厳しい時代が続きました。 銀行をはじめとする多くの大企業が崩壊した事などは、日本にとって必要なイノベーションかもしれませんが、一方、現役世代の賃金はほとんど上昇せず、「デフレ経済」の大義名分の元で、生活水準を高めることができませんでした。 その結果、日本のGDPはおよそ500兆円(5兆ドル)の水準で変化がありませんでした。グラフを見ると一目瞭然で、停滞がつづいており、国民にとってもこの傾向に慣れてしまったようです。 一方、日本以外の先進国は着実な成長を続けており、特に中国などは、7%~8%もの成長を続け、GDP世界第2位となった現在も、その成長率が維持されています。このままでは、2020年には、1,000兆円(10兆ドル)に達すると予想されており、日本の2倍となります。この経済格差が国防の危機につながる可能性が高まっています。 ◆繁栄・発展のビジョンを示し、実行実現する事が必要 バブル期の不良債権の処理がほぼ完了している今、日本政府は、更なる成長を目指すべきですが、国が明確なビジョンを示すことができないために、経済も足踏み状態が続いています。 「アベノミクス」成功の大きな理由として、「日銀がインフレ目標2%を掲げた事」があげられます。このように、日銀総裁という立場のある方が、力強く宣言したことで、経済関係者に自信が出てきたのだと思います。政府には、それだけの影響力があるのです。 政府は、明確に繁栄へのビジョンを示し、勇気を持った起業家の輩出及び、新しい発明に挑戦するエンジニアたちをもっと応援する必要があります。 「失われた20年」はある意味、発展・繁栄を志した貴重な人材の希望の芽を摘んできた歴史でもあります。この間、有望な挑戦者が日本的なムラ社会、嫉妬社会の中で、希望を失い、消え去っています。 そうした意味で、小保方晴子博士による「STAP細胞」という夢のような発見について、論文の書き方などの細かい手法にこだわるのではなく、最も重要な論点である「この発見をどのように生かしていくのか」について国益に基づいた議論が求められるでしょう。 私たち幸福実現党は、日本のさらなる繁栄の為には、増税ではなく、減税を進め、本来の成長戦略として、成功の種、新しい技術、発明の種を具体化させるための人材の輩出が必要だと訴えてきました。 そうした意味では、安倍内閣には、日本の発展繁栄を、文字通り「実行実現」することを強く願うものです。 長崎市平和公園――「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」建立を許すな! 2014.08.31 文/政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆反日的な碑文 韓国民団が、今年1月、長崎平和公園内の中に「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」の建立を行う申請を市に対して行ったことが2月上旬、報道により明らかになりました。 申請によると、この石碑は、長崎平和公園内の一角に建立の予定で、直径4.4メートルの円形台座に、高さ3.7メートルの巨大なものとされており、本来は2月24日着手、4月18日完成の予定で工事が行われる予定でした。 さて、この碑文が大きな問題とされているのは、この中で「この地(長崎)で(朝鮮人が日本人から)過酷な強制労働と虐待を受けた」と記載される予定になっているからです。 この「強制労働と虐待」という内容についてですが、すでに1959年に外務省が「韓国人の強制連行はなかった」と公式な見解を示しております。原爆による被害を受けた韓国人がいたことは非常に残念なことでありましたが、本人の自由意思に基づいて長崎にいたケースが多いはずです。 現在、幸福実現党は「南京大虐殺」「従軍慰安婦」について、中国が、今年一月、ユネスコの記憶遺産への登録申請を行った事が報じられ、この登録申請について反対の署名活動を行っています。(http://info.hr-party.jp/2014/3159/) 今回の「碑文」申請についても、歴史的に事実ではないことをねつ造して長崎市の施設の中にはっきりと掲げることは、いわば反日的な動きの一環であることが明らかです。 ◆党長崎県本部のメンバーが長崎市議会で意見陳述 この報道を受けて、幸福実現党長崎県本部は、他団体に先駆けて直ちに行動を起こし、石碑の建立が始まる前に、長崎市議会に建立申請に対して抗議の陳情を行いました。 この陳情は長崎市議会で取り上げられ、建設水道委員会において審議されることになり、去る3月5日、党県本部の山田聖人副代表が、今回の碑文建立反対の意見陳述を行いました。この意見陳述の詳細は、長崎市議会のウェブサイトより、議事録で検索していただけます。 市議会の議事録によると、山田県本部副代表による意見陳述の主な内容は、 (1)碑文は、「原爆で亡くなった韓国人への慰霊」という以上に、日本に対する非難が強い内容になっている。 (2)この碑文が認められると、日本の強制連行を認めた事になり、国益を損ねる。 (3)日本、長崎市のイメージ低下にもつながる。 (4)事実をねつ造し、反日的な内容を記載している碑文の建立を認めてはいけない。 以上、日本の国益の立場から堂々たる主張を展開しました。 上記意見陳述がきっかけとなり、出席した市議の間で碑文建立への疑問の声が上がり、現時点に至るまで、市においては最終的な判断がなされていないのが現状です。 また、党長崎県本部では、「石碑建立反対」の署名活動も行われ、長崎市を中心にこの実態が多くの国民に対して知らされる事になりました。 ◆釈量子党首も8/28に市長あて陳情書を提出 こうした状況の中、去る8月28日(木)、釈量子幸福実現党党首が長崎市へと飛び、田上市長あて、幸福実現党による「石碑建立反対」の要望書及び、同様に合計5,934筆に及ぶ「石碑建立反対」の署名を提出しました。 その後、長崎市役所内での記者会見を行い、市内での街宣活動でこの実態を県民に訴えました。 今回の碑文建立計画にあたり、幸福実現党は他の政党に先駆けてその非を明らかにし、反日的な活動を食い止め、着実に「日本の誇り」を取り戻しつつあります。 ◆長崎市が世界に訴えるべきは「原爆投下の必要があったのか」という事 現在、長崎と広島は、全国・全世界で、「原爆の被災地」として知られています。広島市の原爆祈念公園内に設置された石棺前には、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」との碑文が刻まれています。 広島市によると、世界人類の反省の弁、という事のようですが、単純にこの言葉を聞く限り、私たち日本人が「過ち」を起こしてしまったために、原爆投下という悲劇を起こしてしまった、というように受け取れます。 しかし、原爆投下の判断を下したのは、当時の米大統領のトルーマン氏であり、米軍によって原爆投下がなされたのです。 広島、長崎には当時、軍需工場が所在していたものの、原爆によって亡くなった2都市合わせて約20万人の犠牲者のほとんどが、一般の市民でありました。現在に至るまで、米国側からはこの「大虐殺」について一回も反省の言葉がありません。 一方、日本側は、単なる「証言」だけで実態が確認されていない「従軍慰安婦」「南京大虐殺」については、河野談話などを通じて、政府として公式に謝罪しています。 残念ながら、昨今の日韓関係は大変厳しい状況が続いています。本来は、両国の友好親善を進めて行きたいのですが、事実でないことを事実として受け止められることは許してはいけません。 また、日米関係についても、中国系アメリカ人のアイリス・チャン氏による「ザ・レイプ・オブ・南京」の著作などによる誤った歴史観が米国人の中に刷り込まれており、「日本人は原爆投下されてもやむを得ない事をしてきた民族だ」と思われている節もあります。 私たちは、日本人が行ってきたことは、アジアの植民地解放など、本来は賞賛されるべき偉業を成し遂げてきた事を訴えていく必要があります。今後とも、幸福実現党の「日本の誇りを取り戻す」活動へのご理解を賜りますよう、お願いいたします。 「大東亜共栄圏」の理想を共有した日本とアジア 2014.08.16 ◆欧米の植民地支配からの解放を謳った、大東亜会議 「大東亜会議」は、昭和18年に東京で行われた国際会議です。この会議は、「植民地解放」という大義を明確にしたという事で、世界史的にも意義のあるものでした。 出席国は、日本、中華民国、満州国、フィリピン共和国、ビルマ国、タイ王国のほか、インドもオブザーバーとして、それぞれの国家を代表する指導者たちが一堂に会しています。