Home/ 新着一覧 新着一覧 間違った金融規制案を迎撃せよ!――日本から生まれる新しい世界秩序 2015.05.12 文/HS政経塾2期卒塾生 川辺 賢一 ◆間違ったグローバルスタンダード 「90年代には、アメリカ押し付け型の『グローバルスタンダード』というのが流行っていましたが、これによって、他の国の経済は、そうとう破壊されたところがありました。」 「少なくとも、日本の経済が、『グローバルスタンダード』によって破壊されたことは間違いないと思います。これによって、日本の金融機関は軒並み潰れました。」 幸福実現党・大川隆法総裁が『国際政治を見る眼』(2014)のなかで、こう指摘するように、世界経済、とりわけ90年代の日本経済は、グローバルスタンダードの名を借りた金融規制、いわゆるバーゼル規制によって、大変、苦しめられてきた経緯があります。 以前にも筆者が指摘したように、それは当時、躍進中だった日本経済を狙い撃ちしたような内容であるばかりか、結果的に世界経済の低迷をも促すものでした。 参照:http://hrp-newsfile.jp/2015/1994/ http://hrp-newsfile.jp/2014/1478/ しかしながら、主要国からなるバーゼル銀行監督委員会は再び、間違った金融規制案を各国に課そうとしております。 具体的な規制内容としてバーゼル委員会は2つの選択肢を示しています。 1つは、購入時より値下がりしていく国債を保有している銀行は、新しい共通ルールにもとづいて、その国債の一部を売却するか、新たに資本を増強する必要に迫られるというもの。 もう1つは、各国の金融監督局の権限に基づいて国債値下がり時の売却や資本増強が求められるという内容で、不合理な規制に関しては、事実上、各国の裁量で無視できる余地が残ります。 もしも、最初の案が導入されれば、国債の値下がり時に、銀行によって国債が売却され、それが国債の値崩れにつながり、また国債が売却される、悪循環に陥る可能性があります。 これに対して銀行の国債保有率の低い欧州は規制強化を主張し、対して長期国債を多く保有する銀行の多い日米は各国の裁量の余地が残された柔軟な仕組みを求めています。 80年代後半に発案された国際金融規制(バーゼルI)は米英の結託によってグローバルスタンダードとなりましたが、今回の規制案は、日米で結託し、戦略的に迎撃していくべきです。 ◆日本は国際金融に関する骨太の哲学を持て さて、世界共通のルールに対して、異議を唱え、新しいルールの発案をしていくには、金融や貨幣、国債に関する根本的な議論が必要です。 国際金融論の大家として知られるJ・M・ケインズは、かつて「現金には国債やその他の資産とは違って金利がつかないのに、なぜ人々は現金を持ちたがるのか」という問題提起をしました。 ケインズは、様々な資産や財・サービスと容易に即座に交換できる現金特有の性質(流動性)に着目し、国債やその他の資産に金利がつくのは、流動性を手放すことへの対価であると考えました。 しかし、現在、世界は超低金利時代に入り、特に日本の10年物国債の金利は、今年に入って史上初の0.1%台にまで低下しました。 国債の金利が最低水準にあるということは、ケインズの世界観からすれば、日本では今、現金と国債の境界がなくなりつつあることを意味します。 実際、幸福実現党・大川総裁は『もしケインズなら日本経済をどうするか』(2012)で、「ケインズの考えでいくと、日本のような大国になれば、『国債を発行する』ということは、『単に借金をする』ということではなく、『アメリカがドル紙幣を刷っているような感覚に近い』ということです」と述べています。 こうした世界観からすれば、「国債をリスク資産とみなして、国債の保有量に応じて資本(現金)を積み立てる」という発想自体、日本やアメリカではナンセンスなのです。 それに対して、欧州では一つの金融機関の不良債権問題で一国の政府が吹っ飛んでしまうような小国が数多くあります。 そうした小国が発行する国債と、現金と同等に近い性質(流動性)を持つ国債は区別されるべきです。 ◆日本が新しい世界秩序形成をリードせよ さて、中国主導のAIIB設立が世界を賑わせ、欧州や新興国と米国との間でも異なる見解や対立があるように、国際金融のアリーナでは次の世界秩序形成をリードしようと各国がそれぞれの思惑をぶつけ合っています。 例えば欧州連合(EU)も、見方によっては、かつてナポレオンもヒトラーも成し遂げられなかった欧州統一の夢・野望を、21世紀において、通貨と財政の統合という非軍事的な手法で静かに進めていると考えることもできます。 翻って日本はこれまでのように米国や欧州が発信する新しい秩序やルールに受身で従っているばかりであってはなりません。 世界一の債権国である日本は、新しい世界秩序の形成をリードするだけでの資力を持っているのです。その資力を生かして、日本から新しい提案や構想、世界秩序のあり方を発信していく必要があります。 中小企業にとって相続税は致命傷! 2015.05.11 文/HS政経塾4期生 幸福実現党・大阪本部副代表 数森圭吾(かずもり・けいご) ◆中小企業の永続経営を阻む壁 日本には中小企業が約390万社あり、これは全企業数の99.7%を占める数です。また、雇用の約7割を担い、日本企業の売上高の約半分を占めているのも中小企業です。 つまり、中小企業こそが日本経済の屋台骨であるといっても過言ではないでしょう。よって中小企業の成長を支えることは日本経済にとって非常に重要であると考えます。 一口に「中小企業」といっても様々な企業が存在し、多くの経営課題が存在しますが、多くの企業が共通して抱える課題の一つに「企業相続」があります。 「中小企業白書(2006)」によれば、中小企業は年間約27万社が廃業しており、この原因として企業相続問題が大きく影響していると言われています。 企業が永続的に発展するためには、経営者が交代する際などにスムーズに企業相続が行われる必要がありますが、ここで大きな壁となっているのが相続税なのです。 ◆中小企業相続と相続税 中小企業の社長やオーナーが死亡した場合、 その会社の株は残された家族などに引き継がれることになります。