Home/ 教育 教育 「日本を変える!123の政策」――教育改革 2016.07.08 幸福実現党主要政策「日本を変える!123の政策」より http://publications.hr-party.jp/files/policy/2016/008/origin/all.pdf 3.教育改革 ●未来を開く人材を育成する 教育による人づくりは国家の礎です。文部科学省の教育行政により、わが国の学校現場には、学力低下や深刻化するいじめ、自虐史観による教育など、さまざまな問題が広がっています。 そこで、国家統制型の教育を改め、教育の自由化を推進し、多様で質の高い教育を実現します。 国際競争力の強化に向けて、学力向上を図るとともに、道徳・宗教・歴史教育を充実させ、子供たちの豊かな人間性と愛国心を育みます。 また、子供たちが安心して学校に通えるよう、いじめ対策を強化します。 ●教育の自由化・学校制度改革 068 土曜授業を復活させ、教育内容と授業時間をゆとり教育導入以前の水準に戻します。子供たちの学力向上を可能とする公立学校を実現し、塾通いを不要とすることで、家庭の教育費を軽減します。 069 全国学力テストの実施および結果の全面的な公開を実現し、学校間の競争を促します。 070 学校設立の自由化を進めます。塾を学校として認めるなど、多様な教育を選べるようにします。 071 教育バウチャー制度の導入により、各家庭における教育の機会均等を実現しつつ、競争による学校経営のサービス向上を促します。 ●教員制度改革 072 教員免許を有しない知識・経験に優れた人材の教員登用を容易にします。 073 教育現場から不適格教員を排除するため、指導力不足教員への評価・判断基準の明確化などに取り組みます。 074 教員による違法な政治活動に罰則を設けます。また、選挙制度の改革により選挙権を得た18歳以上の学生に対する特定のイデオロギー教育が行われないよう対策を進めます。 075 教員は「労働者」ではなく「聖職者」であるべきです。教員がその誇りと資質を持てるよう、教員の価値を下げる教職員組合活動のあり方に対して是正を求めるなど、万全の方策を講じます。 ●いじめ対策の強化 076 「いじめ防止対策推進法」を改正し、いじめを放置・隠ぺいするなどした教員や学校への罰則を設けます。 077 認知しづらいインターネット上のいじめについて、関係諸機関との連携強化により、徹底した防止活動を実施します。 ●宗教教育による徳育の充実 078 善悪の価値観や正義、自助努力の精神、愛や寛容の心などを教える道徳教育、宗教教育を充実させ、神仏を敬う心や宗教的情操を育みます。これにより、信仰を持つことが常識である国際社会のなかで、相互理解を図る能力を養います。 079 「特別の教科 道徳」の意義ある実施に向け、宗教的情操教育も含めた多様な価値観を具体的に学べるよう学習指導要領、教員養成プログラムの充実を図ります。 ●歴史教育 080 日本人としての自然な愛国心を育む歴史教育を行います。 ■歴史上の偉人に関する学びを深めるカリキュラムを創設し、志高い人材を育成します。 ■全国の小中学校に二宮金次郎像を復活させ、子供たちに勤勉の精神、日本発の資本主義の精神を教えます。 ■歴史認識や領土・主権など、国益に関するテーマについて正しい認識を養い、日本の立場を国際社会に対して説明できる能力を培います。 ■式典における国歌斉唱や国旗掲揚を徹底します。 ●教科書検定制度の見直し 081 教科書検定制度の見直しを行います。業者と教員、教育委員会の癒着を防止し、子供たちのためになる教科書を選定できる新たな仕組みづくりを早急に検討します。 082 自虐史観を排した、正しい歴史認識に基づく教科書づくりを促すために、中国、韓国に配慮する「近隣諸国条項」を廃止します。 ●英語教育 083 日本の国際化を促すとともに、世界に貢献する国際人材の育成・輩出に向けて、英語教育を充実させます。 ●才能教育 084 学習の習熟度に応じて飛び級・飛び入学を認める制度を導入し、早期にチャンスが得られる環境を構築します。 085 企業家教育、投資教育を充実させ、企業家精神やリスク管理などについて学べるようにします。経済環境に対する理解を深めることで、日本と世界の発展に寄与する企業家を輩出する土壌を つくります。 086 専門教育に分岐可能な幅の広い教育体系を構築し、中学までに適性が見えてきている子供については、本人に合った職業教育を受ける選択肢を用意します。 ●教育投資 087 未来への投資として、GDP に占める教育分野への公的支出割合を引き上げます。 088 無利子奨学金など高等教育に関する奨学金制度を拡充します。また、奨学金の原資となる寄付への税制優遇措置を拡大します。 「日本を変える!123の政策」――教育 2016.06.25 ◆正しい人生観に基づく教育 幸福実現党主要政策「日本を変える!123の政策」より http://publications.hr-party.jp/files/policy/2016/007/origin/all.pdf ●教育現場は、深刻ないじめ問題を抱えるなど荒廃しています。