また、この会議の直後にはインドネシアのスカルノ氏も東京を訪れ、最大級の接待を受けています。 この会議において、「大東亜宣言」が採択されました。この宣言では、要約すると以下の事が記載されています。 (1)世界は民族ごとに国家を持ち、発展していくことが平和の根本である。 (2)米英は東アジアを侵略、搾取し、その安定を覆そうとしている。 (3)東アジア諸国は、連携して米英の植民地支配から解放し、自衛を行う。 (4)東アジア諸国は、世界各国との交流を深め、人種差別を撤廃し、文化交流を促進し、世界の発展に努める。 これは、現在では、常識的な考えですが、欧米の植民地支配が当たり前であった当時は、革命的な内容でした。 ◆インパール作戦の真実 さて、「インパール作戦」というと無謀な作戦の代名詞とされていますが、実はこの作戦は、「大東亜会議」に参加したインド代表のチャンドラ・ボースの要請によって実行されたものです。 現代、インド独立の父というとガンジーやネールが有名ですが、ボースは文字通り、行動によってインド独立を目指した英雄です。 彼は、マレー沖海戦で、日本が英国の最新鋭艦「プリンス・オブ・ウェールズ」を撃沈したことを見て大きな衝撃を受けます。 インドは英国の圧倒的な軍事力を背景に、長年にわたり、富を搾取され続けていましたが、「今こそ、立ち上がる時だ」と決意し、それまでイギリス軍に所属していたインド兵とともに「インド国民軍」を組織して、日本軍に加わります。 大東亜会議において、ボースのインド独立に対する並々ならぬ熱意を知った東條首相をはじめとする政府・軍首脳は、武士道精神に基づいてボースに手を差し伸べる決意をしました。 インパール作戦そのものは、連合国側の中国への支援(援蒋ルート)を断つ目的で早い段階で考えられていましたが、最終的には、政治的な判断も大きな影響があったのです。 作戦を担当する第15軍の司令官は牟田口中将で、現在、その軍事的な判断について様々な批判が寄せられています。 確かに兵站の不備により、現場には大混乱が起き、飢餓や病に倒れる兵士が続出し、現場と司令部との意思疎通ができなくなった事もありました。しかし、当初の作戦計画には、食糧が豊富に貯蔵している都市を攻撃する事は予定されていたのです。 また、東條首相をはじめとする政府・軍の首脳は、どうしてもボースのインド独立の思いに応えたい、という気持ちも強く、純粋な軍事的な判断よりも政治的な判断が優先され、撤退の判断が誤ったともいえます。 ただし、この時に「インド国民軍」も日本軍傘下の部隊として戦いに加わり、ボースの指揮のもとで、「インドの独立」という大義の下で、過酷な状況にも関わらず士気は高く、規律もしっかりとしていたといわれています。 インパール作戦そのものは、愚劣な作戦の代名詞というイメージがありますが、日本がインド独立のために戦ったという事実が戦後一貫して、インドが親日国であり続けている大きな理由となっています。 ◆インドネシア独立戦争を戦った日本人たち また、インドネシアでは、スカルノ氏を中心とする独立運動が進んでいました。 当時のインドネシアは、オランダの統治下で「強制栽培法」によって、自由が大きく制限されていました。これは、水田を強制徴用して、欧州で高く売れる商品作物の栽培に切り替えるというものでした。 元々インドネシアでは、3毛作も可能な地域でしたが、オランダ支配下になってから、毎年のように飢餓問題が発生するようになりました。 その他教育についても、愚民化政策により、識字率が下がり、ほとんどの国民が文字を読むことができませんでした。しかも、実際の学校にいける現地人がどれだけ一生懸命に勉強しても、100点満点中60点以上の点数がつかなかったといわれています。 これは日本の台湾、朝鮮統治においては、識字率9割以上であったのとは対照的な搾取型の政治・教育であり、人々は、一日でも早い独立を望んでいました。 そして大東亜戦争開戦後、原油の産出地であるインドネシアは、日本も最重要地として直ちに攻略に動きます。その結果、およそ3か月の戦闘によって、オランダ軍は駆逐され、植民地支配は終わりを告げます。これは、スカルノたちに大きな衝撃を与えました。 軍事的に原油の確保が大切であったために、インドネシアは、当初、独立を認められませんでしたが、日本軍の今村均軍司令官の元で、スカルノはインドネシア人による政治参加を進めます。