Home/ 国防・安全保障 国防・安全保障 普天間基地移設問題~解決への道(4)保守化する沖縄県民 2011.11.29 今回、様々な混乱はあったものの、沖縄の石垣市、与那国町で中学校の公民教科書で育鵬社が採用されることになりました。これは、尖閣諸島事件に危機感を持つ石垣市民の声を正しく反映した採択だったと言えます。 例えば、尖閣諸島などの領土問題の記述が充実している育鵬社教科書の選定について、八重山漁業の組合長の話として「尖閣の問題を、中学生にもしっかり教えてほしい。漁業関係者にとってはありがたい話」という石垣市民の喜びの声を掲載しています。(8/24『八重山日報』) また従来、自衛艦の石垣島入港時には、反対派の抗議集会のみ開かれていましたが、それを上回る賛成派が歓迎行動を行い、「自衛隊の皆さま、震災復興活動ありがとう」などと書かれた横断幕等も見られるようになりました。(7/6『八重山日報』) こうした保守化傾向に対して、本土の左翼マスコミも、(従来、左翼が支配して来た沖縄では)「これまでは考えられなかった。明らかに一線を超えてしまっている」と表現しています。(『週刊金曜日』11/25号) このように、尖閣諸島中国漁船衝突事件を契機に、沖縄県民の保守回帰が進む中、去る10月26日、普天間飛行場の辺野古移設を容認する名護市議などが主催する北部振興推進・名護大会が開催されました。 そして、堰を切ったかのように、名護市民が本音を語り始めました。 「政治家は普天間移設と北部振興策はリンクしていないというが、真っ赤な嘘だ!」と名護漁協組合長が発言すると、客席から「そうだ、そうだ!」という声が上がりました。そして、雪崩を打って次々とリンク論が飛び出しました。 島袋前名護市長も「以前からリンクしていると感じていた。国や県が言わないので、その圧力で言い辛かった……基地問題、経済問題はリンクするということを確認しようではありませんか」と訴えられました。 昨年1月の名護市長選挙。幸福実現党は移設容認派の島袋前市長の応援のため、毎日街宣して参りました。 参議院選挙でも、沖縄県知事選挙でも名護の町に立ち、「名護の皆さん、辺野古移設をどうか受け入れてください」と訴え続けました。 昨年のあの日々のことを思い出しながら名護市民会館に駆けつけたとき、立錐の余地も無いほど住民がつめかけ、弁士の挨拶に食い入るように耳を傾けていました。 ある議員は勇気をもって「辺野古移設がベターである」と発言しました。 私は「これこそ誠の民意」という感を強くしました。沢山の方々から応援を頂いて県知事選を戦ったことは大きな効果があったと実感致しました。 沖縄、日本、アジアの平和そして沖縄の経済振興、更に基地負担の軽減という方程式の解はすなわち「辺野古移設」しかないことは明らかです。そうでなければ、「普天間の固定化」という最悪の事態が待っているのみです。 だからこそ、その勇気ある発言に敬意を表したい、そしてまた心から応援したいと思いました。 昨年の名護市長選挙においては、確かに県外・国外を強く掲げた稲嶺氏が勝利しました。しかし、移設容認を打ち出していた島袋氏とは僅差であったこともまた事実です。 アジア情勢を知るにつれ、普天間飛行場の辺野古移設を願う県民は確実に増えております。 幸福実現党の地道な啓蒙活動もその効果の一旦を担わせていただいている、と自負しております。 今、まさに多くの沖縄県民が、「過去」と「県内」だけを見る視点を乗り越え、現在進行形でアジアで起きていることを注視し始めたからだと考えております。(つづく) (文責・沖縄県本部副代表 金城タツロー) ※金城タツロー氏の次回原稿「普天間基地移設問題~解決への道(5)」は、12月5日(月)に掲載させて頂きます。 普天間基地移設問題~解決への道(3)普天間飛沖縄振興予算と普天間問題 2011.11.28 これまで、「普天間飛行場移設に向けての経緯」、「普天間移設が進まない理由」と普天間基地問題の歴史と経緯について述べて参りましたが、2006年5月1日時点で既に、米軍再編最終報告において2014年までに普天間基地の代替施設を建設し、辺野古へ移設するというロードマップが決まっていました。 この合意に至るまでに、日米両国、そして沖縄において、一体どれだけの人々が、どれほどの時間をかけて苦労をして来られたことでしょうか。 しかし、鳩山元首相の「政権交代」したいがための「最低でも県外」という一言で全てがひっくり返り、現在まで沖縄や日米関係の混乱が続いています。 今年10月26日、玄葉外相は衆院外務委員会で、鳩山元首相が政権交代前から県外発言をしていたことについて「誤りだった。鳩山政権ができたら恐らくこの問題で終わるんじゃないかと思った」と述べています。 