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「南京大虐殺」の虚構――「崇善堂」の埋葬記録の検証(2)

文/幸福実現党政務調査会 佐々木勝浩

◆不可解な「崇善堂」の遺体埋葬記録

前回も説明したように東京裁判は、「偽証罪」(裁判でウソを証言した罪)が問われず、始めから日本を貶める作意のある裁判でした。ですから証言や出された資料が真実かどうかの検証もされていません。

日本軍が南京に入城したのは昭和12年12月ですが、昭和21年から始まった「東京裁判」のために作成されたのが「崇善堂」(すうぜんどう)の遺体埋葬記録です。これは当時の記録ではなく9年経ってから作成された記録です。

「崇善堂」の埋葬記録は、別の慈善団体である「紅卍会」(こうまんじかい)が遺体埋葬を終えてから、数か月後に同じ場所で遺体埋葬作業が行われ、つじつまの合わない不可解な点があることは、前回のニュースファイルで指摘したとおりです。

では、この「崇善堂」とはどのような団体だったのでしょうか?

◆「崇善堂」は埋葬活動をしていない?

昭和12年末~昭和13年始めに埋葬活動を行っていた「紅卍会」の埋葬活動は、当時も目撃されています。私も当時の記録フィルムで「紅卍会」の活動の映像を見たことがあります。

「紅卍会」は4万余体を埋葬しているので、その倍以上11万余体の埋葬活動をした「崇善堂」が目撃されていてもおかしくないのですが、当時南京にいた日本兵の間でも「崇善堂」という存在は知られていませんでした。

また国際委員会の記録の中にも、ティンパーリーのように国民党の中央宣伝部の依頼で、世界に日本の虐殺を告発するために出版した「戦争とは何か -中国における日本軍の暴虐」にも「崇善堂」の名はどこにも出てきていません。

もし「崇善堂」が、埋葬活動をしていないとしたら、「南京大虐殺」の根拠になっている埋葬数11万余体が架空の数字だったということになります。当時中国の文献で検証できれば、中国が主張する日本の「南京大虐殺」は完全に崩壊します。

◆当時の中国文献から「崇善堂」を検証

1945年11月、中国側は東京裁判に提出する資料を作成するため「南京地方法院検察処敵人罪行調査委員会」を設けました。

同委員会は、官民合同の14の政府機関や民間団体を網羅し「紅卍会」まで加わっていますが、どうしたわけかここにも「崇善堂」は名を連ねていません。「紅卍会」の倍以上の11万余体もの遺体埋葬をしているにも関わらず、当時の中国側の文献にも「崇善堂」の名前さえないのです。

その実態が明らかになったのは、昭和60年8月10日付け「産経新聞」のスクープ記事からです。国立国会図書館にあった「中華民国27年度版(昭和13年)南京市政概況」などの当時の南京市の史料で、ここには当時の慈善団体とその活動が記されていました。

ちなみに「紅卍会」の活動は、「収容」「埋葬」という活動が記されています。ところが「崇善堂」の活動欄には、「乳呑児を育てる」の文字はありますが「埋葬」は記されていません。

さらに決定的なことは、日本軍の南京入城後に中国で編集された「南京市政概況」には、「紅卍会」は、「工作進行」(活動が続いている)と記されていますが、「崇善堂」は、「工作進行範囲狭小」(活動は続いているが規模が縮小)しています。同文献の遺体埋葬の団体の中にも「紅卍会」はあっても「崇善堂」の名前はないのです。

また「南京商工会議所編」の「南京」には、「崇善堂」が本格的に活動したのは、南京戦後の8か月も経った「昭和13年9月から」と記されています。

つまり東京裁判に報告された「崇善堂」の埋葬活動が、「昭和13年4月9日から5月1日まで」(『日中戦争史』)であることが明らかになっていますが「崇善堂」は、その時期、南京では活動していなかったと中国の文献自体が記しているのです。

「崇善堂」の人員構成がはじめて出てくるのは、戦後しばらく経った中国の文献である『証言・南京大虐殺』(中国/南京市文史資料研究会・1984年「青木書店」)です。同書によると「崇善堂」は、主任1人、隊員1人、人夫10人、計12人で構成されています。

これが真実であるとしたら「崇善堂」は、 1か月弱の間に12人で11万体、一日で多い日は数千体を埋葬したということになります。ショベルカーもブルトーザーもない時代に手作業でやったというのは常識的に考えてもあり得ないことです。

中国側に下記のように質問してみたいものです。

「当時、南京で活動していなかった『崇善堂』が、11万余体の遺体をどうやって埋葬したのですか?また『紅卍会』が埋葬を完了した同じ場所から数か月経ってどうして遺体がでてきたのですか?その時の状況を説明してください。また『崇善堂』は12人で、1日で数千体を埋葬したことになっていますが、どんな方法で埋葬したのですか?」

以上、二回にわたって「崇善堂」の埋葬記録を検証しましたが、いかにずさんなものだったことが分かります。ですから日本が検証もせず、中国から言われるままに「南京大虐殺」を謝罪し、そのたびに経済支援を要求されるとしたら、まったく愚かなことであると言わざるを終えません。

しかし、これまで日本の政治家は中国に対して謝罪を繰り返してきたのです。

【参考図書】
「南京事件の総括」田中正明著/小学館文庫
「南京の実相―国際連盟は『南京2万人虐殺』すら認めなかった」日本の前途と歴史教育を考える議員の会(監修)/日新報道

佐々木 勝浩

執筆者:佐々木 勝浩

幸福実現党広報スタッフ 課長代理

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