また、公教育に学力向上は任せられず、塾通いによる教育費が家計にのしかかっています。 ●子供が安心して学校に通えるよう、いじめ対策を強化するとともに、学校教育に宗教的バックボーンを入 れ、善悪の価値観、自助努力の精神、愛や寛容の心を教えるべきです。 さらに、どのような家庭環境にあっても、質の高い教育が受けられるよう、公教育の復権を図らねばなりません。 そのため、国家統制型の教育を改めて教育の自由化を進め、公教育や私学、塾などの切磋琢磨による教育界全体の底上げを促すべきです。 【幸福実現党はこうします!】 教育のあり方を新生し、数多くの 素晴らしい人材を輩出します! ○教育の自由化を推進。塾を学校として認めるなど、多様な教育を可能に。 ○教員や教育内容の質を向上させ、塾に頼らない学校を実現。家庭の教育費を軽減。 ○いじめ対策を強化。いじめを放置・隠ぺいするなどした教員や学校への罰則を設ける。 ○宗教教育により、志高く、騎士道精神に満ちた若者を輩出。 ○「特別の教科 道徳」の意義ある実施に向け、宗教的情操教育も含めた多様な価値観を学べるよう学習指導要領、教員養成プログラムの充実を図る。 スマホの弊害に気付こう! 2016.04.06 文/幸福実現党・兵庫県本部副代表 湊 侑子 ◆子供たちを取り巻くスマホ環境の危険 現在、携帯電話やスマートホン(以下スマホ)を持っている子どもたちの割合は、高校生でほぼ全員、中学生で60%以上、小学生で55%以上です。 この割合は毎年増えていますが、中でもスマホを持つ率が増えており、小学生は5人に二人、中学生では3人に2人、高校生はほぼ全員がスマホです。(内閣府:平成27年度 青少年のインターネット利用環境実態調査) 便利な一方で弊害も大きく、スマホを使っての動画・写真撮影したものをインターネット上に投稿したいじめが横行しています。 またネット上で初めて知り合った人と実際に出会った結果、性的被害を受けた18歳未満の子供が年間1000人を超えています。 親の知らないところで危険な目に合う子どもも少なくありません。遊び半分での行為が、後の人生に大きな影響を与える可能性を、親も子も認識する必要があります。 青少年インターネット環境整備法では、携帯電話の提供事業者の義務として提供者が青少年である場合、青少年有害情報フィルタリングを提供しなければならないと定めてはいますが、保護者が利用しない旨を申し出た場合は適用されません。 有害サイトを制限するフィルタリングの利用率が50%である現状を鑑み、これ以上犯罪に巻き込まないためにも、フィルタリングをすべての青少年のスマホに適用するべきだと思います。 ◆スマホによって失われる大切な時間と未来 家族で食事に出かけても、それぞれにスマホを持ち出し、無言でいじっている姿をよく街中で見かけます。 電車の中でもスマホをいじり、オンラインゲームをするか友達とメッセージ交換をする人ばかりです。そんな中で本を読んでいると、見知らぬ年配の方に「あなたはえらいねぇ…」と声をかけられ、複雑な気持ちになったこともあります。 小学生にスマホを持たせる親の理由としては、習い事をさせるときの連絡用などで渡すことが多いようですが、安易に渡した結果、スマホが手放せなくなり依存症になる子供が多くいます。 スマホの利用時間に関し、小学生は平均で1時間、中学生で1時間半、高校生は2時間半使う、という調査結果も出ています。そして保護者のスマホ利用は平均1時間半です。 スマホに費やすことで犠牲になるのは、勉強や運動の時間、読書や趣味の時間、家族の団らんの時間です。 勉強や運動を通して身に着ける忍耐力や継続の力、読書や趣味を通しての世界の広がりや自分の才能の発見をスマホによって得ることはできません。また家族の結びつきも薄くなります。 青少年の未来や家族の絆を犠牲にするほどの価値があるものなのか、社会全体でよく考える必要があります。 ◆スマホを控え、読書によって人生を豊かにする スマホは疑問に思ったことをすぐに調べることができますし、見知らぬ人がそれに対する回答をしてくれます。 しかし自分の興味範囲までしか広げられず、その先に進むことができません。また知識も表面的です。 対して読書は、全く知らない世界を教えてくれます。特に偉人伝は、別の人生を生きたような智慧を与えてくれます。 一例ですが兵庫県に関する偉人では、戦前の日本人であれば皆知っていた日本最大の忠臣の楠正成、函館の発展に役立った高田屋嘉兵衛、大石内蔵助を中心とした赤穂浪士、鉄道を中心とした関西の街づくりを行った小林一三、一時は三菱や三井をも凌ぐ総合商社を作った鈴木商店の女主人の鈴木よね、マッカーサーに唯一の従順ならざる日本人と言われた白洲次郎などがいます。 偉人の人生に散りばめられた智慧と気概は、必ずや青少年に夢と勇気を与えるでしょう。 読書する習慣づくりは、親が子に与えられる最大の宝物であるとも言われます。 まずは私たち大人からスマホを控え、読書を始めるべきでしょう。 