しかし、野田首相は翌日の夜、鳩山元首相と東京都内で会食し、玄葉外相が「誤りだった」と答弁したことについて、「間違いだ。申し訳ない」と鳩山氏に謝罪しました。 鳩山氏が間違っていたことは誰の目からも明らかです。野田首相自身、辺野古への県内移設を進めようとしているのに、なぜ、鳩山氏に謝罪したのでしょうか? 野田首相はあの言葉に振り回された沖縄県民のことを本当に考えているのでしょうか? 野田首相は、薔薇色の未来を夢見させられた県民への心からの謝罪、そして「日米合意」に回帰した理由を、沖縄県民にしっかりと説明すべきです。 そして、総理大臣として「国民の生命・安全・財産を守る」ことを真摯に考えているならば、未だに「県外移設」を主張し続けている民主党沖縄県連を厳しく指導すべきです。 それができないならば、即刻、衆議院を解散し、一貫性のある政策に練り直し、国民の信を問い直すべきです。 政府は名護市を含めた「北部振興策」の補助金として2000年~2009年で約1000億円支出しています。 それは誰もが、普天間飛行場の移設を受け入れる用意のある地区への配慮だと思うでしょう。 しかし、沖縄では、責任ある立場の人は、誰も移設と補助金がリンクしているということを語ろうとしませんでした。 1972年に本土に復帰してより、10年単位で沖縄県の振興予算が措置されてきました。今年は四度目の振興計画の最終年です。 復帰までは米国の施政権下にありましたので、当然、本土との格差が生じました。その「本土との格差是正」の大義名分のもとに、補助金を措置してもらっていたのです。 しかし、近年はインフラ整備も進み、沖縄県は本土の平均的インフラに対してもまったく遜色なく、むしろ本土と逆転したかの感があります。 本年6月、知人の車で東日本大震災の被災地を見て周りましたが、津波被害の惨状と、復旧のために莫大な資金が必要であることを痛切に感じました。 沖縄に帰ってみて、県民の一人として、「今まで政府が沖縄のために投下して下さった血税を無駄にしてはならない」と強く思いました。 沖縄県民には「福を惜しむ気持ち」が必要です。 しかし、沖縄県の仲井真知事は政府に対し、今年度予算で約2300億円となっている沖縄関係振興費を3000億円に増額した上で、「全額一括交付金化」し、10年間予算確保できるよう要求しています。 仲井真氏は国民の血税を何だと思っているのでしょうか? 地域主権のさきがけとして、沖縄がまず自由に使える交付金を活用し、かつ経済自立を果たすという趣旨だそうですが、「普天間飛行場の辺野古移設とはリンクしていない」という全く意味不明なスタンスをとっています。 現に、今年1月、北沢前防衛省が沖縄入りして「県民が目を見張るような振興策を提示したい」と知事に伝えた際には、基地と振興策のリンク論ととらえ、新聞が騒ぎ立てました。 しかし、沖縄のメディアが伝えていることがまったくの出鱈目であることくらい、小学生でも知っています。(つづく) (文責・沖縄県本部副代表 金城タツロー) 宮古海峡の中国海軍通過――政府はなぜ抗議しないのか! 2011.11.25 中国海軍の艦艇合わせて6隻が、22日から23日未明にかけて、沖縄本島と宮古島の間の公海上を通過しました。 中国海軍は空母の運用も見据えて、遠洋に進出する能力の強化を図っており、ここ数年、太平洋上で訓練を重ねています。 今年6月にも、艦艇11隻からなる艦隊が沖縄近海を通過して太平洋に進出し、洋上での燃料補給や実弾射撃などの訓練を行っており、今回もその一環と見られます。 今回の中国艦隊6隻の通過について、防衛省は「公海上のため国際法的に問題はない。海上自衛隊の哨戒機などによる警戒監視を続ける」としています。 しかし、今回の通過は、本当に「公海上のため国際法的に問題はない」のでしょうか? こうした事態は、本年6月8日にもありました。この際、幸福実現党ついき秀学党首は「【声明】中国海軍の沖縄近海通過を受けて」を発表し、「国海軍の航行に対し、日本政府は『公海上で国際法上問題はない』として抗議しない方針と報じられているが、そもそも同海域はわが国の『排他的経済水域内』であり、『公海』と言い切ることには間違いがある。 弱腰外交は中国の増長を招くのみであり、今回の事態に対して、何ら抗議しようとしない日本政府に対しては猛省を促すものである」と述べています。 日本では、領海の基線から12海里(約22キロメートル)までを「領海」、200海里(約370キロメートル)までを「排他的経済水域(EEZ)」(ただし、領海部分を除く)、200海里を超える海域を「公海」と定めています。 「公海」とは、どこの国の領海、排他的経済水域等にも含まれない海域のことを指しますが、今回、中国海軍の艦隊が通過した宮古海峡は明らかに日本の「排他的経済水域」であり、「公海」ではありません。 