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物流「2024年問題」の切り札「トラックGメン」で、かえって業界は衰退へ【後半】

HS政経塾13期生 岡本 隆志

◆物流業界の混乱が予想される「2024年問題」に対して政府も解決策を策定

2024年4月から「働き方改革」の物流業界への適用により、宅配便で「モノが届かなくなるのではないか」とささやかれる「2024年問題」。前半では、「働き方改革」の問題点を指摘しました。

「働き方改革」によって、安定輸送が困難になるなど、数多くの問題が生じる可能性があるのです。

これらの問題を解決するため、政府は2023年6月に「物流革新に向けた政策パッケージ」(※1)を策定しました。しかし、政府による解決策は、解決どころか物流業界を縮小させかねない可能性があります。

◆「政府が決めたトラック運賃かどうか」を監視する「トラックGメン」の導入

「2024年問題」の解決策として様々な施策を打ち出している政府ですが(※2)、その代表の1つに「トラックGメン」の導入があります。

「トラックGメン」は、政府が定めたトラック運賃で取引されているかを監視する目的があります。すでに全国の各支局に162名が配置され、電話や訪問などで情報収集にあたっています。

「トラックGメン」の導入の裏には、政府がトラック運賃を決めたいという思惑があります。1990年に施行された物流二法(「貨物自動車運送事業法」ならびに「貨物運送取扱事業法」)による規制の緩和で、運送業界への新規参入が認められるようになりました。

そのため、競争が激化し、「荷待ち時間が考慮されないなど不当に低い価格で取引が行われている可能性がある」と政府は考え、2020年4月に、政府は参考となるトラック運賃を定めることにしました。

ただ、あくまでこれは参考であり、法的拘束力はありません。ですが、不当な取引は「独占禁止法」の「優越的地位の濫用」や「下請法」違反にあたると考え、政府は「トラックGメン」を導入し、定めた価格で取引が行われるよう監視することにしたのです。

◆政府が進める物流業界版「護送船団方式」は、失敗に終わる

労働環境の改善は確かに課題の1つですが、政府が取引価格を決めて、事業者の経営に介入することには問題があります。

なぜなら、政府の産業保護は、かえって産業を衰退させることが多いためです。代表的なものは、金融業界で行われていた「護送船団方式」です。

1990年代まで、銀行などが企業努力なしで存続できる体制が保障されていましたが、様々な問題が生じていました。

例えば、行政官庁と金融機関が癒着し、「天下り先」の温床になったり、横並び体質がはびこり、顧客目線の金融サービスが行われにくい状態が続きました。

そのように競争の原理が働かなかったことが、横並びの不動産融資を加速させ、1990年代のバブル崩壊にも繋がっていきました。

結局、バブル崩壊が金融機関に大打撃を与え、護送船団方式も崩壊していくことになります。こうした政府の産業保護により、企業努力が疎かになり、かえって産業に損害を与えてしまうことがあるのです。

トラック運転手の低賃金が問題視されていますが、政府の保護によって企業の創意工夫を止めてしまうことには問題があります。また前半で指摘した通り、低賃金の問題も改善の兆しはあります。

事業経営を保護するのではなく、規制緩和や税金などの物流コストを引き下げることで、物流輸送の生産性の向上を促すことこそ、政府は取り組むべきです。

◆生産性向上に必要なのは「高速道路の最高速度引き上げ」などの規制緩和

政府が取り組むべき規制緩和の1つは、「高速道路を走るトラックの最高速度の引き上げ」の早期実現です。

速度を高めることで輸送時間が短縮でき、生産性の向上が期待できます。ヤマト運輸や佐川急便など、63社で構成されている全国物流ネットワーク協会からは要請(※3)されており、すでに政府も有識者検討会を設置し、安全性を考慮しながら検討を進めています。

トラック事業者も安全性向上に取り組み、最高速度の引き上げを実現できる環境が整いつつあります。

例えば、全国トラック協会が「トラック事業における総合安全プラン2025」(※4)を策定し、各社に積極的な取り組みを働きかけています。

こうした取り組みも功を奏し、事故数も減少傾向です。トラック運転手が関係する大型貨物・中型・準中・普通貨物の年間の事故数は、ここ10年間(2013年~2022年)で、49.3%(172件→89件)減少(※5)しています。

ですから、最高速度引き上げは十分に実現できる状況であり、物流業界の生産性向上のためにも、迅速な規制緩和が望まれます。

◆「燃料の減税」と「高速道路の定額化」で、物流コストの引き下げを

加えて減税による物流コストの引き下げも重要です。

特に物流業界に重要なのは、燃料に対する税金の引き下げです。

燃料は輸送に欠かすことができませんが、円安などの影響により価格が上昇し、事業者の経営を圧迫しています。燃料価格の実に30%以上が税金であり、健全財政を前提とした燃料の減税を行うべきです。

他にも「高速道路の定額化」(※6)でも物流コスト削減を期待できます。日本の高速道路は距離制料金制度を採用していますが、物流の障害となっています。

遠くへ運ぶほど高い利用料金がかかるため、長距離輸送を担う運送事業者の経営の痛手となっています。そのため、トラック運転手の給料も上がりにくい状況となっています。

定額化によって、低賃金の改善につながることも期待できます。ある会社では、高速道路料金が給料から引かれることもある(※7)そうで、輸送費が安くなれば、トラック運転手の賃金の上昇も実現できます。

◆規制や税金を減量し、自由からの繁栄を目指す

以上のようにトラック運転手の賃金引き上げには、政府が取引価格を決めるなど規制を強化して事業を保護するのではなく、むしろ規制の減量や健全財政を前提とした減税が大切です。

事業の保護は、企業の創意工夫を止め、発展を止めてしまいます。経済活動への介入をできる限り減らし、小さな政府で繁栄を導くことが大切です。

(※1)日本、内閣官房、「『物流革新に向けた政策パッケージ』のポイント(案)」(2023年6月2日)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/buturyu_kakushin/dai2/siryou.pdf
(最終検索日:2023年9月17日)
(※2)日本、農林水産省、「物流の2024年問題に向けた政府の取組について」(2023年7月)8ページ
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/ryutu/attach/pdf/buturyu-377.pdf
(最終検索日:2023年9月17日)
(※3)日本、経済産業省、「特積み業界の現状と課題 第6回 持続可能な物流の実現に向けた検討会資料 全国物流ネットワーク協会」(2023年2月17日)8ページ
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/sustainable_logistics/pdf/006_01_02.pdf
(最終検索日:2023年9月17日)
(※4)全日本トラック協会、「トラック事業における総合安全プラン2025」(2021年3月30日)4ページ
https://jta.or.jp/wp-content/themes/jta_theme/pdf/anzen/plan2025.pdf
(最終検索日:2023年9月18日)
(※5)全日本トラック協会、「警察庁『交通事故統計(令和5年7月末)』より抜粋」(2023年8月)
https://jta.or.jp/wp-content/uploads/2023/08/judaijiko_shukei202307.pdf
(最終検索日:2023年9月17日)
(※6)栗岡完爾、近藤宙時『地域格差の正体』(クロスメディア・パブリッシング、2021年)
(※7)NHK、「深夜の高速道路で大渋滞~『0時待ち』の謎」(2022年7月28日)
https://www3.nhk.or.jp/news/special/jiken_kisha/kishanote/kishanote64/
(最終検索日:2023年9月18日)

岡本隆志

執筆者:岡本隆志

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