宗教的価値判断・正義の観念が入った教育の実現を! 2016.02.19 文/幸福実現党・福岡県本部副代表 よしとみ和枝 ◆武道必修化により、見直されている日本的価値観 中学校では、平成24年4月から、男女共に武道とダンスが必修となりました。 武道では、原則として、柔道、剣道、相撲から選択します。 日本武道協議会では武道を以下のように定義しています。 「武道とは、武士道の伝統に由来する我が国で体系化された、武技の修練による心技一如の運動文化で、柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道、少林寺、なぎなた、銃剣道を修練して、心技体を一体として鍛え、人格を磨き、道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養う、国家、社会の平和と繁栄に寄与する、人間形成の道である」 しかしGHQの政策により否定され、教育の場から抹殺されたのが武道です。 この武道の「日本的な価値観」が今、見直されているのです。 そもそも日本は、2676年も続く、世界一歴史の古い、誇り高き国であり、その国体は、日本人特有の価値観で成り立ってきたのです。 その素晴らしさに、教育界も気づかざるを得なくなったようです。 ◆人間形成の道に成りえない戦後の「道徳教育」 そこには、戦後の道徳教育が、人間形成の道とはなり得ていないという現実があります。 いじめや、不登校、自殺といった、子供達を苦しめ続けている問題が、一向に解決されません。 平成27年11月文科省発表の、小、中、高、及び特別支援学校における、いじめの認知件数は、18万8057件で、前年度より2254件増加しています。 その内容は、冷やかしや、からかい、悪口、おどしなどです。 また、平成26年に不登校だった児童生徒は、12万2655人と、こちらも前年よりも3300人増加し、過去最悪の数となりました。 子供達の命に係わる、いじめ、不登校問題解決の取り組みに対しては、文科省も様々の通達を出して、重点を置いた取組みをしてきましたが、子供達の数は減っているにも関わらず、問題件数は、増え続けているのです。 平成27年度もまた、学習指導要領の一部改正により、道徳を道徳科とし、「考え、議論する」道徳科への転換をうたっていますが、なんらの解決にはならないでしょう。 ◆「宗教的価値判断、正義の観念入った教育」へ 日常の中で、また、道徳の授業の中で、考える際の基準となる、「何が善で、何が悪なのか」、「正義とはなにか」の定義が曖昧な教育では、子供達の道徳性が育まれることはありません。 戦前の教育のように、武士道に基づき、善悪や正義の概念をしっかりと教える教育の復活が望まれます。 幸福実現党は、いじめを防止し、教育の中に「正義」の価値観を打ち立てるため、今後も教育の改革に取り組んで参ります。 さらに、現代においては、中東と欧州の紛争や、中国の南シナ海への海洋進出、北朝鮮の核実験、ミサイル発射など複雑な世界情勢の中で、「地球的正義とは何か」との問いに対して答えを出していける、「宗教的価値判断・正義の観念が入った教育」が、これからの教育に望まれているのです。 保育業界の未来を考える 2016.01.08 文/愛知県本部副代表(兼)青年局長 中根 ひろみ ◆「認定こども園」とは 「子ども・子育て支援制度」が、平成27年4月から本格スタートしました。 新制度では、幼稚園と保育所(園)に加えて「認定こども園」が普及され、小学校就学前のお子様をお持ちの方から、その違いを尋ねられることが多くなりました。 新制度では、保育・教育の場が下記のように増えています。 【幼稚園】「※教育標準時間(1号)認定」のお子様を対象とし、小学校以降の教育の基礎をつくるための幼児期教育を行う学校。 【認定こども園】「教育標準時間(1号)」「※保育(2号)認定」「※保育(3号)認定」のお子様を対象とし、教育と保育を一体的に行う施設。 【保育所(園)】「保育(2号)認定」「保育(3号)認定」のお子様を対象とし、就労などのために家庭で保育のできない保護者に代わって保育する施設。 【地域型保育】0~2才を対象にした小規模保育事業や、事業内保育など、地域の状況に対応した施設。 ※「教育標準時間(1号)」満3歳以上の小学校就学前の子どもであって、2号認定子ども以外のもの。 ※「保育(2号)認定」満3歳以上の小学校就学前の子どもであって、保護者の労働又は疾病その他内閣府令で定める自由により家庭において必要な保育を受けることが困難であるもの ※「保育(3号)認定」満3歳未満の小学校就学前の子どもであって、保護者の労働又は疾病その他内閣府令で定める自由により家庭において必要な保育を受けることが困難であるもの ◆保育の質は向上するのか 「認定こども園」は、教育と保育を一体的に行う施設ということで、「幼稚園と保育園の両方の良さをあわせ持つ」ということが謳われております。 主に私立の保育園では、少子化に伴い、園児を確保するためにも「保育の質の向上」を目指して、切磋琢磨されている園は少なくありません。 