中国艦隊の同海峡通過に対して、政府はいつも「『公海上で国際法上問題はない』ので抗議しない」という姿勢を取っていますが、宮古海峡を「排他的経済水域」と認めないことは、明らかな主権放棄であり、マスコミをも含めた情報隠蔽、印象操作の典型です。 国民は「公海上の通過だから抗議のしようがないか」という印象を受けますし、中国は宮古海峡の通行について、日本政府のお墨付きを得て、「公海上の通過の何が悪い」と開き直っています。 もちろん、排他的経済水域であっても、国際法上、中国の艦隊の通過通航権は認められていますが、沿岸国として、事前通報なき軍艦の通行は、安全を脅かす行動であり、厳重に抗議すべきです。 中国の行動は観測気球的な要素もあり、相手が抗議しなければ、次はもっと踏み込んでくることは「法則」です。 一回一回の抗議を怠ることは、中国をそれだけつけあがらせ、大きなツケとなって戻って来ます。 ましてや、最近、頻発している中国の海洋調査船が事前通報と異なる海域で調査を実施している事件については、国連海洋法条約第40条「外国船舶(海洋の科学的調査又は水路測量を行う船舶を含む。)は、通過通航中、海峡沿岸国の事前の許可なしにいかなる調査活動又は測量活動も行うことができない」に明確に違反しています。 政府は、日本の国益、並びに安全保障を守るべく、中国に対して、毅然として厳重に抗議すべきであります。(文責・矢内筆勝) 普天間基地移設問題~解決への道(2)普天間移設が進まない理由 2011.11.22 昨日は普天間飛行場移設に向けての経緯について述べましたが、本日は、「なぜ、普天間飛行場移設が一歩も進まなかったのか」について考えてみたいと思います。 まず、第一は「民意を無視した日米合意」というマスコミによる批判です。 普天間飛行場の移設案の日米合意のプロセスにおいて「民意を無視した頭越しの合意」などという批判がマスコミ報道で繰り返されます。 「何をもって民意とするか」というと、マスコミが最大の拠り所とするのは市長選、知事選の選挙公約です。 私も選挙に出馬した際に、地元新聞社から普天間移設問題に関する選挙公約を問われましたが、「県内移設」と応えるだけでは済まず、必ず「現行案(V字型)」か、「浅瀬案」か、「沖合い案」かなどと聞いてきます。 「現実に脅威と化している対中国抑止を実効ならしめるために早期に移設を実現できればよい」というのが私の考えであるのですが、マスコミは、選挙で公約した時と工法が変わっただけで「民意に反している」と猛批判します。 住宅の上空飛行を避け、環境を破壊しないようにと配慮するため、時々刻々に最善の移設方法が検討されるのですから、マスコミに固められてしまった杓子定規な選挙公約通りにはいかなくなるのは当然です。 第二は、反対運動に対する政府の及び腰です。 1996年に日米両政府が普天間基地返還をうたったSACO合意後に、当時の大田知事は「沖縄の求めてきたのは単純返還だ。新たな代替基地の建設が付いてくるのは承諾できない」と合意以前に戻すような発言をし、地元の反対運動がそれを後押ししました。 その後、保守の稲嶺知事が当選しましたが、積極的に取り組むことがなく四年の任期が過ぎました。 計画が頓挫する危機感を感じた政府は稲嶺知事の再選後、2004年に辺野古沖のボーリング地質調査を始めますが、反対住民の座り込みなどで延期される中、同年8月、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落しました。 更に反対派が勢い付いて、9月に作業を再開するも、反対派の阻止に合い、一本のボーリングも設置されませんでした。 これは工事にとりかかる前提の調査ですら、反対派の妨害で実行不可能な状況になることを示しています。わずか数名の反対でも安保政策を妨害できるということなのです。 第三は、国民を騙してでも集票を優先しようとする政治家の言動です。 多くの皆様は鳩山元首相の2009年発言「最低でも県外」発言を覚えておられることでしょう。この言葉が沖縄を大混乱させることになります。 私は2009年の衆議院選挙に名護市を含む沖縄第3選挙区で出馬し、誰もが真っ先に聞いてくる「普天間問題」について「一切ぶれずに現行案。辺野古移設」という返答一本、街頭でも有権者に訴え続けて参りました。 その熱い夏。鳩山氏は私と同じ選挙区の民主党候補者の応援演説で駆けつけた際、「民主党が政権を担ったならば最低でも県外」と公言したのです。 自民党への不信と民主党のバラマキ政策への期待。その中で「本気でアメリカ政府と戦ってくれる政治家の出現」と歓喜する県民はたくさんおられました。 私が有権者にご意見を聞いて回っていたときは、民主党への期待は最高潮でした。