TPP交渉の方向性
◆なぜ聖域の関税撤廃論が出てきたのか
インドネシアバリ島のヌサドゥアで行われていたTPP(環太平洋経済連携協定)の閣僚会合が閉幕しました。
10月8日から首脳会合が始まり、参加12カ国による本格的な交渉が継続しています。
今回、最も注目するべきは、自民党のTPP対策委員長の西川公也氏が党内で「聖域」と呼ばれているコメや麦などの重要5品目の関税撤廃の可能性をほのめかしたことです。
当然の如く、JAなどの農業団体からは反発が起きています。
全国農業共同組合(JA全中)は、「586品目すべてが聖域だ。一歩も譲れない」と強固な姿勢を示しています(サンケイビジネスアイ10月9日)。
その意味では、農業団体を支持母体に持つ自民党議員としては勇気ある発言でした。理由は次の通りです。
WTO(世界貿易機構)のルールであるGATT第24条によれば、実質的にすべての貿易について関税を撤廃することが明記されています。
例えば、アメリカ、カナダ、メキシコの間で締結されているNAFTA(北米自由貿易協定)では、98%以上の関税撤廃を実現しました。
EU内の自由貿易協定でも97%と高い達成率を誇っており、ある意味国際的な「相場」になっているとも言われています(渡邊頼純著『TPP参加という決断』参照)。
これに対して、日本がこれまで結んだ経済連携協定(EPA)は12件ですが、達成率は最大でも88%と、90%を下回っています。
最大の理由は農産物の関税撤廃が進まず、「聖域」を多く抱えているからです。
つまり、西川TPP対策委員長の発言は、WTOの精神と国際的な流れからみても極めて常識的です。
また、内閣府の西村康稔副大臣も「(ほかの参加国から達成率が)低いと言われているのは事実だ」と言及し、いよいよ日本最大の既得権益とも呼ばれるJAにメスが入る可能性が出てきたわけです。
東京大学の著名な農業学者である本間正義氏は、「WTOがそうであるように、出来るだけ農業も他分野と同等の扱いの下に置こうとすることが望ましい」とし、消費者の犠牲のもとに成り立つ農業政策の見直しを主張しています(馬田啓一ほか著『日本通商政策論』第10章の本間教授の論文参照)。
結局、JAなどのTPP大反対をしている団体は、既得権益を守るための圧力団体となっており、消費者の利益に対する配慮が少ないと言えます。
幸福実現党も主張している通り、TPP参加によってメスが入ることで、農業分野にも一定の競争力が持ち込まれ、安くて良質な農産物が供給されるか輸出商品となる道もあり得るのです。
もし、それでも保護を必要とするならば、WTOでも認められているセーフガードを適用するか、政府からの「直接支払制度」と呼ばれる財政補償でリスクを緩和する方法があります。
◆見過ごされている論点
実は、TPPやFTAで見過ごされている論点があります。
それは、交渉期間の猶予が認められているということです。
GATT24条では、関税の撤廃に対して10年間の猶予が認められています。米豪FTAの牛肉関税削減では18年の歳月がかかりました。
チリやニュージーランドでは、小麦や繊維などの関税は10年かけて段階的に撤廃しています。
言い換えれば、TPPの交渉妥結によって関税撤廃が決定されても、すぐに相手国から集中豪雨のように輸入品が入ってくるわけではないのです。
その間に構造改革もできれば、補償措置についての議論も深めることができるのです。
◆TPP交渉は農業だけではない
実際、日本では議論の的になるのは農業ですが、TPPは衛生植物検疫(食の安全に関わることや動植物の病気に関するルール)、政府調達、原産地規制など合わせて21分野と広範囲に渡っています。
サービス分野にも広がっていることを考慮すれば、農業問題だけを取り上げることは公平性を欠きます。
上述のように、経済連携協定を12件締結している日本にとって、投資家が守られるISDSと呼ばれる投資家対国家の紛争解決手段が存在することは極めてありがたいものです。
海外ビジネスには、相手国の政変や経済状況の悪化、突然の資産の凍結や没収というリスクがつきまといます。
そうである以上、法律によって守られるということは企業の海外展開のリスクを最小限に抑えるメリットもあるのです。
◆TPP交渉と同時に進めたい国内の構造改革
TPP交渉を通じて、日本が自由、公平性、透明性を順守することとが一層定着したならば、貿易と投資による成長は加速するでしょう。
そして、国内産業にもダイナミックな構造調整が起きてくれば、競争力を通じて効率性が高まり、日本がもう一段発展する可能性が高まります。
「聖域」をいつまでも固定化してはいけません。その意味で、TPP交渉団にはぜひとも頑張って欲しいと思います。(文責・幸福実現党静岡県本部 幹事長 中野雄太)