TPP交渉「戦術」と関税撤廃に向けた輸出「戦略」
文/HS政経塾1期生 伊藤のぞみ
◆TPP日米協議、コメ、麦、砂糖で関税撤廃回避へ
環太平洋経済協定(TPP)について、日米の実務者協議が15日から再開しています。
甘利明経済財政・再生相が「相当な距離が残っている」と発言したように、日米の交渉は膠着状態が続いていました。
自動車に関しては、日本が関税の早期撤廃を求めているのに対しアメリカが反対し、農産物に関してはアメリカが関税撤廃を求めているのに対し、日本が反対しているためです。
特に日本は、「重要5項目」としてコメ、麦、砂糖、牛・豚肉の関税撤廃に強く反対してきました。
しかし、今回、アメリカ側は「主要5項目」のうちコメ、麦、砂糖について、関税をかけてもいいと認めたのです。
日本は、現在、アメリカから輸入しているコメに778%、小麦に252%、砂糖に328%の関税を課しています。
コメと小麦に関しては、大幅な関税引下げを棚上げする代わりに、輸入量を増やす方針です。
砂糖に関しては、アメリカも日本と同様に国内の産業を維持するため、関税撤廃の例外にしたい考えです。
◆アメリカ側は11月の中間選挙を見据えてのTPP交渉
アメリカでは11月に中間選挙が控えており、オバマ政権は業界団体の顔色をうかがいながら、TPP交渉を進めています。
今回、アメリカは「重要5項目」のうち、牛・豚肉にかぎっては関税撤廃を認めませんでした。牛・豚肉業界は政府に対し、大きな影響力をもっているといわれています。
また、自動車の関税撤廃をなるべく先延ばしするように求めている全米自動車労働組合は民主党の支持基盤であります。
豚・牛肉と自動車は、日米の間で厳しい交渉が予想されます。
◆日豪EPAはTPP交渉に影響
アメリカとの交渉にあたって、日本はオーストラリアと経済連携協定(日豪EPA)で、大筋合意したことが交渉材料となりました。オーストラリアは日本への牛肉の輸出で、アメリカと競争関係にあります。
今回、日豪のEPAを結んだことによって、オーストラリアはアメリカよりも有利な条件で日本に牛肉を輸出することができるようになっています。
現在、日本は牛肉の輸入に38.5%の関税をかけていますが、オーストラリアの牛肉に関しては、冷凍牛肉は18年かけて19.5%に、冷蔵牛肉は15年かけて23.5%に引下げることになったからです。
TPP交渉が停滞し、妥結が先延ばしされれば、アメリカはオーストラリアよりも不利な条件で日本に牛肉を輸出することになります。
また、アメリカが自動車の関税撤廃を先延ばししようとしているのに対し、オーストラリアは乗用車の関税を即時撤廃する予定です。
◆有利な条件を引き出しながら、関税撤廃に向けた準備を
今回、日豪EPAの合意により、日米交渉を少しでも前進させることができました。多国間の交渉を通じて、自国に有利な条件を引き出してゆくことは大切です。
しかし、同時に関税撤廃に向けた準備をしていくことは、それ以上に重要です。
アメリカは世界第三位の牛肉「輸出」大国であると同時に、世界第一位の牛肉「輸入」大国でもあります。アメリカは、品質の高い牛肉を輸出しながら、同時に価格の安いオーストラリア産の牛肉を輸入しています。
日本の牛肉においても、同じ戦略をとることは十分にできます。コメに関しても同様です。日本の農産物は高品質でありながら、マーケティング力やブランディング戦略が不足しているといわれてきました。
また、語学力の低さが原因で現地のバイヤーと交渉ができないといった問題もあるそうです。
これからの農林水産省に求められることは、農業の保護ではなく、海外市場に農産品を売り込む戦略を考え、実際に売り込んでいくことです。
食品に関しては国ごとに様々な規制が存在するため、その対応だけでも大変です。
それに対して、TPP加盟国のなかでは、食品に対する規制もある程度統一されるので、「輸出をする」側の立場になった場合、とても有利です。
残念ながら、「攻めの農業」というスローガンに対して、安倍政権の政策を見ますと、「守りの農業」という印象を強く受けます。
商社やJICAなど、政府以外の組織と連携しながら各国の市場を調査し、日本の農作物を売り込んでいく体制を構築するべきです。
輸出力をつけることで、関税撤廃は恐ろしいものでなくなります。むしろ、関税撤廃を契機に輸出をさらに増やすことができます。
TPP交渉を進めると同時に、関税が撤廃されたときに向けて、輸出力を強化することが重要なのです。