この際、この株が相続税の対象となります。 中小企業といっても、 資産評価すると数十億円の価値がある会社もあり、その場合の株に対する相続税は非常に高額となってしまいます。 ところが中小企業の非上場株式は、簡単に売却してお金に変えることができないため、 相続税支払いに必要となる資金繰りが非常に難しいというのが現状なのです。 ◆企業相続シミュレーション 会社の株価総額が20億円だとした場合、その会社の株式を息子に相続すると、息子には約10億円の相続税がかかるといいます。 ある税理士の試算では、会社を引き次ぐ以前に、この息子が30台半ばからその会社の役員となり、年間に役員報酬を毎年2000万円受取ったとした場合、生活費・所得税を支払って貯金できるのは年間700万円程度となります。 そして20年後、息子の年齢が50台半ばになって父親からの事業承継が必要となった場合、息子の預金は1.4億円程度で、株式にかかる相続税10億円には遠く及ばないことになります。 このように企業相続するにも相続税が払えず廃業するという企業が多数発生しているのです。企業相続において相続税は非常に大きな壁となってしまっているのです。 過去には銀座の一等地にある文具店の社長が、莫大な相続税負担を悲観して自殺するという痛ましい事件も起こっているほどです。 ◆相続税に関する要件緩和 このような状況の中で、15年1月から相続税に関する、中小企業の非上場株式を承継する際の税負担を軽減する「納税猶予制度」の要件が一部緩和されました。 緩和内容としては大きく以下の内容が挙げられます。 ・事前確認の廃止 ・親族外承継の対象化 ・雇用8割維持要件の緩和 ・納税猶予打ち切りリスクの緩和 ・役員退任要件の緩和 ・債務控除方式の変更 ※詳細・中小企業庁HP http://www.chubu.meti.go.jp/c71jigyousyoukei/syoukei_tirashi0329.pdf しかし、これらの制度がどれほど機能するかは極めて不透明です。 2008年にも企業相続にかかる相続税の納税猶予制度改善策が導入されましたが、この制度の対象として認定された件数はわずか258件でした。 企業相続の際に発生する相続税は、企業の永続経営に対する影響力の大きさから考えても、要件緩和という手段ではなく、税制の根本的な見直しが必要なのではないでしょうか。 ◆世の中に必要とされる中小企業が残っていくために そもそも企業とは世にサービスを提供し、社会を豊かにするものであり、個人の枠を越えた社会的な存在だといえるでしょう。 そして中小企業の経営者が保持する自社の株というものは、企業が社会に貢献するための経営資産でもあります。 社会から必要とされ、利益を上げている会社が税金によって廃業に追い込まれるという事態には違和感を感じざるを得ません。 相続税が肯定される根拠なかに「相続などで無償所得した財産には課税し、社会に還元すべき」という考え方がありますが、企業相続に関して課税対象となる財産は、「企業の社会性」の観点から考えても、個人財産と同様の扱いをすべきものではないと思われます。 これらの理由から、日本の中小企業がより発展していくためにも、企業相続において発生する相続税には今後「減税・撤廃」が必要であると考えます。 「河野・村山談話」は、日本が20年低迷した元凶 2015.05.09 文/幸福実現党・政務調査会 佐々木勝浩 ◆安倍首相に自虐史観を一掃する「戦後70年談話」を求める署名活動展開中! 「河野・村山談話」の無効を宣言し、自虐史観を一掃する「戦後70年談話」を求める署名 http://info.hr-party.jp/2015/4162/ 現在、幸福実現党では、上記の署名活動(7月23日締め切り)を行っています。 すでに多くの署名が届き始めていますが、その署名活動を後押しするため基本的なことではありますが基礎知識を振り返っておきます。 ◆日本が20年低迷している元凶 『「河野談話」「村山談話」を斬る!』の「あとがき」で大川隆法総裁は以下のように指摘しています。 「両談話を斬らない限り、憲法9条の改正や「国防軍の創設」は難しかろう。「河野談話」「村山談話」は、日本を転落させた歴史認識であり、日本の20年の低迷の元凶でもある。」 『「河野談話」「村山談話」を斬る!』大川隆法著/幸福の科学出版 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=992 国防を強化するためにも、間違った歴史認識を改める必要があります。また「日本が悪かった」という認識が、日本人の潜在意識に刷り込まれ、日本は経済的にも発展してはいけないという認識が蔓延してしまいました。 ◆そもそも「河野談話」「村山談話」とは? 『「河野談話」「村山談話」を斬る!』/第1章より 「河野談話」が出たのは1993年で、もう20年も前です。当時、河野さんは宮澤内閣の官房長官でした。 まず、河野さんが、官房長官の立場で、従軍慰安婦について、「調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた」と述べ、「同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」と述べています。 その2年後に、村山さんが、従軍慰安婦など個別具体的なことには言及していないものの、「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」と述べ、総括的な反省を行う旨を書いてあります。(引用おわり) ◆そもそも「自虐史観」とは? 「戦争中に日本は悪いことをした」という歴史認識です。とにかく謝罪しろと言われれば、謝罪する、そんな卑屈な国民性が浸透してしまっています。 真実の歴史を取り戻し、日本人としての自信が持てなければ、日本のさらなる繁栄はありません。 ◆「慰安婦」の強制連行は本当にあったのか? 日本政府の調査でも日本軍が女性たちを強制連行して慰安婦にしたという記録資料は見つかっていません。 また、いわゆる「慰安婦問題」の火付け役の朝日新聞が、昨年8月、「河野談話」で謝罪したような「日本軍が朝鮮半島で20万人を連行し性奴隷にした」という事実はなかったと、記事を取り消しました。 ◆「南京大虐殺」はあったのか? 当時(1937年12月)の南京の居住者は約20万人。南京市民の大半は日本と国民党軍の戦いが始まるというので南京を脱出しました。 それでも20万人は南京尾安全区に避難していたのですが、日本が南京に入城し、治安が回復すると安心して南京に戻ってくると、間もなく人口は25万人になりました。 中国は日本軍が30万人を虐殺したと言っていますが、20万人しかいないところでどうやって30万人を殺すのでしょうか?しかも 1ヶ月後に25万人になっているというのに。 人口が増えていることは、国際委員会が管理していた安全区の記録にも残っていることです。 ◆日本は悪い国だったのか? 「村山談話」では、アジアに対して多大な迷惑をかけたと謝罪しています。 しかし東南アジアでは、パラオ、インドネシア、インドなど、自分たちの国が西欧の植民地から独立できたのは、日本が西欧に対して戦ってくれたからだと今でも感謝しています。 ◆なぜ韓国や中国は「反日」なのか? 「反日」を国策に掲げ、日本を永遠に謝罪させ続ければ、日本からお金を引き出せると考えているからです。 アジアに迷惑をかけたということを言っているのは、中国と韓国だけです。「嘘の歴史」に対して日本が謝罪し続けることほど愚かなことはありません。 以上、今年は日本が真実の歴史認識を取り戻す最後のチャンスと言っても良いでしょう。安倍首相は、歴史観に関するなんらかの「70年談話」を発表するでしょうが、「河野・村山談話」を踏襲することだけはやめていただきたいと思います。 首相が談話を出される際は、是非下記を参考にしていただきたいと思います。 ◆大川談話――私案(平成25年 8月15日に発表) わが国は、かつて「河野談話」(1993年)「村山談話」(1995年)を日本国政府の見解として発表したが、これは歴史的事実として証拠のない風評を公式見解としたものである。 その結果、先の大東亜戦争で亡くなられた約三百万人の英霊とその遺族に対し、由々しき罪悪感と戦後に生きたわが国、国民に対して、いわれなき自虐史観を押しつけ、この国の歴史認識を大きく誤らせたことを、政府としてここに公式に反省する。 先の大東亜戦争は、欧米列強から、アジアの植民地を解放し、白人優位の人種差別政策を打ち砕くとともに、わが国の正当な自衛権の行使としてなされたものである。 政府として今一歩力及ばず、原爆を使用したアメリカ合衆国に敗れはしたものの、アジアの同胞を解放するための聖戦として、日本の神々の熱き思いの一部を実現せしものと考える。 日本は今後、いかなる国であれ、不当な侵略主義により、他国を侵略・植民地化させないための平和と正義の守護神となることをここに誓う。 国防軍を創設して、ひとり自国の平和のみならず、世界の恒久平和のために尽くすことを希望する。なお、本談話により、先の「河野談話」「村山談話」は、遡って無効であることを宣言する。 新しい国づくりへ――「宗教立国」の大義を掲げて 2015.05.08 文/幸福実現党石川県本部副代表 宮元智 ◆「人の命は地球より重い」は本当か 現在日本において、福島の原発をめぐる問題、沖縄の基地問題など、明確な結論が出せずに混迷しているさまざまな難問があります。 反核、反原発、反戦、反米軍基地など、さまざまな反対運動がありますが、これらは必ずしも悪意ではなく、人の命を守りたい、という純粋な動機で運動に参加している人も多いのではないでしょうか。 しかし、日本では普遍的な真理のように思われている「人命最優先」は、本当に普遍的な真理なのでしょうか? 「人の命は地球より重い」とは、ダッカ日航機ハイジャック事件(1977年)の際の福田赳夫首相(当時)の言葉として有名です。人の体重と地球の質量ならば圧倒的に地球のほうが重いのですが(約10の23乗倍?) 、人の命と地球の重さは、同じ尺度では測れません。 「人命とは何にも増して尊いのだ」ということの美しい比喩だと解釈するとしても、くだんの福田元首相は、犯人の要求どおりテロリストを釈放したことによって、日本人人質の命を最優先する代わりに他の国の人々の命は危険にさらしてしまうという顛末になってしまいました。 また、沖縄の普天間基地の移転先として反対運動が起きている辺野古の海では、人の命よりジュゴンの命のほうが大事になってきているような気配さえあります。 このように、「人の命は地球より重い」という感性に訴え、共感を得やすい言葉も、普遍的な真理でもなんでもない言葉だということがお分かりになると思います。 ◆「人命最優先」が“国是”となった日本 しかし、「人命最優先」は日本の国是となっている感があり、わが安倍首相におかれましても、「河野・村山談話」同様、しっかり継承されているようです。 2013年のアルジェリア人質事件、今年に入っての「イスラム国」による日本人人質事件においても、そのように語っておられます(もっともその一方で「テロには断じて屈しない」とも言っておられますが)。 ◆「人命最優先」の奥に潜む唯物論 もとより人命は尊重されるべきですが、これを持ち出されると反対できない空気があります。このあたりが、いわゆる左翼勢力に対して、明確に論駁できないでいる原因の一つなのではないでしょうか。 こうした状況を見ていると、右も左も、戦後の唯物論的思潮にどっぷりと浸ってしまっていると感じます。 ◆宗教政党としての幸福実現党の存在意義 こうした中で、「この世とあの世を貫く幸福」を探究している幸福の科学を母体とする宗教性党・幸福実現党の存在意義は大きいと言えます。 すなわち、この世での生存のみを尊いと考えるのではなく、この世の人生は、永遠の生命の中で、魂を向上させていく魂修行の場として尊いのです(「霊的人生観」)。 こうした霊的人生観の前提に立って、地上をユートピアに近づけていこうという幸福実現党の考えは、この世での生存や幸福のみを考えている現代の政治状況の中で異彩を放っています。 唯物論の行き着くところは、結局のところ、「自分さえよければいい」というエゴイズムとなり、「今さえよければいい」という刹那主義となりましょう。 