やがて、日本政府の後押しにより、昭和20年8月15日に独立宣言を発表しました。 その後、宗主国であったオランダがインドネシアに戻ろうとして、再び戦争状態となりました。この時、独立の大義に共鳴した旧日本軍人1000名がインドネシア軍に加わり戦いに参加したのです。 この戦いは昭和24年12月に独立軍の勝利に終わり、本当に独立を勝ち取ることとなりました。言うまでもなく、日本が立ち上がった事で現在のインドネシアがあり、彼らはその恩を忘れることがないのです。 ◆大義のために戦った事が国家の信頼につながる このように、日本は、大東亜戦争を通じて、植民地支配の圧政に苦しんでいるアジア諸国とともに戦い、解放しました。 その結果、多くのアジア諸国が、親日の姿勢を掲げています。私たち、後世の日本人としては、生命をかけてこの戦いに臨んだ英霊たちに対して、心から尊崇の念を捧げる事が必要だと思います。 私たち幸福実現党は、そのような主旨で「日本の誇りを取り戻す」を行っています。ぜひ、ご理解を賜りますよう、お願いいたします。 戦後の自虐史観を創った米国の情報操作 2014.08.03 文/幸福実現党 政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆「日本の復活」を心の底から恐れた欧米諸国 大東亜戦争は、最終的に日本が敗北しましたが、欧米諸国も大きな打撃を受け、日本軍の強さは、彼らにとって大きな脅威となりました。 真珠湾攻撃は、米国のルーズベルト大統領があらかじめ知っていたという説が有力ですが、日本の攻撃がすさまじく、大統領は最後まで山本五十六長官を許さなかったといわれています。 また、硫黄島の戦いでは米軍の兵力11万人の中で、死傷者が2万8千人に上り、予想以上の被害となりました。 そして、ゼロ戦などの「特攻」によって、米海軍も甚大な被害を受けました。 さらに、英国では、国の誇りでもあった最新鋭艦「プリンス・オブ・ウェールズ」が日本航空機の攻撃だけで撃沈し、チャーチル首相も「大戦の中で最も衝撃を受けた事」と著書に記載しています。 当時のインドの方々には、この事件は大きな衝撃を与え、独立するための主要な動機になったとも言われています。 このような戦争の初期、日本は欧米に対して徹底的な勝利をおさめ、アジアの植民地支配を実質的に終了させた事は、欧米にとっては、全く予想ができない事でした。 そのため、連合国側は戦後、日本が再び立ち上がることを心の底から恐れを持ち、そしてそれが現在にまで続いています。その恐れが、米国の占領下における徹底的な情報操作につながる事となりました。 現在は、重要な同盟国として東アジアの安全保障を担っている日米両国ですが、残念ながら、当時はあまり相互の理解がありませんでした。 私たちが言う「自虐史観」とは、一つには、米国やソ連、中国などが、戦後、日本の国力をそぎおとし、自国の国益の脅威とはならないことを意図して行われたものなのです。 ◆「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」――日本人への洗脳工作 米国で、以上のような意図のもとに進められたのが「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」と言われるものです。 実は終戦直後、日本人には、自虐史観の考えは全くありませんでした。1945年10月のGHQ月報では「日本人の間に、道徳的過失の感情はほとんどなかった。敗れたのは、単に産業と科学の劣性と原爆のゆえであるという信念がいきわたっていた」と記載されています。 そのために、米国の宣伝のプロたちが集まって、徹底的な議論の末に、具体的な「プログラム」を作成して、日本人の意識を自虐的に変える事を実行していったのです。 「ギルト」とは、「罪」と訳すことができるように、日本の「軍部」が国民の声を無視してアジアを侵略した、という「罪」を徹底して問うものであります。そこには、人種差別的な考えもあったのかもしれません。 さて、この「プログラム」を進めるに当たり、当時の占領軍ダイク民間情報局長が、その目的を記載したメモを見ると、より具体的に米側の考えが分かります。 1、日本人戦犯を処罰することは、倫理的に正当であり、日本の再建と世界の安全に必要であることを示す。 