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日本よ、占領軍のマインド・コントロールから目覚め、「信仰」と「国家」を取り戻せ!

平成24年(2012年)も幕を閉じようとしています。

今年は、野田政権の消費税増税法案の可決から衆議院選挙まで多くの政治的出来事がありましたが、安全保障面では日本の国難が降りかかった一年でした。

本年の最後に、日本国憲法を軸に、この国のあり方について改めて考えてみたいと思います。

「平和憲法」に隠れされた意図

日本国憲法の前文には、日本の国がいかなる国をつくるのか、そのポリシーが掲げられています。

憲法前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあります。

それは「日本は、平和を愛し、考えに偏りのない公平で約束を守る周辺諸国を信頼して国民の生存を保っていくことを決意しました」ということを意図しています。

その前提には、次のような言葉が隠されています。

「もう日本は絶対にアジア諸国に対して悪いことは致しませんから……」

アメリカの占領政策の下、日本国民は戦後教育の中で、「先の大戦で日本がアジアに進出し、悪いことをしなければ、世界は平和だった」という日本を断罪する「自虐史観」が教えられて来ました。

日本人全員がマインド・コントロールによって、「(ならず者国家である)日本さえ、何もせずに静かにしていれば、(善なる国々に満ちた)世界は平和である」と潜在意識に刷り込まれてきたのです。

ここに占領軍が練り上げた「平和憲法」の真なる狙いがあります。

これが日本国民、政治家の潜在意識まで支配しているために、中国が尖閣諸島を脅かしても何の手立ても打てず、北朝鮮が日本にミサイルを撃っても、迎撃の命令も出せない心理が働くのです。

平和を愛する諸国民?

今年は、尖閣諸島での中国の領海侵犯と領空侵犯、前韓国大統領の竹島上陸、北朝鮮のミサイル発射等の事件がありました。

中朝韓は、日本が黙っていることを良いことに、それに乗じて日本を脅かす存在であることを証明するような年になりました。

いったい日本国憲法がいう「平和を愛する諸国民」は、何処に存在するのでしょうか?

国を守る努力もなく、他国に自分の国の生存を委ねる国民は、精神的には属国下にあるようなものです。

ですから、従軍慰安婦問題や南京虐殺など歴史問題で、歴史的公正な検証もなく、ただ中韓から謝罪を迫られては、繰り返し謝罪し、「お金」を要求されるのです。

日本の支柱に「信仰」と「国家」を

先の大戦でアメリカは、日本という小国が敗戦したとはいえ、世界を相手にあそこまで戦ったことに対して、二度とアメリカの脅威にならないように、占領政策を通じて日本人の精神的な支柱を骨抜きにしました。

その精神的な支柱が「信仰」と「国家」です。

神仏を尊び、祖先が築き上げてきた尊い歴史に誇りを持ち、世界での日本の役割を果たそうとしてきたのが私達日本の先人たちです。

そうした自国への誇りから、「国を愛する心」も生まれます。

その尊い歴史に連なり、自己の欲を捨て、公のために尽くそうとする献身の精神が、これまでの日本の歴史を築き上げてきたのです。

この「信仰」と「国家」が戦後失われてしまいました。

まさに民主党の「生活第一」という政策は、個人の利益を優先する政策であり、そこから「国家」の理想が生まれてくることはありません。

国防上の危機が押し寄せて来ても、的確な対策が打てない理由は、守るべき「国家」を失ったためです。

歴史の最先端にある今の時代に生きる私たち日本人は、先人たちから尊い使命のバトンを受け継いでいます。

日本の国は、世界に真の平和をもたらす尊い使命を託された国です。

私達は、その歴史を受け継ぎ、「信仰」と「国家」を取り戻すことによって、強く豊かな国を建設し、世界の国々をも幸福にしていく尊い使命を実現しなければなりません。

幸福実現党は矢内筆勝・新党首の下、宗教政党としての使命をより一層、全面に押し出し、この国に精神的支柱を打ち立て、自由闊達でエネルギッシュな政治活動を通じ、「日本再建」を果たして参ります。

来年もご指導ご支援の程、何卒よろしくお願い申し上げます。
(文責・佐々木勝浩)

佐々木 勝浩

執筆者:佐々木 勝浩

幸福実現党広報スタッフ 課長代理

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