私が施設長を務める「保育園」でも、保育内容は幼稚園同様の教育を取り入れ、仏教園ですので「心の保育」にも力を入れています。 また、その逆も然りで、「こども園」だから「保育の質が高い」とは言い切れないのが現状です。 やはり、保育の質を向上させるには、規制を緩和し、新規参入も受け入れていく中で競い合い、切磋琢磨することが大切ではないでしょうか。 ◆利用契約と保育料 新制度においても、保育所(園)の利用のしくみや公費の流れは大きく変わりません。 利用者は市町村に認定申請・入所申請をし、保育料を市町村に納め、保育所(園)は、保育を行うための経費を市町村から委託費として受け取ります。 一方、「認定こども園」では、利用者は認定申請・入所申請を園に直接することができ、保育料も園に直接納めます。 ◆保育バウチャーの提案 私はこの「直接契約」という方式を、園の体系に関係なく、すべての園で実施することで、保育の質を引き上げられるのではないかと考えます。 その方法としては、就学前の保育・教育に対する「クーポン」を保護者に直接支給し、園は、受け入れた園児の数に応じて決定された補助金額を受け取るという「保育バウチャー」政策です。 園はより多くの利用者を集めるために、質の向上を図らずにはいられません。 公費で成り立つ保育業界の改革も、一筋縄では行かない、手ごわい業界ではありますが、補助金がなくてはやっていけない事業に発展は期待できません。 利用者が園を選択し、利用者と園が直接契約をする体制をとることで、「質の向上」に繋がり、利用者から必要とされるところが発展していく「保育バウチャー」の導入から改革を進めていきたいものです。 大人のための教科書にさよならを! 2015.12.11 文/幸福実現党 兵庫県本部副代表 みなと侑子 ◆三省堂の謝礼金問題 三省堂が検定申請中の教科書を教員に見せる名目で「編集会議」を開き、参加した校長らに謝礼金5万円を支払っていたことが明らかになりました。 同社は2009~2014年の間で計7回開催。新たに参入する小学校の国語、中学の国語と英語の教科書を見せていました。 参加したのは、東京や大阪をはじめとする26都府県の公立小中の校長や教頭ら53人でした。この会議では、懇親会・二次会が行われており、参加者は都内のホテルに宿泊していました。 謝礼金に加え、交通費や懇親会費・宿泊費などすべてを三省堂側が負担していたようです。 2014年の教科書検定の際、この会議に参加した小中学校の校長ら11人中5人が地元での採択に関わりました。教科書委員会が教科書を選ぶ際に助言する「調査員」になっていたのです。 文科省や業界団体の規則で、検定中の教科書の外部閲覧や過度な営業活動は禁じられています。 今後、教科書採択に関わった教員の地域で三省堂の教科書が使われているかの調査が行われます。教員の利己的な都合によって選ばれた教科書を使うのは生徒たちです。 モラルの低い教員と、利益第一主義の教科書作成会社が作り出す罪は大きいのだと知ってもらいたいと思います。 ◆育鵬社の教科書採択への嫌がらせ 一方で教科書採択の際に、偏った思想を持つ人たちによる妨害活動を経験しているのが育鵬社の教科書です。 神奈川県横浜市において、歴史・公民が育鵬社に決定した瞬間、傍聴席からは「えー」という声が上がり騒然とした雰囲気に。納得出来ない人たちが早速街宣活動をしていました。 4年前にはじめて育鵬社が採用された時は、反対派は扉を蹴飛ばしたりして暴れたり、傍聴席を求めて集まった約400人はほとんどがグループで、教職員団体などが多かったのです。 また大阪府東大阪市では、育鵬社に決定した瞬間、傍聴席から反対の声が上がり、止まらないヤジに委員長が退席を促しました。 翌月の委員会でも抗議のプラカードが複数掲げられ、警察が出動する事態となったのです。 育鵬社の教科書を選択肢に入れると妨害活動や採択を邪魔される可能性があるため選択肢から外した自治体がある可能性も高いと「Are You Happy?」は指摘しています。 参考:Are You Happy?1月号『THE REPORT』 「日本がもっと好きになる」育鵬社の教科書のシェアがアップ ! https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1596 確かに聞いた話では、兵庫県のある市の教科書展示会ではそもそも育鵬社の教科書自体を展示していなかったそうです。 左翼勢力が強い地域であったためか、トラブルを避けるためか真相は分かりませんが、一部の考えで勝手に教科書を選別してよい訳がないのです。 ◆生徒に夢と希望を与える教科書を このような事件を聞くと、教科書は一体誰のためのものなのか?という素朴な疑問が湧いてきます。 もちろん、教科書は生徒たちのためのものです。 教科書には、今まで知らなかった世界、宇宙の秘密、あったことのない人たちの歴史など、空間や時間を超えて様々な情報が詰まっています。 これらが生徒の認識を広げ、新しい世界を教えてくれます。その延長に夢や希望を見つける生徒も出てくるでしょう。 