共通番号制と給付付き税額控除の是非
消費税の増税を進める「税と社会保障の一体改革」で必ず議論されるのが「給付付き税額控除」と「共通番号制」の是非です。
まず、これらは「税と社会保障の一体改革」で常時、議題に上がっては消えています。
欧米では、子育て支援や就労支援のために導入された経緯があります。そのためには、国民に「納税者番号」か「共通番号制」を敷いておく必要があるのです。
なぜなら、国民一人ひとりの納税額や保険料負担額が分からないと、本当に給付が必要かどうかの判断が難しく、行政コストがかさんでしまうからです。
よって、共通番号制の最大の目標は、税や社会保険料の徴収コストを効率化することにあります。
所得の把捉ができるため、税の申告漏れが少なくなることや、地下経済の取り締まりも役立ちます。さらに、旧社会保険庁の年金漏れ事件が防げる側面があります。
嘉悦大学の高橋洋一教授のような経済学者だけではなく、経営コンサルタントの大前研一氏も、共通番号制導入を支持しているのは、上記のような理由があるからです。
しかしながら、共通番号制の導入には、隠れたデメリットがあるということを知らなければなりません。
共通番号制とは、「個人情報が国家によって管理・監視されている」という側面があり、国家社会主義への道に繋がっているのです。
そもそも、国民から預かっている年金をまともに扱えない政府に、これだけの権限を与えても良いのでしょうか?
福祉国家モデルのスウェーデンでは、税金運用の徹底した情報開示を行っており、国民からの信頼を勝ち得ています。
ただし、ちょっと贅沢をしていれば、近隣住民から政府に通報されて、査察が入り、課税が強化されるケースも少なからずある社会です。
ある意味、政府からの監視と国民同志の監視を誘発するケースがあるのです。これでは「自由な社会」とは程遠いと言えます。ましてや、国民は共通番号制について全く知りません。
政府内では相当の議論と研究が行われているにせよ、基礎情報として国民に届いていない以上、一層の情報開示と説明が必要であり、ある意味、国家統制色が強い危険な側面があることを見逃してはなりません。
次に、「給付付き税額控除」について考えてみます。
例えば、Aさんの年間所得が200万円だとします。現行の制度で適用される所得税は5%の10万円です。同時に、Aさんの所得税の基礎控除は38万円なので、38万円×5%の1.9万だけ所得税は少なります。
分かりやすくするために、Aさんは2万円減税されたとしましょう。その結果、8万円の所得税を納めればよくなります。
では、「給付付き税額控除」の場合はどうなるでしょうか。
Aさんへの「税額控除額」は38万円と設定しましょう。税額控除を適用する前のAさんの所得税は10万円です。
「給付付き税額控除」では、10万円の税金を免除するだけではなく、28万円を現金給付されることになります(数値例は、岩田規久男著『「不安」を「希望」に変える経済学』PHPを参考にした)。
「給付付き税額控除」では、高所得者の場合は税額控除を低くすることが別途想定されています。言い換えれば、高所得者は低い税額控除を、低所得者は高い税額控除を設定するということです。
その結果、低所得者の可処分所得が増えますし、基礎控除による減税よりも経済的な効果は大きくなるわけです。
このように、「給付付き税額控除」は、低所得者救済策として脚光を浴び始めました(基本的な概念は、ノーベル経済学者であり、自由主義経済を推し進めたミルトン・フリードマンの「負の所得税」なので、考え方としては決して新しいものではない)。
しかし、一見すべてが良さそうに見える制度ですが、問題もあります。
アメリカでは、「給付付き税額控除」の不正支給が30%と高いことが報告されています(「共通番号制」があったとしても不正支給はある!)。
さらに、生活保護と同じように、全く働かない場合は、Aさんは38万円を支給されるわけです。これでは、働くと支給が減ることを嫌い、無職を選ぶ生活保護と同じになります。
就労支援の制度設計まで含め、研究が必要なことは言うまでもありませんが、欧米で導入されているからと言って、安易に導入に踏み切ることは賢明ではありません。
なお、仮に「給付付き税額控除」を導入するにしても、越えなければいけないハードルがあります。
導入の前提として、前出の高橋洋一教授は「共通番号制」や「給付付き税額控除」を進める「歳入庁」の創設を提言しています。
なぜなら、管轄が財務省、国税庁、厚生労働省に関わっているため、「縦割り行政」の弊害が予想されるからです。導入するまでには、行財政改革も同時並行で進めなくては意味がありません。改革なくして省庁が一つ増えるとしたら本末転倒です。
さらに、導入するにしても、「消費税の導入」が既定路線となっていることに問題があります。行財政改革は進まず、マクロ経済政策や埋蔵金等の活用という政府の努力が足りていない中での増税は、確実に日本経済をむしばみます。
やはり、所得再分配政策だけではなく、社会保障改革には景気対策や経済成長による税収増が必要です。
デフレ脱却から景気回復、そして高度成長へと導く経済政策を同時並行に推し進めれば、低所得者の生活水準を押し上げ、社会全体にも活力をもたらします。
政府には、マクロ経済政策と行財政改革を前提としたうえで、慎重に導入の是非を検討頂きたいと思います。
(文責・中野雄太)