こうしたことでは、「国家百年の計」を立てるべき政治の使命は果たせないし、数年に一度の選挙に勝つことのみに腐心した結果、政治はますます劣化していくことになります。 こうした流れに一石を投じるだけでなく、流れ自体を大きく変えようとしているのが幸福実現党です。 ◆「宗教立国」を目指して 宗教に対して、まだまだ偏見が強い現代に、敢えて「宗教立国」を掲げることは、「日本を決して唯物論国家にしない。また、唯物論国家の属国にはしない」という強い意志表示でもあります。 神仏や宗教を蔑ろにし、精神的主柱を失った民族は、その誇りも失い、滅びるか、他国の隷属化に置かれるしかありません。 「宗教立国」を掲げることは、わが国に精神的主柱を取り戻し、日本の誇りを取り戻すことに直結します。 ◆新しい国づくりを! 戦後の一貫した歴史認識の中で、先の大東亜戦争は、日本が起こした無謀で残虐な侵略戦争だったとされていますが、真実は、祖国防衛と、アジア解放のための、日本神道系の神々の意思を体した“聖戦”でした。 これを世に認めさせることは、まさしく“クォンタム・リープ”と言っていい大転換です。この歴史認識の大転換をやってのけ、戦後体制の総決算をし、新しい国づくりをやっていこうというのが、幸福実現党の志であり、気概です。 かつて聖徳太子は、十七条憲法の中で、「篤く三宝を敬へ。三宝とは仏・法・僧なり」(第二条)と述べておられます。堂々たる宗教立国、仏教立国の宣言です。 かつての聖徳太子の理想を、現代に新しい形で実現することが、幸福実現党の使命でもあります。 その使命は、限りなく大きいものでありますが、国家百年、人類数千年の未来を拓く気概で精進してまいりたいと思います。 一人でも多くの方々が、「幸福維新の志士」として目覚め、この新しい国造り運動に参画されますことを祈念致します。 「戦争を起こさせない」ために、安保法制改革の実現を! 2015.05.07 文/HS政経塾スタッフ 遠藤明成 本年の憲法記念日には、護憲派と改憲派が集会を開催し、それぞれの主張を訴えました。 今後の安保法制改革の向かうべき方向を見定めるために、今回は、5月3日に出された両者の主張を対比してみます。 ◆支離滅裂な主張が続く護憲派集会 護憲派は、憲法記念日に「平和といのちと人権を! 5・3憲法集会」を横浜市で開催し、「集団的自衛権の行使」や「戦争のための全ての法制度」への反対などを訴えました。 大江健三郎氏は、現政権が成立を目指す安保法制に対して、「安倍は日本の国会で(そのことについて)はっきり述べて、われわれ日本人の賛同を得たことはない」と述べ、憲法学者の樋口陽一東大名誉教授は、国民を飢えさせないことと、絶対に戦争をしないことが政治の役割だ(※)として、安倍政権を批判しています。(産経ネット版:2015.5.3) ※これは樋口氏の友人である菅原文太氏(俳優)の遺言 しかし、この批判はどちらも的外れです。 自民党は14年の選挙で「安全保障法制を速やかに整備します」と公約し、13年公約ではガイドライン改定、12年公約でも「集団的自衛権の行使」を明記していました。今回の安保法制改革は民意の審判を経ずに出てきたわけではありません。 また、「絶対に戦争をしないこと」を政治の役割とした場合、他国からの侵略に対して政府は何もできません。一切の戦争が禁じられたならば、侵略に対して自衛のために戦うこともできないからです。 集会では、精神科医の香山リカ氏が、「私たちはこの憲法を変えるどころか、まだ使い切ってもいない」と述べていましたが、有事に「使いものにならない」ことが、今の憲法の最大の問題点なのです。 ◆現行憲法の矛盾を批判する改憲派 一方、改憲派に関しては、東京町の砂防会館別館で開かれた公開憲法フォーラム「憲法改正、待ったなし」の内容が報道されています。(産経ネット版:2015.5.3) 基調講演を行った櫻井よしこ氏は、「平和を愛する諸国民の公正と信義」と書かれた憲法前文を問題視しています。 講演では、例えば、「中華人民共和国のような平和を愛する国の公正さと信義の厚さを信頼して、日本国と日本国民の安寧と生存を守っていこうと決意した」と書かれていたら、受け入れられるかどうかを聴衆に問いかけました。 前文は日本の近隣に「平和を愛する諸国民」が満ちていることを前提にしているので、この精神を遵守した場合、反日的な軍拡国家(中国や北朝鮮など)の善意を信頼しなければいけなくなります。この理不尽さを指摘しているわけです。 ◆中国の軍拡や北朝鮮の拉致や核開発から目を背けてはならない 両者を比べると、護憲派と改憲派とでは、平和への「脅威」と見なすものが違うようです。 護憲派は安倍政権を平和への「脅威」と見なしていますが、改憲派は軍拡を続ける中国や北朝鮮などを「脅威」と見なしています。 しかし、戦後史を振り返ると、中国はチベット、東トルキスタン、南モンゴルを武力で奪い、台湾(金門島砲撃など)やベトナム(中越戦争)、インド(中印戦争)などに戦争をしかけました。 そして、北朝鮮は世界最悪の人権弾圧を続けながら核ミサイル開発を進めているのです。 この両国の戦争や非人道的な行為から目を背け、集団的自衛権の行使や安保法制改革で日本が戦争国家になると批判する護憲派の主張は、東アジアの現状を無視した悪質なプロパガンダだと言わざるをえません。 ◆「戦争を起こさせない」ためには、安保法制改革が必要 戦後70年、日本の平和を守ってきたのは、憲法九条ではなく、日米同盟と自衛隊の「抑止力」でした。 今回の安保法制改革は、昨年の集団的自衛権の行使容認、訪米時のガイドライン改定を踏まえ、日米同盟の抑止力を強化することで、近隣の野心ある国に「戦争を起こさせない」ための改革です。 また、万一、戦争をしかけられても、それに対応できる体制をつくるための改革でもあります。 安保法制改革は先延ばしが続いてきましたが、戦後70年の本年にこそ、これを現実にし、さらに九条改正に向けた気運を高めていかなければなりません。 【参照記事】(どちらも産経ネット版:2015.5.3) 【憲法記念日】「すべて安倍のせい」と護憲派が横浜でスパーク 大江健三郎氏「米演説は露骨なウソ」 香山リカ氏「憲法使い切ってない…」 【憲法記念日】櫻井よしこ氏「憲法前文は変な日本語。