2、日本国民にも「軍国主義」を許した責任がある事を示す。 3、日本の経済界、教育者などにも戦争の責任がある事を示す。 4、戦犯は、「公正」かつ「開かれた」裁判を受ける。 5、日本国民に戦争犯罪及び、戦犯について議論させるように仕向ける。 ◆その具体的な内容 これらの考えに基づき、占領軍のもとで、東京裁判が行われることになり、多くの軍・政府関係者が「戦犯」として逮捕され、「裁判」を受け、「処罰」を受けました。 その他、書籍「太平洋戦争史」やラジオ番組「真相はこうだ」などを代表とする発信によって、日本の軍隊による「南京大虐殺」などのねつ造された歴史観がマスコミを中心に、広がっていきました。 さらには、新聞や書籍については、占領軍による徹底的な検閲が行われ、戦争での大義であった「アジアの解放」や「愛国心」「神道への尊崇の念」などについては、すべて削除されたほか、発行停止処分も行われました。 映画などにも検閲が行われ、「敵討ち」をテーマとした「忠臣蔵」などは上映が禁止されていたという事もありました。 それらのねつ造された事柄は、あたかも「真実」として、いかに日本軍が残虐な軍隊であり、恥ずべき事を行ってきたのかという事で、愛国心が薄れ、逆に国家に対する憎しみが増すように操作されていきました。 また、米国に対しては、一貫して「民主主義をもたらした」「男女平等を進めた」「暗い社会から明るい社会へ導いた」、というイメージを徹底的に刷り込んでいきました。 その結果、欧米の軍隊を蹴散らし、アジア諸国を植民地から解放したという日本の偉業については、完全に否定されることになりました。 そうして形つくられた、誤った歴史観が、現在に至るまで多くの日本人が持っているのです。 ◆米中の洗脳から日本人としての誇りを取り戻そう 今、幸福実現党は「日本の誇りを取り戻す」活動を行っています。その一環として「南京大虐殺」についてはねつ造であり、中国政府によるユネスコ記憶遺産申請は許してはならない事であることを訴え、署名活動を行っています。 今、必要なのは、私たち日本人が本来持っていた「愛国心」や「武士道精神」を取り戻す事です。そうした意味で、私たちの活動は、単なる団体としての利益ではなく、日本にとって大切なものであります。 もし、私たちが黙ったままでいると、戦争で生命をかけて日本のために尽くした英霊に対して顔向けができません。また、現在の国際社会の中で、日本は、誤解を受けたままになってしまい、今後の国益を大きく損ねる結果になり、繁栄の道が閉ざされたままになってしまいます。 私たちの活動にご理解をいただき、ぜひ、署名活動へのご協力をお願いする次第です。 ※中国による「南京大虐殺」「従軍慰安婦」のユネスコ記憶遺産への申請に抗議し、 日本政府に万全の措置を求める署名 http://info.hr-party.jp/2014/3159/ 「南京大虐殺」首謀者として裁かれた松井石根大将 2014.07.20 文/幸福実現党 政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆「日中友好親善」を推し進めた松井大将 松井石根(まついいわね)陸軍大将は、大東亜戦争後の東京裁判で、絞首刑の判決を受け、処刑されました。 罪状は「南京における捕虜及び一般人に対する虐待」というもので、日本人の自虐史観の元となる「判決」となりました。しかし、実際には「証言」以外に明確な虐殺の証拠もなく、裁判のあり方そのものが不当なものでもありました。 松井大将は、1937(昭和12)年8月に、中国派遣軍の司令官に任命されます。当時は予備役として、熱海の別荘で暮らしていたのですが、軍からの命令を受け、上海へと向かいます。 彼は大尉時代に、日露戦争の最前線で戦った経験から、日本・アジアの危機を敏感に察知していました。そして、欧米の軍事的な侵略がこのままエスカレートすると、やがてアジア全体がその植民地になってしまうという危機感を持っていました。 そのためには、アジアにおいて日本と中国が強い結びつきを持って欧米に対抗すべきだ、と考え、「大亜細亜協会」という団体を創り、積極的な活動を行っていきます。 また、孫文や蒋介石と親交を深め、彼らの政治活動をバックアップする一人になりました。