長年自民党支持者だったある方は、「今まで自民党を応援してきたがもうやめた。鳩山さんはかならず県外を実行してくれるだろう。それが実現したならば鳩山さんはノーベル平和賞をとる」と期待値がものすごく高いのです。 私は、「お言葉ですが、どの政党が政権を握ろうとも、必ず日米合意に戻らざるを得なくなると思います。でなければ、日米安保条約そのものの危機になるでしょう」とお応えしましたが、逆に説教をされてしまいました。(つづく) (文責・沖縄県本部副代表 金城タツロー) ※金城タツロー氏の次回原稿「普天間基地移設問題~解決への道(3)」は、11月28日(月)に掲載させて頂きます。 普天間基地移設問題~解決への道(1)普天間飛行場移設に向けての経緯 2011.11.21 野田首相は12日、オバマ米大統領と会談し、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けた環境影響評価書を年内に提出することを報告しました。 着々と移設に向けて手を打とうとする政府に対して、14日、政府が環境影響評価書を断念するよう求める意見書を沖縄県議会が全会一致で可決するなど、先行きを危ぶむ声が上がっています。 しかし、10月26日に、名護市内で住民2,200人余りが参加した「北部振興推進・名護大会」では、「日米合意を踏まえた普天間飛行場移設の早期実現」など7項目が決議されました。 移設賛成派住民がこうした大会を開催して声を上げるのは初めてのことで、普天間基地移設に向けて、沖縄県民の間にも「着実な変化」が起こりつつあります。(産経10/27「普天間移設 早期実現へ決議 声を上げた賛成派」) ⇒http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111027/plc11102722520010-n1.htm そこで、普天間飛行場移設問題の経緯と沖縄県民の意識の変化、そして解決への道について、5回に分けてレポート致します。 (1)普天間飛行場移設に向けての経緯 普天間飛行場の移設問題が本格的に浮上したのは、今から16年前のことです。1995年に米兵による少女暴行事件が起きました。 その上、起訴に至らなければ関与が明らかでも米兵の身柄を日本側に引き渡すことができないという日米地位協定の問題もあり、「米兵の暴挙はこれ以上許さない」と県民の怒りに火がついて大規模な県民総決起大会が催されました。 当時、近所の女子高生が「もう我慢がならない。今こそアメリカを追い出すんだ」といきりたっていたのを覚えています。 大会を契機として、米軍基地の整理・縮小と日米地位協定の改定を強く求める訴えが強くなり、当時の大田知事も政府に対しその実行を強く迫りました。 その後、1996年に日本国政府および米国政府によって沖縄に関する日米行動委員会(SACO)が設置され、その最終報告を受けて沖縄県民に配慮した日米合意がもたらされました。 その中に盛り込まれた重要な一文が「今後5ないし7年以内に、十分な代替施設が完成し運用可能になった後、普天間飛行場を返還する」というものでした。更に嘉手納基地以南の大半の基地を返還するということも確認されました。 当時、普天間基地の返還業務を担当した政治家や官僚の方々は「先の戦争から復帰後も含めて、沖縄に多大な迷惑をかけてきた。だから、沖縄の労苦に報いなければいけない、負担軽減は絶対しないといけない」という気持ちをもって誠実に取り組んでおられたことと思います。 翌97年12月に基地受け入れの是非を問う名護市民投票が行われました。投票結果は僅差の52.8%が受け入れ反対。 しかし、比嘉名護市長が海上基地受け入れと辞任を表明、首相官邸ではその報告を受けた橋本首相が「ありがとう」と男泣きしたそうです。 その後の市長選挙で移設容認派の岸本氏が初当選を果たしましたが、病気のため、任期を全うすることができませんでした。 しかし、岸本市長も病気が重くなる中「次の市長選までに、人生最期の機会として普天間問題の後始末をしなければならない」という思いで取り組んでおられたそうです。 岸本氏は翌98年病気のため死去されますが、次期市長選で島袋氏が当選。後継の島袋市長は岸本氏の死去11日後に、防衛庁と滑走路二本のV字形案で基本合意しています。つまり、名護市は3期続けて移設容認派市長を誕生させたのです。 しかし、結果的に15年間、普天間飛行場は1センチも動くことはありませんでした。(つづく) (文責・沖縄県本部副代表 金城タツロー) 米海兵隊のオーストラリア駐留と日米同盟の未来 2011.11.17 11月16日、オバマ米大統領が就任後初めてオーストラリアを訪問。オーストラリアとの軍事協力関係を拡大すると共に、アジア太平洋地域において米国のプレゼンスを高める方針を発表しました。 