文法も間違い」「皆さんの命を中国に預けますか?」 憲法フォーラムで基調提言 家族福祉としての消費減税――少子化対策 2015.05.06 文/幸福実現党・千葉県本部副代表 古川裕三 ◆我が国の子供の数 総務省が5日の「こどもの日」にあわせて発表した「我が国のこどもの数」によると、15歳未満の子供の今年4月1日現在の人口は、昨年より16万人少ない1.617万人で、34年連続の減少で、過去最少を更新しました。 また、子供の人口の割合は12.7%であるのに対し、65歳以上人口の割合は26.4%であり、高齢者人口に比べ、子供の人口の割合が半分以下であり、少子高齢化がより進行していることがわります。 ◆「子育て支援」から「結婚支援」へ ではどうしたら、この人口減少に歯止めをかけることができるのでしょうか。今までの政府の少子化対策の中心は「子育て支援」であり、「結婚支援」ではありませんでした。 このことについて、「婚活」(就職活動ならぬ結婚活動の略称)という言葉の生みの親、家族社会学者の山田昌弘氏は、著書『婚活時代』のあとがきのなかで、以下のように述べています。 「少子化の直接の要因が「未婚化」、つまり、結婚する人の減少にあるのにもかかわらず、少子化対策として打ち出されるものは、子育て支援(保育所整備や育児休業導入や児童手当)なのです。」 政府の少子化対策の力点は、結婚支援策という本丸ではなく、「仕事と子育ての両立支援」という側面支援に置かれてきたことは否めません。 ただようやく、政府も近年、少子化対策交付金を確保し、各自治体における結婚支援を後押しするようになってきました。 例えば、広島県では職場に狙いを定めて企業内婚活サポーター制度を始めています。 これは、企業の推薦者に結婚支援とセクハラ・パワハラのボーダーラインについて注意を促す内容の研修を施し、社内婚活のサポートを行うというものです。 そのほか、大分県のある自治体では婚活サポーター制度を導入し、サポーターが成婚まで導くと一組あたり10万円の成功報酬を支給し、さらに市外居住者を結婚させ、市内に移住させたら一人につき5万円を加算するなど、各自治体もあの手この手で結婚支援に乗り出し始めています。 ◆少子化問題の本質 しかし、少子化問題の本質は、未婚・晩婚化であり、その背景には不安定雇用という経済的理由が存在します。 内閣府「少子化社会対策白書」(2014年版)によると、理想の子供数を持たない理由として、「子育てにお金がかかりすぎるから」が多くなっています。 自らの選択で結婚しないという人が増えているというわけではなく、実際は低収入や雇用が不安定なために結婚できない人が増加しているというのが現実です。 総務省の就業構造基本調査(2012年)によると、非正規労働者は5年前に比べて153万増の2043万人となり、雇用者全体に占める割合では38.2%にも上っています。 また、先の「少子化社会対策白書」によると、2013年の30〜34歳の正規労働者の57.1%は結婚できていても、非正規になるとその半分も結婚できていないという実態も明らかとなりました。 ◆若者に雇用を その意味では、経済政策としてだけではなく、若者の結婚支援策としても、雇用の安定化が極めて重要な課題といえます。 本丸は、非正規雇用の増大に歯止めをかけ、正社員化の流れをつくることですが、しかし、だからといって、政府が企業の労使問題に口をはさみ、賃上げ要求などすべきではありません。 なぜなら、政府の要請に従って賃上げするには、企業は正規雇用の数を減らして、非正規を増やして対応するしかなくなります。 つまり、デフレ脱却を焦って企業に賃上げ要求をすると、かえって非正規雇用が増えて、また不安定な若者が増大し、結婚できない人がさらに増えるという、負のスパイラルに陥ることになるからです。 ◆ボトルネックは何か 結婚支援、子育て支援の拡充策もさることながら、まず政府がやるべきは、企業が正規雇用を増やすことができない「ボトルネック」をこそ解消することです。 そのボトルネックとは何でしょうか。 それは、2017年にやってくる2度目の消費増税です。3月31日、15年度税制改正関連法が参院本会議で可決、成立しましたが、15年10月に予定していた消費税率10%への引き上げを1年半先送りし、17年4月とすることが確定してしまいました。 しかも、今回は、「景気条項」は削除されました。つまり、17年4月の段階で景気が悪化していても容赦なく、問答無用で増税されるのです。 今から約2年後に待ち受ける増税という確定事項に、企業は「備え」ざるを得ません。 増税によってさらにお客さんが減る、売上が減ることが予測されるわけですから、設備投資や求人を易々と増やすことなどできません。その結果、このままいけば、未婚化はさらに進むでしょう。 逆に、消費減税の効果は、実質可処分所得の増加、消費の拡大、企業の売上増加、給与アップというサイクルを生み出し、好景気に向かっていきます。 そして、非正規社員が正規社員へと移行する道も開け、結果として結婚に踏み出せる若者も増えるはずです。 ◆家族福祉としての減税政策 幸福実現党は、その対策の一つとして、デフレ加速策にして、少子化進行政策である、まさしく「百害あって一利なし」の消費増税法の廃止と、まずは5%への減税を強く訴えていきます。 「戦後70周年、『唯一の被爆国』としてのあるべき姿とは?」 2015.05.05 文/幸福実現党・山形県本部副代表 城取良太 ◆有名無実化する核拡散防止条約 5年に1度行なわれる核拡散防止条約(NPT)を再検討する会議が、先月27日よりニューヨークの国連本部で開会され、約1ヶ月間、核軍縮や不拡散を前進させるための話し合いが行なわれることになっています。 NPTは、1970年3月に発効された多国間協定であり、2010年5月現在で世界の190カ国が加盟しております。 建前としては、核兵器廃絶という理想を掲げ、核兵器の削減、核拡散の抑止を目的としておりますが、現実的には戦勝国史観に立ち、核兵器を限られた国のみで独占するための「参入障壁」といえましょう。 