教科書は彼らが社会に繋がっていくため、未来を創っていくための重要なツールであり原動力なのです。その教科書が大人の利益の対象になったり、偏った思想を持つ人の道具にされることは絶対に許されることではありません。 また、過去に出された自虐談話は、河野・村山談話だけではありません。 日本が、「中国・韓国に過去に重大な損害を与えたことの責任を痛感し、深く反省している」という趣旨を歴史教科書の内容に十分反映するように配慮すべしとした宮澤談話も存在しています。 この歴史認識は大きく間違っている上に、自国の教科書に自虐史観を入れた場合、国民は自信を失い、国力が衰退することはすでに歴史によって証明されています。 未来を拓くためにはどのような教科書が必要なのか、私たちは本気で考えていかなければなりません。大人に利用され続けてきた教科書には、さよならを言いたいと思います。 1985年、トルコ政府がイラン駐在の日本人を救った理由 2015.10.24 文/幸福実現党・政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆イラク・フセイン大統領が突然、「48時間後に撃墜宣言」! 前回は1890年、紀伊半島沖で発生したトルコ船の海難事故、そしてその救助に当たった日本人の対応に、多くのトルコ国民が感動をしたエピソードをお伝えしました。 今回は、映画「海難1890」に関して、事故からおよそ100年後、1985年(昭和60年)に中東テヘランで実際に起きた出来事についてお伝えいたします。 1985年当時、中東ではイラン・イラク間の戦争が長期化していました。当時、石油ビジネス関連の商社マンを中心に約二百数十名人がイランの首都テヘランに居住していたと言われています。 さて、イラクのフセイン大統領は、戦争の膠着状態を打破する事を意図したのか、1985年(昭和60年)3月17日、突然、以下のような宣言を公表しました。「今から48時間を過ぎれば、イラン上空を通過する全ての航空機を無差別に攻撃する。」 日本人を含め、テヘラン駐在の外国人にとって、この「宣言」は寝耳に水でした。諸国の駐在員は、制限の期日までに帰国の途に就こうとします。 しかし、当時、日本・イラン間の航空便が就航していない日本人には、帰国の手段がありません。駐イラン大使は日本政府に対して緊急に、飛行機の手配を依頼しました。 ◆日本政府が日本人を救出できなかった理由 依頼を受けた日本政府(当時は中曽根首相・安倍外務大臣)は、まず自衛隊機の派遣を検討しましたが、自衛隊法の制約で海外に飛ぶことが不可能ということが分かりました。 [その後、自衛隊法は改正され、現在では同様の事態が発生した時には、自衛隊機による救助は可能] そこで、直ちに日本航空に臨時便を要望しました。 イラン行きを志願するパイロットも出て、順調に出発する準備が進められたのですが、なんと、当時の労働組合が「乗務員の安全が確保されない状態では出発できない」という理由で、出発を拒否したのです。 戦争の中、しかも48時間後には撃墜される可能性がある危険な空域を飛ぶことには、大きなリスクがあります。 組合としての判断は「安全第一」というものでしたが、これも戦後一貫して「平和憲法」を奉じてきたために、リスクを冒すという発想がなかったのかもしれません。同じ日本人として、実に残念な判断でした。 ◆頼みの綱、トルコの判断は? イランに駐在する日本人達が脱出する手段は、他の国の力を借りるしか手段が残されませんでした。 それも極めて望みの薄いもので、時間がどんどん経過していく中、日本人たちの絶望がいかに大きなものであったのかが推測されます。 まず、欧米諸国の航空機会社に依頼して、一人でも多くのチケットの確保を目指しますが、相手は欧州人優先の判断で、ごくわずかに入手できたにすぎませんでした。 そこで、当時の野村豊駐イラン大使は、最後の頼みとして、トルコのビルレル大使を訪れ、トルコ政府に緊急便の依頼をしました。当時イランには、600人あまりのトルコ人がおり、とても日本の支援ができる状態ではなかったので、もともと諦めていたのです。 一方、トルコ政府に対しても、「商社」のルートを通じて、当時のオザル首相にも同様の依頼を行いました。日本人にとっては、ほとんど可能性のない希望でした。 しかし、トルコ側は、日本人が直面した事態の深刻さを理解し、直ちに臨時便の手配を承諾したのです。 その時にトルコのビルセル大使が日本を助ける理由として語った事が、「これは、エルトゥールル号の恩返しなのです」というものでした。 トルコでは「エルトゥールル号の海難事故」については、教科書にも掲載されるなど、100年前に日本人が心を尽くしてトルコ人を救助した逸話を忘れていなかったのです。 そして、先人たちが日本から受けた恩を返す機会だと、快く救助の手を差し伸べてくれたのです。 このように、トルコ政府の決断によって、「緊急の」旅客機1機が出発しましたが、1機だけでは、すべての日本人を救助することができないことが分かりました。 