このエントリーをはてなブックマークに追加

消費経済の限界。今こそ勤倹貯蓄、勤勉型経済を。

消費経済の限界。今こそ勤倹貯蓄、勤勉型経済を。

HS政経塾スタッフ 赤塚一範

◆「消費は経済を回す」は本当か?

消費が経済を回すという理論(有効需要の理論)を作り上げた20世紀の大経済学者ジョン・メイナード・ケインズに関して、次のようなエピソードが残っています。(参照:Ludwig von Mises, Marxism Unmasked)

ある時、ケインズは友人と共にホテルに泊まった際、トイレにあるタオルをすべて汚しました。

友人がなぜそんなことをするのかと理由を尋ねると、ケインズはタオルを汚すことで、ホテル従業員の仕事を作ってやっていると言ってのけたのです。

これがケインズの理論なのです。

さらに、ここから、戦争は経済を回すという理論も生まれます。戦争は究極の消費だからです。

しかし、本当に消費は経済を向上させるのでしょうか?戦争ばかりしていて経済は良くなるのでしょうか?

◆消費で失われるもの

確かに、人間が生きる上で必要最低限の消費や楽しみというものは存在するし、消費で雇用が生まれるのも事実でしょう。

しかし、消費によって失われるものも確かに存在するのです。上記の例で考えてみましょう。

もしホテルに泊まった客の全員が、必要以上にタオルを汚したならば、確かにホテル従業員の雇用は増加します。

しかし、その雇用はホテルの宿泊客が品行方正であれば、必要なかった雇用であり、別の場所でもっと有効な仕事を生み出したかもしれない人たちなのです。

たとえば、彼らは、作物を作ったかもしれませんし、道路を作ったかもしれないのです。

ケインズのような消費が経済を拡大させるという理論が有効であるのは、あくまで供給過剰が存在し、そのような過剰を一時的に埋める場合だけなのです。

つまり、不況期における時限的理論に過ぎません。このような理論では、資本蓄積は生じませんし、長期的な発展は望めないのです。

◆過剰な消費は国を亡ぼす

19世紀後半、大英帝国は栄光を誇っていました。

しかし、そのわずか50年後、同国家はアメリカの経済援助がなくては、維持できなくなってしまいました。なぜでしょうか。

それは、過剰に消費したからです。二つの世界大戦という究極の消費がイギリスを没落させたのです。

19世紀末、イギリスは世界各地にたくさんの資本を保有していました。産業革命で生産力を拡大し、輸出を拡大し、多額の資金を蓄えたイギリスは、世界各国に投資を行いました。

たとえば、当時のアメリカやアルゼンチンの鉄道会社の多くはイギリスが所有していたのです。

このようにイギリスは、勤勉に働き、働いたことで得た富を再投資することで資本を蓄積し、最強国となったのです。

しかし、この富は戦争による消費で失われてしまいました。イギリスは、戦争の経費を賄うために、それまで蓄えた資本を外国に売り払ったのです。

つまり、資本を消費に変えたのです。

◆日本の危機的状況と勤勉、勤倹貯蓄型経済の復活

翻って日本ではどうでしょうか。

戦後の日本は、勤勉に働き、貯蓄を奨励し、その貯蓄でもって社会インフラや生産設備を整え、高度成長を実現しました。

現在の豊かさがあるのは、戦後の日本人の勤勉な労働と資本蓄積のおかげなのです。しかし、現在の日本は、急速な「少子高齢社会」という危機にさらされています。

なぜなら、「少子」というのは、労働力人口の減少、つまり生産力の減退を意味する一方で、「高齢」というのは消費をしないと生きていけない人の増加を意味するからです。

原則として、生産する以上に消費できないということを忘れてはなりません。もし生産以上に消費するならば、かつて蓄えた資本を取り崩すしかありません。

具体的に言うとするなら、日本に蓄えられた外貨で輸入をするか、日本が所有する生産設備を外国に売り払いそれで輸入をすれば、当面の消費を賄うことはできるでしょう。
しかし、長い目で見れば、これは日本の衰退であり、結局消費できなくなるのです。

これを食い止めるためには、勤勉に働き、消費を抑え、貯蓄を推進し、資本を蓄えるしかないのです。

だからこそ、今の日本には必要なのは、勤勉性の復活、勤倹貯蓄型経済の復活であり、生涯現役社会の確立なのです。

webstaff

執筆者:webstaff

page top