例外的に、イスラエルに関してはアメリカの黙認によって、NPT非加盟であるにもかかわらず、数百発もの核弾頭を保有しており、こうした「二重基準」が不公正感を生み出し、インドやパキスタンは非加盟ながら核保有を実現し、北朝鮮もNPT脱退後、3度の核実験で核保有国であることを世界に認めさせようとしています。 このように、NPTすでに歴史的に限界を露呈し続けており、既に有名無実化しているといって過言ではありません。 ◆拡散するのが核兵器の性質 実際に、NPTの理念とは正反対の「核拡散」が中東地域を中心に席巻する見通しとなっています。 その象徴がイランの核開発問題でしょう。 4月上旬、イランが保有する遠心分離機を3分の1に減らす代わりに、欧米は対イラン制裁を解除するという内容で枠組み合意を受けて、イランが核兵器開発に突き進む最悪の事態は避けられたとされています。 しかしながら、イランの最高指導者、ハメネイ師が4月9日、テレビ演説で対話路線を強調しつつも「これまでの交渉は合意も内容も保証せず、交渉が最終決着するまで続くことも保証しない」と延べ、議論が白紙に戻る可能性も示唆しています。 イランは核開発を継続すると踏んでいる周辺国も躍起になって核保有に動き出しております。 イランとシリア、イエメンで代理戦争を行なうサウジアラビアも、イランが核保有を実現した際には、パキスタンから1ヶ月以内に核兵器を入手すると見られています。 イラン、サウジアラビアが核兵器を保有したと分かれば、エジプト、トルコも必ず核保有に動き出すはずで、自然の摂理としては、中東各地に核は拡散していくことになるのです。 ◆戦後70周年に相応しい「唯一の被爆国」としての立ち位置を! 極東に目を向けてみても、拡散とまではいかずとも、日本にとって危険な国ほど核戦力を拡張している現実があります。 現在行なわれているNPT再検討会議においても、核開発を続ける北朝鮮に対して、全ての核兵器を廃棄するよう強く要求されていますが、北朝鮮がそんな警告を聞かないのは明らかです。 また、中国の確保有数が不明確であることを踏まえて、岸田外相は「核戦力の透明性確保」が重要であると強調していますが、中国がそうした勧告に従うとは思えません。 その一方で、日本においては相変わらず「核アレルギー」という空気感に囚われ、核を保有すべきかどうかという議論を健全に行なう土壌すらない状況にあります。 戦後の日本は、「唯一の被爆国として核兵器等の廃絶など、最大限の努力をすべきである」とリアリズムの世界では全く通用しない主張を繰り返してきました。 戦後70周年を迎えるにあたり、「原爆のような大量破壊兵器によって、二度と自国民の生命や安全を脅かさない万全の国防体制を構築するべく、核保有も視野に入れる」という選択肢も持つべきでありましょう。 まずは「核アレルギー」をなくし、核保有すべきか否かを議論できるニュートラルな空気感が醸成されることこそ、中国や北朝鮮への大きな抑止力になってくるはずです。 畜産業の輸出産業化に向けて――和牛を世界へ 2015.05.04 文/HS政経塾4期生 幸福実現党・鹿児島県本部 副代表 松澤 力(まつざわ・いさお) ◆増加する農産物の輸出額 農林水産省は、2014年の日本の農林水産物・食品の輸出額が6,117億円となり、1955年に統計を取り始めて以来初めて6,000億円を突破したと発表しました。 前年比11%の増加で、2年連続で過去最高を記録しました。これは、世界的な和食ブームが続いていることや、海外政府に農産物などの輸出規制の緩和を働きかけていることが背景となっています。 農産物の輸出額は前年比13%増の3,570億円となり、牛肉も41%増の82億円となりました。 農水省は「国産牛の輸入を止めていたメキシコやインドネシア、ベトナムなどと検疫協議がまとまり、輸出の伸びに弾みがついている」と説明しています。 政府は、2020年に農林水産物・食品の輸出額1兆円を突破させる目標を立てており、このうち牛肉の輸出額は、250億円(4,000トン)に増やす方針となっています。 畜産物に関してのTPP交渉は、日本が牛肉や豚肉にかける関税の引き下げを巡り、輸入量が急増した場合に関税を一時的に引き上げる「セーフガード」の発動要件については一定の歩み寄りが実現したとみられており、事務レベル協議でさらに詰める方向で進行しています。TPP交渉参加12カ国は、5月中にも閣僚会議を開き、大筋合意を目指しています。(4/22 毎日新聞) ◆畜産物輸出促進協議会の発足 和牛輸出についてのこれまでの課題として、産地や事業所がばらばらに輸出に取り組み、連携して日本ブランドを発信することが難しい状況でした。 そこで2014年12月、牛肉などの畜産物の販売促進や海外での市場調査などを連携して取り組む「畜産物輸出促進協議会」が発足しました。 この協議会は、中央畜産会が事務局を務め、北海道などの都道府県、伊藤ハムなどの企業を含め、40を超える畜産関係の団体や企業、都道府県が参加することとなりました。今後、都道府県のさらなる参加も見込まれています。 牛肉輸出は、意欲のある産地や事業者が個別に取り組んでいるため、産地名が前面に出て、日本の牛肉だと認識されにくいことが海外で頻繁に起きていました。 協議会では、和牛で統一のロゴマークを作るなど日本ブランドを発信すると共に、今後、輸出先でのアンケート調査結果を会員に共有するなどの情報収集も行う予定です。 ◆和牛の輸出推進へ 3つの提言 ここまで、和牛輸出に関しての現状や取り組みを御紹介させていただきました。しかし、今後の和牛輸出をさらに拡大し輸出産業へと進化させていくためには、まだまだ取り組みが必要となります。 今回は、現在優先すべき3点につきまして提言させていただきます。 1点目は、和牛の輸出可能国の拡大です。現在、和牛が輸出可能になっているのは14の国・地域のみになっています。 輸出拡大に向け台湾・マレーシア・中国など、今後の和牛需要が期待される国々を中心に、輸出解禁に向けた積極的な交渉が必要です。 またイスラム圏の国々では、イスラム教で定められた「ハラール」という作法に対応した食肉でなければ食してはならない決まりもあるため、日本も柔軟に対応できる輸出体制づくりが必要です。 2点目は、輸出業務(検疫・検査)などの簡素化・効率化交渉です。