今回の訪問によって、米海兵隊をダーウィンとオーストラリア北部地域に駐留させ、軍事演習や訓練を実施することが決まりました。 海兵隊の規模は当初最大250人程度を予定し、今後数年間で2500人の駐留を目指すということです。 最前線で戦闘任務を受け持つ海兵隊を置くことで、南シナ海で海洋権益拡大を狙う中国を牽制する狙いがあるとされています。 これに伴って、日本政府内では「アジア・太平洋地域における米軍の配置が抜本的に見直される可能性もあるのではないか」という懸念も出ており、新聞各紙とも、在沖縄海兵隊の移転計画について関心が集中しています。 毎日新聞(11/14)は「<在日米軍再編>米海兵隊、『司令』と『戦闘』分散 一極集中の危険を回避」と題し、以下のように述べています。 「欧州などに比べ、アジア太平洋には政治的に不安定な地域が多い。クリントン米国務長官は外交誌『フォーリン・ポリシー』(11月号)で、アジア太平洋の米軍が今後、 (1)地理的に配置を分散する (2)作戦面での弾力性を高める (3)駐留国などの『政治的な持続可能性』に配慮する の3原則に基づいて再編されるとの見通しを示している。 背景には、中国軍が弾道ミサイルの精度を高め、海軍力、空軍力を増強している事情がある。グアムに海兵隊の一大拠点を設けて『一極集中』すれば、弾道ミサイルの格好の標的となる。海兵隊の司令部や拠点を分散すれば、攻撃される危険性を減じ、万が一、攻撃された場合にも反撃能力を温存できる。」(引用終わり) このように、米海兵隊が中国のA2/AD戦略の影響下にある日本から、影響外にあるオーストラリアに分散、若しくは移設され、日米同盟は破棄されるとする見方(例:JBpress「日米安保破棄を真剣に検討し始めた米国」⇒http://goo.gl/VBPhF)も出ていますが、現状では、日本から海兵隊がすぐに撤退することは考えられません。 なぜなら、地理的に見て、オーストラリアは海兵隊の作戦基地としては遠過ぎるからです。 オーストラリアから南シナ海に展開するには距離的に有利ですが、想定される中国の台湾侵攻や朝鮮半島有事に即応するためには、余りにも距離が遠過ぎます。 また、オーストラリアは、地理的に大規模な部隊を動かすにはあまり適しておらず、1万数千人と言われる在沖海兵隊を代替するには規模も施設・設備も違い過ぎます。 したがって、現在想定される米軍の対中国戦略から見て、オーストラリアが日本に代わって、アジア太平洋における米海兵隊の中核の拠点となることは考えにくいと言えます。 今回のオーストラリアへのアメリカ海兵隊駐留は、締結六十周年を迎えた「太平洋安全保障条約」(オーストラリア・ニュージーランド・合衆国の間で結ばれた軍事同盟)の同盟強化が目的であると考える方が自然でしょう。 今のところ、海兵隊にとって最も必要な条件は「良好な環境にある部隊集結地」です。海兵隊の航空・海上・地上部隊を集結させ、戦闘能力維持のために訓練を施す、そのための良好な環境としては、現状では「沖縄」が最適な地です。 普天間基地の移設予定先である辺野古のキャンプ・シュワブは、海兵隊の戦闘強襲大隊や訓練場、弾薬庫などが集中しており、「海兵隊の足」の役割を担う普天間飛行場の海兵隊航空部隊が移設されれば集結効果は高まります。 しかし、普天間基地の移設問題がこじれ、沖縄の左翼勢力や仲井真知事が強く主張している「普天間基地の県外移設」に追い込まれれば、海兵隊部隊が分散・離散され、「沖縄が最適の地」とは言えなくなります。 その意味で、国内の米軍基地問題にも決着をつけることができない日本政府の失態が、アメリカ政府当局の判断に影響を与えていることも事実です。 今回のオーストラリアの海兵隊駐留は、即座に米海兵隊の日本撤退を意味するものではありませんが、このまま、何も決められない民主党政権が続き、普天間基地問題が暗礁に乗り上げれば、日米同盟の先行きが不透明になることは明らかです。 中国の脅威が日に日に迫る今こそ、「日米同盟」を基軸としつつ、「自分の国は自分で守る」自主防衛体制を構築する、そうした外交・国防の鉄則を掲げる幸福実現党の政策実現が求められているのです。(文責・黒川白雲) 高性能で安全な次世代原子力発電の開発を! 2011.11.14 12日、福島第一原子力発電所の敷地内が事故後、初めて報道陣に公開され、各紙がカラーの写真を大きく掲載しました。 激しく崩れ落ちた原子炉建屋、大津波で破損した設備など、8か月が経過した今も、生々しい爪痕をさらけだしました。事故の完全な収束と廃炉作業は、原発の信頼回復に欠かせません。 収束に向けて確実な遂行を目指すべきですが、息を飲む光景を写真公開することで、人々の恐怖心だけが増大するようなことがあってはなりません。 