そこで、トルコ側は、もう一機の「定期便」も、日本人のために使ってもらう事を提案しました。 当時、イランに駐在していたトルコ人は、自らが乗り込む予定だった飛行機を諦め、自動車に分乗して、母国トルコに向かったのです。 かれらもこの決定について、「100年前の恩を返そう!」と一致し、ほとんど異論は出なかったと言われています。 このトルコによる救助によって、制限時間以内に、帰国を希望する全ての日本人が無事に日本に帰ることができました。 国際政治の判断には、国益と国益とのぶつかり合いの中で、冷徹な判断が求められるものですが、今回のエピソードのように魂と魂がふれ合う温かみがあることも分かりました。 そうした意味で、日本人として、先人たちの偉業を再認識し、日本人としての誇りを取り戻す一方、日本人を誇りに思っている国もあることを忘れない事も大切だと感じました。 トルコを熱烈な親日国に変えた「海難事故」について 2015.10.23 文/幸福実現党・政務調査会チーフ 小鮒将人 ◆映画「UFO学園の秘密」大絶賛公開中! 現在、全国で、映画「UFO学園の秘密」(幸福の科学出版作品)が公開されています。 宇宙との交流を取り上げている映画は今までにも数多く公開されていましたが、この映画では、宇宙人がさまざまなキャラクターを持っているという事実など、今までにない切り口で宇宙時代の到来を描いたお勧めの映画です。 米国でも同時公開され、「アカデミー賞」を取れるのではないか!と、ネットでも大きな反響をよんでいます。 まだ、ご覧になっていない方は、下記のアドレスからお近くの上映館を検索することができますので、ぜひご覧ください。 http://www.eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=384 ◆12月には「海難1890」(原題「エルトゥールル」)が公開! さて、引き続き12月には映画「海難1890」が公開されます。これは、今から125年前に実際に起きた海難事故と、その後の感動的なエピソードを描いたものです。 125年前の明治23(1890)年、トルコから一隻の軍艦が日本を表敬訪問しました。「エルトゥールル号」と言います。 この年の6月23日に東京で、明治天皇に対しトルコ皇帝からの親書を渡し、その後約3か月にわたり、日本各地で大歓迎を受け、トルコへ帰国することになりました。 ところが、その途上の9月16日、折からの台風が直撃し、エルトゥールル号は、紀伊半島沖の岩礁に激突、その結果、機関が爆発し、沈没するという悲劇に見舞われました。 この爆発にともない、司令官オスマン・パシャをはじめとする乗務員600人が海に投げ出され、多くの乗務員はこの海難で命を落とします。 悲劇的な事故の中、数少ない生存者たちは力を振り絞って、紀伊半島の最南端、大島村(現在は串本町に合併)潮岬付近の沿岸にたどり着きました。 ◆底抜けに善良な日本人にトルコ人が感動 この遭難したトルコ人の第一発見者は、樫野崎灯台の灯台守と言われ、直ちに、地元大島村の区長をはじめとする村民に伝えられます。 トルコ軍艦による明治天皇への表敬は、すでに日本人に知られていたので、事態の重さを感じた大島村民たちは、不眠不休の救助作業を行います。 特に、漂着した潮岬付近は断崖絶壁で、健康な人間でも上るのが困難な場所で台風の中、村民たちは、遭難者を一人ひとり縄でくくりつけ、崖の上に引っ張ったと言われています。 そうして助けたトルコの乗務員は69名。元々、食糧の蓄えが多いわけではありませんでしたが、村民は、浴衣などの衣類、卵、非常用の鶏も供出され、最大限の救護を行いました。 同時にこの大惨事は、明治天皇にも知らされ、天皇は政府に対し、可能な限りの支援を行うように指示がなされました。 各新聞もこの悲劇を報じたことで、日本全国から自発的に義捐金・弔慰金も寄せられました。 生存者の体力が回復した頃を見計らって、日本政府は海軍の最新鋭艦「比叡」と「金剛」の2隻に生存者を乗せ、トルコのイスタンブールまで送り届けることを計画、実行しました。 2隻になったのは、万一、片方の軍艦が沈没しても対応可能なように、との明治天皇の配慮と言われています。 なお、この中には、後の日露戦争、日本海海戦でロシアバルチック艦隊を相手に大勝利を挙げた秋山真之参謀も少尉候補生として乗り込んでいました。 この航海は、トルコの首都イスタンブールを目指しました。 順調に進み、とうとう、地中海からダーダネルス海峡、ボスボラス海峡を経て、トルコ領海に入るところまで来たのですが、大きな問題が発生しました。 ロンドン条約によって、上記の2つの海峡は「外国船」の通過が認められなかったのです。 実は、ここでいう「外国船」とはロシア船を想定しており、ロシアの南下政策への歯止めとなっていたのですが、日本にもこの条約が適用され、残念ながら、日本はトルコ領海に入る一歩手前のエーゲ海で、生存者を引き渡さなければならなくなったのです。 ところが、迎える側のトルコ国民にも「比叡」「金剛」の航海について広く知られており「日本人を首都まで迎えたい!」という要望が強くなりました。 