輸出相手国によっては、検疫手続きや検査制度が十分整っていない国もあります。 カナダの例では、輸出に使用する港によって検査基準が曖昧で基準が異なる場合があることや、商品の表示ラベルの事前登録手続きが煩雑、といった課題もあります。 輸出国が増えたとしても、事業者がスムーズに輸出できる環境を整えていく取り組みも必要となります。 3点目は、「多様な部位」と「和牛調理法」をセットで輸出していくことです。 現在、欧米向けなどには、和牛のサーロインやヒレなどは、ステーキ用として非常に人気があります。ブランド力の高い神戸牛は、イギリスで1kgあたり約7万円という非常に高値で取引されるケースもあります。 ただ、和牛の特定部位だけが売れているばかりでは、輸出規模は限定されてしまいます。日本の和牛調理法には、しゃぶしゃぶ・すき焼き・焼肉など、様々な和牛の部位を非常に美味しく食べられるものが数多くあります。 現在の世界的な和食ブームを追い風に、世界各国の食品展示会などで和牛調理法もさらに積極的にPRし、多様な部位を世界に輸出していくきっかけをつくっていくことが求められます。 以上、3点の提言をさせていただきました。今回は、優先すべき3点の提言のみとなりましたが、畜産業を輸出産業へと進化させるための道のりは、まだまだ長いものがあります。 畜産業や農業に、多くの若い方が魅力を感じていただくようにするため、さらに産業進化に努力を重ねて参ります。 武士道国家としての矜持 2015.05.03 文/幸福実現党・岐阜県本部政調会長 加納有輝彦 ◆60年安保を上回る大転換? この度の、安倍首相の訪米に合わせ、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)が18年ぶりに改定され、日本が集団的自衛権を使うことを盛り込み、米軍への後方支援の地理的制限をなくしました。 安倍首相が掲げる「積極的平和主義」を反映し、自衛隊の米軍への協力を地球規模に拡大する内容で、自衛隊のあり方が根本から変わるとされています。(朝日デジタル 4/28) この変更は、祖父の岸信介首相が行った安保改定(60年安保)を上回る、自衛隊の本質の大転換がなされるものだという批判も聞かれます。 安倍首相も米連邦議会の上下両院合同会議における演説の中で、今、取り組んでいる安全保障法制の整備は、戦後初めての大改革であるとし、この夏までに成就させると明言しました。 ◆禅問答の如き憲法解釈 安全保障法制の整備は、武力攻撃事態法、周辺事態法等の改正、恒久法国際平和支援法の制定などが想定されますが、大きく「日本の平和と安全」「国際社会の平和と安全」の二つを柱とし、その中心論点は、昨年7月に閣議決定された集団的自衛権の限定的な行使容認です。 政府は、集団的自衛権の限定的行使の容認の根拠として、憲法の番人たる最高裁の砂川判決をしばしば引用しています。 砂川判決とは、1959年12月に出された最高裁判決で、日米安保条約にもとづく駐留米軍が憲法9条2項に違反するとした1審判決(東京地裁1959年3月)を覆すものでした。 判決は、日本は憲法9条2項により戦力は保持しないが、これによって生ずるわが国の防衛力の不足を、憲法前文にいう「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼する」ことによって補う事は否定されていないとし、頼るべき対象は、わが国に駐留する米軍でも何ら問題はないとしました。 憲法9条2項が禁止した戦力とは、わが国の戦力をいうのであって、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、憲法にいう戦力には該当しないと解すべきである・・・というような内容であります。 政府は、この判決を元に、最高裁は「主権国家として持つ個別の自衛権」は憲法上否定されていない、わが国が、自国の平和と安全とを維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置を執り得ることは、国家固有の権能の行使であるとしています。 この判決から半世紀が経過し、わが国を取り巻く安全保障の環境の変化に合わせて、この判決の法理は維持しつつ、集団的自衛権の容認の根拠となり得ると説明しています。 これら政府の憲法解釈は複雑ですっきりしません。 昨年7月に衆院予算委員会で安倍首相が集団的自衛権に関する質問に対して答えた、「武力行使の新3要件」も非常に抽象的で分かりづらいものでした。 ◆正々堂々と憲法改正を掲げ、潔く負けよ 安倍首相が掲げる「国際協調主義に基づく、積極的平和主義」を展開するためには、これらの複雑な憲法解釈変更の積み重ねにより煙幕を張るのではなく正々堂々と憲法改正を掲げて国民に説明する明快さが必要であります。 安倍首相は、米議会演説の冒頭で祖父の岸信介首相に言及し、自らを重ね合わせているようであります。 しかし、田中秀征福山大学客員教授は、民法のTV番組において「私は60年安保の時、学生であった。(国会を10万人とも30万人ともいわれる)デモ隊に包囲され、命の危険を感じながらも日米安保改定を断行した岸信介首相に対して、『敵ながらあっぱれ!』という当時の学生たちの言葉を聞いた。安倍首相も、憲法解釈変更でなく堂々と憲法改正を訴えるべきだ。」と発言していました。 また、昨日開催された講演会「新時代を創る力」において、幸福の科学グループ大川隆法総裁も「安倍首相は、禅問答をするのではなく、すっぱりと憲法改正を訴えるべき。堂々と国民に信託を仰ぐべき。そして潔く負けるべきだ。」と説かれました。 昨年7月に出版された「集団的自衛権はなぜ必要なのか」のまえがきでは、大川隆法総裁は、「安倍政権は次の総選挙で必ず憲法9条改正を掲げるべし。その勇気と気概がなければ、『武士道国家』としての恥を知るべきである。」と激を飛ばされました。 己の保身のために、本音を封印し、権謀術数をめぐらす政治家の群れにあって、正々堂々と正論を訴え、潔く負けていく「首相」の出現こそ、日本の誇りを取り戻す「魁」となりましょう。 