廃炉作業が最終工程まで「30年以上」の長丁場だとすると、継続して担う人材の質と規模が作業の成否の鍵を握ります。 そのためにも、菅前首相の場当たり的な「脱原発」とはキッパリと決別し、高性能で安全な次世代原発の研究に取り組むべきです。 経産省前では「9条改憲阻止の会」という左翼団体が経産省前の公共領域にテントを設置し、2ヶ月以上に渡って違法な座り込み活動を続け、「原発廃止運動」を起こしています。 しかし、これまで幸福実現党が主張して来た通り、ヨーロッパと違い、日本の地理的条件や地政学的リスクに鑑みるに、化石燃料にのみ頼るエネルギー政策は危険であります。 現時点で、日本が原子力エネルギーを捨てる選択をすることは、国家の安全保障を揺るがします。 反原発団体は「今夏、原発が減っても、計画停電は起こらなかった」「原発が無くてもやっていけるじゃないか」と主張しています。 しかし、計画停電を回避することができたのは、企業や家庭の献身的な節電の協力があってこそです。 この影響で、復興が遅れたことは否めません。東京電力と東北電力の管内大口需要家に対する「電力使用制限令」(前年比15%節電)が実施された7月以降、生産の回復は突然失速しています。 対象となった工場では稼働時間を短縮したり、休日を変更して、土日に生産をするなど、必死の努力が行われました。 経産省が発表している鉱工業指数(対前月比)を見てみると、3月に-15.3%と落ち込みますが、4月に1.0%、5月に5.7%、6月に3.9%と3ヶ月連続の急回復が見られましたが、7月は0.6%、8月は0.8%と急に回復が頭打ちになっています。 また、今夏の電力危機を乗り越えた背景には、火力発電所を猛烈なスピードで復旧・稼働させた電力会社やメーカーの努力がありました。 しかし、今夏は老朽化した火力発電所を無理矢理、動かしてきたため、故障やトラブルが相次いでおり、今冬も供給不安は続いています。 原子力エネルギーは、恐怖心を拡大する方向ではなく、防災対策を強化すべきです。 すなわち、「もう一段、大きな震災や、外部からの攻撃に対してどれだけの安全性を高められるか」についての研究が必要です。 今回、福島第一原子力発電所の吉田所長は「事故一週間は『死ぬだろう』と思うことが数度あった」と語っていますが、「原発そのものが悪い」のではなく、問題は「地震も津波も規模の小さなものしか想定していなかった」という甘さです。 原子炉の技術自体というよりも、地震や津波の想定が低すぎたという、「低い想定」の設定自体に問題があったのです。 原子炉自体は安全であっても、原子力発電所全体での災害対策強化は不可欠です。電源システムや配管の強化など、大きな地震や津波に耐えうる設計にすることは現在の技術でも十分対応可能であり、費用を惜しむべきではありません。 また、万一、日本が軍事的な攻撃を受ける場合、原発は最初に狙われる可能性が高く、ミサイルなどの攻撃を受けても問題が生じないように対策すべきです。 例えば、緊急時のシェルター構造をもう一回り外側につくり、少なくとも半径数百メートル以内で完全にシャットアウトするなど、考えれば作れるはずであり、こうした研究に政府はお金を惜しむべきではありません。 防災と安全保障は大きく連動しております。「最悪の事態」を想定し、事前に対策しておくことが一番です。「備えあれば憂いなし」です。 今後、原発事故の解明が進んでいきますが、それでもって「脱原発」「反原発」に向かうのではなく、「世界一安全な原発をつくろう」という発展・繁栄の方向を目指してまいりましょう! 人類の文明の進化は、「プロメテウスの火」の神話にあるように、自然災害との戦いの歴史でもあり、また、それを克服、コントロールして来た歴史でもあります。 私たちは決して江戸時代の生活へと「昔帰り」するのではなく、「今まで以上の繁栄を取り戻す!」という決意と覚悟で、新たな道を切り拓いていきたいと思います。 11月25日、幸福実現党発行のブックレット『これが真実(ホント)の放射能の話』(放射能問題研究会著)が発刊されます。是非、合わせてお読みください。 ⇒http://www.irhpress.co.jp/detail/html/P7002.html (文責・竜の口法子) アメリカの国防戦略の変化を見極めよ! 2011.11.11 昨日のHRPニュースファイルに、矢内筆勝局長の「『日米安保破棄」の危機!?」が掲載されました。極めて重要な問題提起です。 では、果たして、実際に日米同盟は破棄される危険があるのでしょうか?この件について、もう少し考察してみたいと思います。 