その後、現役の軍人を退き、予備役の立場から「日中友好親善」を推し進めます。 しかしながら、松井大将の考える日中友好は、欧米や当時の共産党(コミンテルン)の策略によって破たんしました。そして、皮肉なことに、1937(昭和12)年に日中間で戦争となり、さらに、自分自身が、派遣軍の司令官に任命されるのです。 当時の上層部には、日中親善を説いていた松井大将の名前が、国際世論に対して、一方的な侵略ではない、というアピールができると考えたのではないかと思われます。当然、中国側にとっても、単純な強硬策ではないことを伝えることもできたはずです。 ◆中国派遣軍の司令官として さて、実際の戦闘は上海で始まりますが、その結果、日本軍は5倍とも10倍とも言われる国民党軍の前に、4万人以上の死傷者を出す凄惨な消耗戦を強いられました。しかしながら、最終的には国民党軍が崩壊し、勝利を収めることになります。 この上海から、国民党政府の首都南京までは、数日を要する距離で、いよいよ首都攻略か、という状況になりました。 防衛側の指導者、蒋介石は、南京での戦いは難しいので、「オープンシティ」(無血開城の意味)にすることを提案したそうですが、側近の一人である唐生智が強硬にその防衛を主張したために、戦いとなったのです。 唐氏は、その後中国共産党の幹部となり、湖南省の知事になります。一説によると彼も当時から共産党のスパイとして、この無謀な戦いを仕掛けたとも言われています。 さて、戦いを行うことになった国民党軍は、上海での大打撃の影響で優秀な兵隊は少なく、現地で急きょ集めることとなりました。彼からは、元々戦意も高くはなく、流されるような形で兵士になった人たちでありました。 しかも、「便衣兵」(ゲリラ兵)と言って一般市民を装って日本軍を襲撃する兵士もおり、一般市民と区別をつけるのが難しく、大混乱をもたらしました。 南京戦そのものは、3日で終わり、日本軍の一方的な勝利に終わりました。その中で、南京防衛を強行に主張した唐生智自身は、いの一番に逃げ、残された中国軍は大混乱に陥ります。 その中で死んだ中国兵も相当いたようです。南京攻防に関して、最も罰されるべきは、唐氏のような無責任に死者を出すような行動を行った人物ではないでしょうか。 ◆松井大将が厳しい軍律を課した理由 さて、南京の攻略に成功した松井大将は、市内での治安を維持するために、大変厳しい軍律を課しています。 これは、いくつかの明確な証拠として残っています。また、現存している松井大将の日記を見ても、南京占領当時の軍律維持について大変な気遣いをしていることが分かります。 その理由は以下のとおりです。 (1)当時の日本政府・参謀本部ともに、国際世論を敵にしてはいけない、との判断があった。 (2)松井大将自身が日中友好を進めてきた一人として一日でも早く、日中間の戦争を終結させるべきだと考えていた。 (3)松井大将は、いわゆる「武士道」を明確に体現した存在であり、日本の軍人の振舞いに対して、強い相当な誇りをもっていた事。等。 実際に残されている記録映像や画像を見ても、日本兵と中国人たちが笑顔を交わしているものが多く、占領政策に一定の成功を収めたことが伺え、大虐殺があったとはとても思えません。実際に、日本が南京占領した後に逆に人口が増えているという統計も存在しています。 ◆武士道を体現した先人たちに敬意を表そう しかし、敗戦後、連合国の主導による東京裁判で松井大将は「南京における大虐殺」に対する罪に問われることとなりました。 連合国は、最も「日中の友好親善」を願い、当時の南京市内の治安維持に心を砕いた人物に対して「大虐殺」なる罪状で死に追い込んだのです。現存する記録を見る限り判決を受ける段階で、松井大将は達観していたようですが、本来は、「裁判」の名のもとで、松井大将を裁いた立場にいた方こそ、逆に裁かれるべきでしょう。 しかし、後世に生きる私たちは、真実の歴史へと修正を行うことができます。そして、いったんは失われた日本の誇りを取り戻すことができます。 また、今年も夏がやってきます。日本人にとって、先の大戦を振り返るよい時期です。ぜひ、国家のために生命を捧げた先人たちの「武士道」精神を誇りに思い、彼ら、そして日本という国家そのものに対しての敬意を深めて参りましょう。 すべてを表示する « Previous 1 … 3 4 5 6 7 … 9 Next »