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重大な分岐点が迫るロシア・ウクライナ戦争――停戦交渉の道を拓くべき【前編】

http://hrp-newsfile.jp/2022/4314/

HS政経塾スタッフ 遠藤明成

◆ウクライナ東部の戦いは重大な局面に

6月以降、ウクライナの戦いは、ロシア軍が攻勢に転じています。6月下旬には、ロシア軍は、ウクライナ東部の要衝・セベロドネツク市を制しました。

ゼレンスキー大統領は、欧米に武器支援の拡大を求めていますが、「支援疲れ」が広がり、欧米の識者の中からは、停戦の勧めも出てきています。

その代表は、国際政治学者のキッシンジャー氏です。同氏は、5月23日に開催されたダボス会議で、以下のように提言しました。(※1)

「和平交渉および交渉のための活動を、今後、2カ月以内に開始する必要がある」「戦争の結果は、それらによって形づくられるべきだ」

「特に、最終的な露欧関係と、最終的なウクライナと欧州との関係との間で、克服しがたい(あるいは全く克服されない可能性がある)動揺と緊張が生み出される前に」

「理想的には、その境界線は戦争前の状況に戻すべきだ」

「それ以上を求めると、NATOが結束して取り組んできたウクライナの自由のための戦争ではなく、ロシアへの新たな戦争になってしまう」

「それ(ロシアへの新たな戦争)は、境界線を引くことを不可能にし、困難にする」

この提言は、ウクライナに、全領土の奪回を諦めることを勧めています。

戦争前には、ウクライナ東部で「ルガンスク人民共和国」が独立を宣言していたので、この主張は、ウクライナがクリミア半島や東部の親露派支配地域を放棄することを意味するわけです。

これに対して、ゼレンスキー大統領は、「和平という幻想との交換を提案する領土には、普通のウクライナ人が実際に住んでいる」と反発しました。

まず、ロシアを侵攻前の地点に押し戻し、その後、クリミア半島や東部2州を取り戻すと気勢を上げました。

しかし、全領土の奪回を目指すゼレンスキー氏の路線でゆくと、戦争は終わりません。

欧米とロシアの代理戦争がさらに激化し、多くの国民が命を落とすことになります。

◆世界は対米追随国ばかりではない

日本のメディアは「ウクライナ応援」の一点張りですが、世界は、必ずしも、対ロ強硬派ばかりではありません。

まず、欧州を見ると、英国やポーランド、バルト3国などはバイデン政権のロシア弱体化路線を支持していますが、ドイツ、フランス、イタリアは停戦交渉が必要という立場です。

5月初めに、フランスのマクロン大統領は、ロシアに「屈辱を与えたいという誘惑や、報復したいという気持ちに屈してはならない」と述べました。

イタリアのドラギ首相は、訪米時に、欧州の人々は「停戦の確保と、信頼できる交渉の再開について考えたいと思っている」と発言をしています。

ドイツのショルツ首相は、マクロン氏とともに、電話でプーチン大統領と対話し、ウクライナに滞留する穀物を出荷できるよう、南部の主要港オデッサの封鎖解除を求めました(5/28)。

アジアやアフリカでは、さらに論調が違います。

G20の議長国インドネシアは、一貫して停戦を訴え、日米に反対されてもプーチン大統領にG20サミットへの招待状を送りました。

6月30日、インドネシアのジョコ大統領は、プーチン大統領にモスクワで会談した際、ゼレンスキー大統領からのメッセージを渡したことを明らかにし「両首脳の接触を調整する用意がある」と述べています。

インドは中立の立場をとり、「ロシアからの資源輸入を停止してほしい」という米国の要請を退けました。

アフリカ諸国(52か国)は、ロシア軍即時撤退を求めた3月2日の国連決議では、その半分がロシア非難に加わりませんでした。

つまり、世界のすべての国が、プーチンをヒトラーと同一視する風潮に賛同しているわけではありません。

日本では、反ロシア的な世論が盛り上がっていますが、わが国もまた、対ロ制裁に追随する以外の選択肢があることを忘れるべきではありません。

◆「ロシアは悪、ウクライナは正義」という報道は停戦交渉の妨げ

マスコミの多くは、プーチンをヒトラーと同一視し、ロシア軍をナチスと同じように扱っています。

しかし、こうした「世論」は、停戦交渉の開始を妨げます。

「ロシア軍はナチスと同じだ」という見方からは、「停戦交渉はナチスに領土を譲るのに等しい」という結論が導き出されるからです。

停戦を呼びかけたフランスの歴史学者エマニュエル・トッド氏も「敵国が怪物である」という印象操作が交渉の妨げになることを警告していました。(※2)

こうした風潮は、「ロシアは悪、ウクライナは正義」と色分けされた報道によって増幅されてきました。

その典型は、ロシア軍が一般人の犠牲も辞さない戦いを続けている、という批判です。

ただ、今回のウクライナの戦いは、もともと、国際法が想定したような戦いにはなっていません。

ウクライナ側では、大統領が国民に武器を取ることを呼びかけ、一般人が民兵になって戦争に参加するケースが常態化しています。

(※正規兵に比べて訓練が短い「民兵」を戦場に投入し、国際法に違反せずに戦い続けるのは難しいので、従来、国際社会は、こうした戦い方に否定的だった)

武器を取らなくても、市民がスマホやドローンを使ってロシア軍の兵士や戦車の居場所を通報し、そこにウクライナ軍が攻撃をしかけるようなケースも多々ありました。

ウクライナ市民も戦争の参加者になっているので、ロシア軍の攻撃も、それに見合って激化しました。

そのため、これ以上、戦いが拡大していけば、被害者はうなぎのぼりに増えていきます。

「『ロシア軍=悪。ウクライナ軍=正義』という色をつけた報道で煽ることは、停戦交渉の妨げになり、結果的に、被害者を増やすことを助けてしまうかもしれない」と、冷静に考え直すべき時が来たのです。

(後編につづく)

(※1)
Henry Kissinger: Ukraine Should Give Up Territory to Russia to Reach Peace 
BY GIULIA CARBONARO 5/24/22
https://www.newsweek.com/henry-kissinger-ukraine-should-give-territory-russia-reach-peace-1709488)

(※2)
日経ビジネスオンライン「エマニュエル・トッド氏『日本はウクライナ戦争から抜け出せ』」2022.5.31

遠藤 明成

執筆者:遠藤 明成

HS政経塾

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