そもそも、なぜ、今、アメリカはアジア太平洋政策を見直そうとしてるのでしょうか? その理由は「米国防費大幅削減の危機―迫られる日本の『自主防衛』強化」にも書きましたが、米国の財政問題に起因して国防予算が大幅削減される危険があり、その中で、米軍は国家安全保障政策全体を見直さざるを得なくなっているのが主な原因です。 では、国防予算の大幅削減が現実となった場合、日米安保は破棄され、米軍は撤退していくのでしょうか? まず、短期的には日米安全保障条約が破棄されることは無いと考えます。 アメリカのアジア太平洋政策は、海洋戦略上は日本とフィリピンに大きく依存して来ました。これは大型空母が着岸できる整備された良港であり、保有が確立された海軍拠点が横須賀海軍基地とスービック海軍基地の2ヶ所しかないためです。 特に、1991年にフィリピンのスービック海軍基地から米海軍が撤退した後は、アジア太平洋の海軍拠点は日本の横須賀海軍基地のみとなりました。 21世紀初頭から本格的に開始された米軍再編(トランスフォーメーション)に際しても、普天間基地の返還等は予定されていても、基本的な日本の位置付けは変わっていません。 現在、原子力空母は太平洋両岸、つまり日本の横須賀とアメリカのノーフォークを中心として常時2隻以上が配置についています。 太平洋上の危機に対して、横須賀の空母ジョージ・ワシントンが初動を行い、ノーフォークの空母が増援にかかるというのが当面の戦略であり、日米安保が運用の基軸となっています。 では、昨日のHRPニュースファイルにありましたように、アメリカ海軍の基地をオーストラリアに移すべきとする見解はどこから生まれているのでしょうか? これは「撤退」というより、アメリカ軍の対中新戦略である「統合エアシーバトル構想(空海戦闘)」の一環であると考えられます。 この構想は、2010年2月に公表された「4年ごとの国防計画見直し(QDR2010)」に掲げられた取り組みの具体化であり、中国の「接近阻止/領域拒否(A2/AD戦略)」に対抗した戦略です。 これはシンプルに言えば、今までの直接的な戦いから、遠距離での撃ち合いに変化していく構想であり、米軍がトランスフォーメーションにより、部隊編成や基地の配置を変えている一環でもあります。 「QDR2010」にも明記されているように、アメリカが本戦略を展開をしていくためには、有力な同盟国の助けを必要としています。 米国にとって西太平洋は最も重要な戦略地域であり、この地域の覇権争いに中国が台頭している現在、米国にとっては日本は重要なパートナーであり続けます。 むしろ、日米同盟が破綻する可能性があるとすれば、民主党政権による普天間基地移設問題の白紙撤回など、日本政治や外交の迷走が原因となって破裂する可能性を危惧すべきです。 政府には今、日本が置かれている国際的戦略環境を正しく認識して、国防戦略を立案し、強固な日米同盟を構築していく構想力と実行力が求められているのです。(文責・黒川白雲) 中国漁船の船長逮捕――度重なる中国漁船の領海侵犯に毅然とした対応を! 2011.11.07 11月6日、長崎県五島列島の領海上で、停船命令に従わず、逃走したとして、中国漁船「浙岱漁(せったいりょう)04188」の船長、張天雄容疑者を漁業法違反の疑いで現行犯逮捕しました。 同日午前10時半ごろ、二隻の中国漁船が航行しているのを長崎海上保安部の巡視船「ほうおう」が発見しました。領海内だったため、中国語で停止船を命じると、二隻は無視し、その場から逃走を始めました。 巡視船はこのうちの1隻を追跡、漁船は約4時間半にわたって逃走し、鳥島の西約60キロの排他的経済水域で停船させました。残る1隻は逃走したといいます。 昨年、尖閣諸島の近海で海上保安庁の巡視船に体当たりした中国船の様子を録画したビデオが流出したのが11月4日。ちょうど1年前、私たちは衝撃的映像に、中国の脅威と危機感を募らせました。 しかし、当時、逮捕された船長に対し、菅首相と仙谷官房長官は「沖縄の那覇地検の裁量に委ねる」という言い方で釈放してしまいました。 これは「政治が外交判断から逃げた」ということで、海外からも、日本政府の場当たり的対応に、不安の声が上がりました。 外交問題は国のトップの責任です。 民主党が主張する「地域主権」を「政府の責任逃れ」に使われたらどうなるでしょう。沖縄で軍事的紛争が起きても「地域主権の問題なので沖縄県単独で解決して下さい」ということになってしまいます。 政府の責任の下、尖閣諸島周辺をはじめとする度重なる中国船の領海侵犯に対し、断固とした行動を取るべきです。 領海・領土拡張意欲満々の中国への対処を過てば、「日本の主権は守り切れない」と心得るべきです。 中国は今年、航空母艦の試験航行で成功を収め、初の国産技術による空母建設に取りかかりました。 米国防総省は、中国の軍事力に関する2011年版の年次報告書を発表し、中国初の国産航空母艦が早ければ15年にも航行可能になると分析しています。 