参考:「集団的自衛権はなぜ必要なのか」大川隆法著/幸福の科学出版 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1213 【この一冊で、「集団的自衛権」がよくわかる!】 東アジアの現実に目を向けよ! 日本よ、いまこそ“半主権国家”から脱却せよ! ▽左翼的な平和勢力の掲げる「平和」とは侵略国家への隷属を意味する ▽護憲にこだわる平和主義者は、中国や北朝鮮にこそ憲法九条をすすめよ ▽他国は軍事拡張してもよいが日本だけはダメというのは偏った見解 ▽国を守るために必要な軍事力を持つことは間違っているのか ▽日本が軍国主義化を進めていると思うのは間違い ▽尖閣で軍事衝突が起こったらアメリカは本当に動くのか? ▽先の大戦における「日本原罪論」の誤りを正す ▽他国も自国民をも弾圧し、基本的人権を踏みにじる中国の暴走を止めよ ▽戦後70年、いざ「占領憲法」から「自主憲法」へ ▽滋賀県知事選における「自公の敗北」をどう見るか ▽安倍政権は次の総選挙で「憲法九条改正」を掲げるべし 「憲法9条」は世界に誇るべきものか? 2015.05.02 文/幸福実現党・政務調査会 佐々木勝浩 ◆平和憲法? 5月3日は、憲法記念日。朝日新聞の調査では、「9条改正賛成」が29%に対して「9条改正反対」は63%もありました。「憲法を変える必要がないと答えた人」に「特に大切だと思う分野」は、「戦争放棄」で78%でした。(5/2朝日) 今日もどこかで「憲法9条を改正することは、日本を戦争できる国にすることだ」「平和憲法は戦争放棄を謳った素晴らしいもの、世界に輸出すべき」と声高に叫ばれることでしょう。 あるお笑い芸人は「憲法9条を世界遺産に」と言い、昨年は一人の主婦が「憲法9条をノーベル平和賞に」という運動も起こしています。 ◆本当に憲法9条は素晴らしいのか? 「戦争放棄」は、「侵略戦争を含め、国際紛争を解決する手段として戦争に訴えることを放棄する」というものです。 結論から言うと、憲法9条にある「戦争放棄」(第一項)は、世界で一つしかないというほど特別なものではないのです。 同じ趣旨の規定は、国連憲章にもあります。 「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を…慎まなければならない」(憲章第二条) イタリア、アゼルバイジャン、ハンガリー、フィリピンの憲法にも「国際紛争を解決する手段としての戦争放棄」の規定がありあります。 またフランスは、憲法前文で「征服を目的としたいかなる戦争も企てないし、その武力をいかなる国民に対しても決して使用しないであろう」と規定しています。 他にもこうした「侵略戦争の否認」を規定は、ドイツや韓国の憲法にもあります。 西修駒沢大学名誉教授によれば、世界にある188の憲法典のうち、なんらかの「平和条項」をもっているのは158もあると言われています。 ですから日本の「平和憲法」は、日本の専売特許でもなんでもありません。 ◆では憲法9条の問題点は何か 憲法9条の二項では、「戦力の不保持」を規定しています。この「戦力の不保持」こそが問題で世界に例がないのです。 世界の国々の憲法には「戦争放棄」「侵略戦争の否認」など平和を希求する規定はありますが、ほとんどすべての国が「国の戦力としての軍の保持」を規定しています。 これは矛盾するものではなく、「国の戦力としての軍の保持」は「世界の常識」であり自衛の戦争を認めているのです。 国連憲章でも先に述べたように「武力による威嚇又は武力の行使を…慎まなければならない」と規定する一方で「国際連合加盟国に対して個別的又は集団的自衛権の固有の権利を害するもではない」(憲章51条)としています。 つまり、「憲法で平和条項を掲げる一方で、戦力もまた保持する」というのが「世界の常識」です。従って改正すべきは、「9条二項」であり、「自衛のための戦力の保持」をはっきり規定すべきです。 9条改正反対派は、「平和憲法を守れ!」「一言一句9条を変えてはならない」「9条を変えたら日本は戦争をする軍国主義の国になってしまう」と言います。 そうだとすると、日本を除く世界の国々は、すでに「軍国主義国家」であることになります。 ◆「戦争になったら逃げる」と答えた9条改正反対派 2007年8月、NHKで「日本のこれから…憲法9条」という9条の改正賛成派と改正反対派が分かれて討論したことがありました。 議論も進んだころ、司会が「もし日本が他国から攻められたら」という質問をしたのですが、9条改正反対派からは、「逃げる」「命は大切だ、命より大切なものがあるのか?」 という声があがりました。 その時、私はテレビにもよく出ているある左派識者が言った言葉を思い出したのです。 「他国から攻められても、自分たちが武器で人を殺めるようなことをするくらいなら抵抗しないことを選びたい。それで日本がなくなるなることがあってもそれもしょうがない。」 かつて戦争で他国に迷惑をかけた日本は滅んでもしかたがない、これが左派が言う「平和主義」です。 しかし侵略者が来た時に自分は逃げ、家族や友人が蹂躙されても黙ってみていることが、はたして本当の「平和主義」と言えるのでしょうか? ◆真の平和主義者とは 日本を侵略したいという国からすれば、多数の日本人が「自衛の戦力も持たず、自分の命は大切だから戦わない。それで国が滅んでもしょうがない」と思っている国民が多ければ、日本を簡単に占領できます。 戦後の日本はマスコミや教育でそんな国民をたくさん増やしてしまいました。 ところが国民に国を守るという覚悟があり、自衛の戦力を持っていたら侵略者は簡単には手を出すことができません。これが「抑止力」です。 自分の国は自分で守ることは当然として、さらにアメリカとの同盟が強固であったならどうでしょうか。 日本に手を出せばアメリカが出てくる、そうなれば簡単に日本を攻めることは出来なくなります。これが「集団的自衛権」です。 このように「日本国憲法」は世界に誇るべき「平和憲法」どころか、実際には日本の国を滅ぼしかねない危険な憲法であるのです。 参考:『憲法「改正反対論」大論破』日本政策研究センター すべてを表示する « Previous 1 … 117 118 119 120 121 … 252 Next »