そして、とうとうトルコ皇帝アブディルハミド2世は特例を認め、2隻がイスタンブールまで来る事を認めました。 1891年1月にトルコに到着し、生存者を送り届けた日本海軍の軍人たちは連日、熱烈な歓迎を受け、約1ヵ月滞在ののち、日本に帰りました。 ◆トルコが親日であった理由 トルコは、日本が「明治維新」という世界史的な奇跡、近代化を成功させたことと、同じ「ロシア」という巨大な敵国に直面していることで、親近感を持っていた中、このような日本人と明治天皇の善意に触れ、さらに好意をもったようです。 このエルトゥールル号の遭難事故について、日本人で知っている方は少なく、中学校の歴史教科書では扶桑社が掲載しているにすぎません。 しかし、トルコでは長年にわたって多くの国民に知られており、日本の外務省の調査によると、約3割のトルコ国民がこの事件を「知っている」と回答しました。 映画「海難1890年」では、日本とトルコ両国で育まれた友好関係について、1895年(昭和60年)イラン・イラク戦争の中で、突如発生した日本人の危機をトルコ政府が救う感動的な実話に基づいて物語がつづきます。 「正義の国・日本!」―満州事変から大東亜戦争まで【3】(全3回) 2015.10.20 文/幸福実現党・茨城県副代表 中村幸樹 ◆大東亜戦争の原因(1)――「人種差別による日本人排斥」 1919年、日本はパリ会議で、国際連盟規約への「人種差別撤廃条項」を提案し、賛成多数になるも、議長のアメリカ大統領ウィルソンは否決しました。 以後、アメリカの排日運動は勢いづき、1924年5月には、「絶対的排日移民法」が成立しました。 これで、親米的だった大部分の日本人が反米に変わり、日本政府のアメリカ協調外交も難しくなっていきました。 昭和天皇は、戦後「この大戦の遠因はアメリカ移民の問題であり、近因は石油が禁輸されたことである」との主旨を言われましたが、正鵠を得ていたと思います。 そして、正義は、「人種差別撤廃」「植民地解放」を目指した日本にあったからこそ、戦後のアジア・アフリカ諸国は、独立していったのです。 ◆大東亜戦争の原因(2)――「共産主義の工作」 1930年代のアメリカ政府には、共産主義のスパイが何百人も入り込んでおり、「ハル・ノート」を作成した財務次官補ハリー・ホワイトもソ連のスパイでした。 戦後の朝鮮戦争、ソ連との冷戦、ベトナム戦争、中共の台頭を見れば、共産主義を悪と見て、防共に努めた日本に、正義があったと言えます。 ◆大東亜戦争の原因(3)――「ホーリイ・スムート法に始まったブロック経済」 1929年、アメリカ下院議会に上程されたホーリイ・スムート法が、世界恐慌の決定打となりました。約1000品目の巨大な関税障壁により、一年後には、世界の貿易量が半分になりました。 1933年のオタワ会議で、イギリスもブロック経済に入りました。 アウタルキー(自国で出る原料・資源で経済的なことが完結できる政府)ができるアメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ソ連は良くても、アウタルキーができない日本、ドイツ、イタリアには、致命的な問題でした。 戦後、ブレトン・ウッズ体制をとって自由貿易を推進したのは、ブロック経済、保護主義が、先の大戦の遠因だとわかったからです。 ◆大東亜戦争の原因(4)――「石油禁輸とABCD包囲網」 アメリカ、イギリス、シナ、オランダを抱き込んだABCD包囲網で、日本は資産を凍結され、石油や鉄など様々な原材料を輸入できなくなりましたが、致命的なのは石油禁輸でした。 大東亜戦争が自衛戦争であったことは、アメリカ上院軍事外交合同委員会におけるマッカーサーの証言でもわかります。 「日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何もないのです。彼らは綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫がない、ゴムがない、その他実に多くの原料が欠如…これらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。従って、彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。」(マッカーサー証言 抜粋) 大東亜戦争の原因として、日本からアメリカに仕掛けたことは何もありませんでしたが、ルーズベルトは、ドイツと戦うためにも、何がどうあろうと、日本を戦争に追い込むつもりでした。 1941年2月には、日本と戦って屈服させた後の処理を研究する「特別研究部(SR)」を発足させ、7月18日には、150機のB17爆撃機と、250機の戦闘機で東京、横浜、大阪、京都、神戸への爆撃作戦「JB-355」も承認していました。 (戦線が急迫したイギリスに爆撃機を回して実施はされず。) ◆大東亜戦争は、「自衛権の行使」「植民地解放」「人種差別撤廃」の聖戦 大東亜戦争は、人種差別による日本人排斥、共産主義の工作、ブロック経済とABCD包囲網の経済封鎖で追い込まれ、特に石油禁輸が決定打となった「自衛戦争」でした。 