そして、10年以内には随伴艦を伴った複数の空母を保有する体制になるとの見通しも示し、「中国軍は近代的な兵力で米軍との技術的な格差を確実に縮めつつある」と分析しています。 日本は「隙あらば狙う」中国にとって、格好のターゲットです。万が一にも、日米同盟が際断され、日本独自で国の防衛を固めるだけの自覚も能力も無い政治家によって政治が行われたなら、日本の運命は「風前の灯」です。 日米同盟を基軸としつつ、大国らしく「外交の鉄則」を貫き、毅然とした対応をとり、外交的に国際的信頼と支持を勝ち得ていくことが大事です。 戦争は、それに先立って外交の問題があり、戦争は外交の失敗の延長上にあることを知るべきです。 野田首相は「国防なくして繁栄なし」という信念の下、覇権主義を推し進めようとする中国に対して筋を通した外交姿勢で臨み、「この国を守り抜く覚悟」を示すべきです。(文責・竜の口法子) 日本海、波高し!――北朝鮮の港に南下する中国とロシア 2011.11.06 11月6日の朝日新聞には、日本の安全保障に関する二つの興味深い記事が掲載されています。それは、8面の「北朝鮮の港に中ロ進出」と4面の「日中攻防南シナ海」の記事です。 あたかも別個の記事のように取り扱われていますが、日本の安全保障上、大変重要な意味を持っています。 まず、「北朝鮮の港に中ロ進出」という記事は、要約すると次のようになります。 最近、中国は北朝鮮北東部にある清津港の第5、6埠頭に対する50年間の使用権を取得、中国の資金で港の改修も進み、完成すれば、年間400万トンの物資を扱うことができるようになります。また中朝国境から清津までの鉄道改修にも意欲を示しています。 それに対して、ロシアは同港第1~4埠頭の使用権を取得。中国とロシアは日本海での物資網の拡大を目指して北朝鮮北東端の清津港のある羅先(らそん)経済貿易地帯への投資を競い合っているのです。 中国とロシアの北朝鮮の日本海側の港への進出には意図はどこにあるのでしょうか? 中国は既に海軍の練習艦隊を今年8月、北朝鮮東部の元山港に寄港させています。中国艦隊が北朝鮮の日本海側の港に入るのは30年ぶりのことです。 一方でロシアは、来年の8月に日本海側でロ朝軍事演習を計画しています。 この状況は、日露戦争の原因となった当時のロシアの南下政策と極めて似ており、現在の状況は、ロシアに加えて中国も南下していることが日本海の緊張を高めています。 ロシアが日露戦争時に満州鉄道を敷いて日本海に海路を求めたように、中国は今、日本海側に軍事物資も運べる鉄道と港を確保しようとしているのです。 今後、北朝鮮北東の港が中国とロシアの軍港となるのは時間の問題です。 もう一つの朝日の4面記事「日中攻防南シナ海」では、中国の横暴な南シナ海進出を巡って、日本が11月中旬の東アジアサミット(EAS)に照準を合わせて、海洋安全保障のルールづくりを東南アジア各国やインドに働きかけようとしていることが報じられています。 一川防衛相は「日本とインドが防衛協力を深めることが、アジア太平洋地域の平和と安定につながる」と、インドのアントニー国防相との2日の会談で呼びかけています。 海上自衛隊とインド海軍の共同訓練実施や艦艇の相互訪問も決定しました。 日本側は東南アジア諸国、インドと連携して日本のシーレーンでもあるに南シナ海の安全を確保しようとしています。 幸福実現党は立党当初より、日米同盟を強化しつつ、中国と牽制し合っているインドとの日印軍事同盟の締結を提言してまいりました。 遅きに失したとは言え、政府が南シナ海で横暴を極める中国に対して、東南アジアやインドと協力して中国包囲網を築く重要性を認めたことは評価したいところです。 しかし、事態は緊迫しており、尖閣諸島近海には中国船の接近が急増しており、中国による尖閣諸島の実効支配は秒読みの段階に入っていると言えます。 来年には、日本海で中国海軍、そしてロシア海軍の北朝鮮との合同軍事演習が活発化することは間違いありません。 日本としては、ロシアとの通商関係を強化するなどして、ロシアと中国・北朝鮮の急接近に楔を打ちつつ、インドや東南アジア諸国との連携を強化し、「バランス・オブ・パワー(勢力均衡)」を維持する国家戦略が求められます。 また、日本は円資金をギリシャに直接貸し付けなどして、欧州債務危機に貢献し、EUと中国との急接近を牽制しつつ、EUとの連携を深め、中国の脅威に対する包囲網を形成すべきです。 いずれにしても、国防戦略においては、グローバルな視野と臨機応変な外交展開が不可欠であり、これらを民主党政権に期待することは全くできません。(文責・佐々木勝浩) すべてを表示する « Previous 1 … 97 98 99 100 101 Next »