日本は、戦わざるを得なくなった以上、正義を貫くべく、全占領地域で現地政府を樹立し、自主独立への教育訓練、人種差別撤廃を推進しました。 大東亜戦争は、「欧米列強から、アジアの植民地を解放し、白人優位の人種差別政策を打ち砕くとともに、わが国の正当な自衛権の行使としてなされたもの」「アジアの同胞を解放するための聖戦として、日本の神々の熱き思いの一部を実現せしもの」(『大川談話』)だったのです。 大川談話―私案― http://special.hr-party.jp/policy2013/okawa-danwa/ 「大東亜戦争は神の意を受けた聖戦であり、激戦の地で戦死した先人たちは英雄である。」(真の平和に向けて あとがき)と断言し、筆を終えます。 『真の平和に向けて』大川隆法著/幸福の科学出版 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1464 「正義の国・日本!」―満州事変から大東亜戦争まで【2】(全3回) 2015.10.17 文/幸福実現党・茨城県副代表 中村幸樹 ◆日中戦争の経緯(4)――[南京攻略] 日本は、首都をおさえれば蒋介石も講和に応じるだろうと考え、南京攻略を決断しました。 日本軍は、世界一の規律を守る人道的な軍隊でしたが、南京攻略戦でも、松井石根大将は、後世の模範となる行動をするべく全軍に訓令を出し、軍規を徹底して、終始、立派な指揮をしました。 日本は、住民に被害が出ないように、国民政府軍にオープン・シティ勧告を出しましたが、蒋介石は、勧告を受け入れず、市民を置き去りにして脱出してしまいました。 ドイツ軍に対するパリの如く、オープン・シティにすれば被害が出ないのに、しなかった責任は蒋介石にあります。 日本軍は、慎重に、攻略前にも投降勧告を出し、拒否を確認してから、1937年12月10日、攻撃を開始しました。蒋介石に任された唐生智(トウセイチ)将軍も途中脱出してしまい、日本軍は13日には城内に入り、17日には正式に入城式が行われました。 市民の多くは日本軍が来る前に南京城内から逃げ、逃げ切れなかった市民が第三国がつくった「安全区」に避難しました。日本軍占領後は「南京は安全だ」と分かり市民が戻り始めると、約1か月後には、人口は25万~30万に増えています。 「南京大虐殺」という言いがかりは、中国共産党の覇権に悪用され、日本の自虐史観の原因にもなっていますが、東京裁判で、突如として捏造されたものです。東京大空襲や原爆投下の正当化のためにも、日本の戦争犯罪をでっち上げる必要があったからです。 日本人による虐殺など存在しなかったがゆえに、戦後になるまで噂さえ立たず、蒋介石も米英仏も、当時抗議したことがなく、多数駐在していた欧米マスコミからも指摘されず、東京裁判では実証できず、戦後出てきた「証拠写真」なるものは、すべてインチキと判明しているのです。 ハーグ陸戦規定により、便衣隊(ゲリラ)は、掃討し、処刑するのが国際常識ですが、これは虐殺とは呼びません。 ◆日中戦争の経緯(5)――「欧米諸国の蒋介石支援」 日本は、上海、南京、広東、北京、天津、保定、武漢三鎮(漢口、漢陽、武昌)などの主要都市を皆占領しましたが、蒋介石は重慶の山の中に逃げていました。 米英ロシアが、資金、物資、兵器等を、蒋介石を支援し続けなければ、南京政府を作った汪兆銘と蒋介石を話し合わせ、日本軍が願い続けていた支那からの撤退が可能となったはずです。 ルーズベルトは、米退役将校シェンノート(中華民国空軍航空参謀長)の航空隊「フライング・タイガース」に、アメリカ人飛行士100人と飛行機500機の派兵までしました。日米開戦前の軍事的関与であり、重大な国際法違反です。 ◆日中戦争(支那事変)は、日本の侵略戦争ではない 日中戦争は、すべて受け身で、支那側からの攻撃に対処していったものでした。 開戦責任は支那側にあり、日本陸軍は、引きずり込まれながら、一貫して終結を願い続けましたが、共産主義のスパイ活動、米英の蒋介石支援により、抜け出せなかったというのが真相です。 もし、支那事変が侵略なら、例えば、韓国軍が、突如、アメリカ民間人を大量虐殺し、在韓米軍を攻撃してきたため、米軍が救出に向かったら、アメリカは韓国を侵略したということになります。 そして、米軍が韓国に平和と秩序と繁栄を取り戻し、新たな韓国人リーダーを擁立して撤退しようとしても、もとの韓国軍が北朝鮮の山奥に立てこもり、中国やロシアが兵器や物資、資金を供給し続けるために、撤退できずにいたら、アメリカは韓国を侵略し続けている、ということになります。 つまり、支那事変が日本の侵略戦争なら、朝鮮戦争もベトナム戦争も、アメリカの侵略戦争ということになりますし、世界のほとんどの紛争を侵略戦争と呼ぶことになります。 ですから、支那事変を日本の侵略戦争とするのは不当であると結論づけられます。 すべてを表示する « Previous 1 … 4 5 6 7 8 … 18 Next »