「反撃能力」では日本は守れない。自前の核保有こそ「最大の抑止力」【後編】
幸福実現党党首 釈量子
◆自前の核装備を
「核を使った攻撃」の議論については、根強い反対があるかもしれません。
とはいえ、現在の日本を取り巻く状況を考えた時、どうしても核を使った攻撃を想定しておくことが必要で、そのこと自体が「抑止力」になるのです。
特に日本は、中露北の3つの核保有国を相手にしています。この状況で核保有の議論がないのは大変心もとないことです。
「核シェアリング」といって、アメリカの核を持ち込んでもらい、いざとなったらアメリカに核を発射してもらうという方法もありますが、これは抑止力としては不十分です。
中国とロシアを合わせた核戦力はアメリカの核戦力を凌駕しており、中露が歩調を合わせている今、自国を攻撃される危険を冒してまで、アメリカが日本のために核を提供して守ってくれる保障はないからです。
ゆえに、自前の核装備を急ぐ必要があるのです。
◆自前の核で日本を守り抜く
とはいえ、現実的にアメリカは日本の核保有を許さないだろうという見立てもあります。しかし、まずは「自前の核で日本を守り抜く」という明確な国家意思を持つことです。
「広島的平和主義」の岸田首相にとっては、非核三原則の撤廃すら困難だと思います。
しかし、核を落とされた国だからこそ、「いざとなれば核を使った電磁パルス攻撃を行う」という体制を整えることで、相手国に核を落とさせない国、核を使わせない国にしなければならないのです。
5月下旬に行われた日米首脳会談では、バイデン大統領が日本の常任理事国入りを支持すると発言し、日本でも歓迎の声が上がりました。
実際に常任理事国の一角に入ったら、国際紛争の解決などに責任を負うことになりますが、現在の日本には、問題を解決する実力も覚悟も十分とは言えません。
現在の国連は、常任理事国同士が二手に分かれて戦っているような状況にあります。ゆえに日本は滅びる側につかないよう、国力相応の軍事力と外交力を持つための努力をしなくてはなりません。
◆憲法9条の改正で国家防衛の意思を明確に
そのように「自分の国は自分で守る」体制を整えるためにも、やはり憲法9条の改正は待ったなしです。
国防の議論が行われるたびに「足かせ」となっているのが、戦力の不保持と交戦権の否認を定めた憲法9条です。
「自衛のための最小限の戦力はよい」「しかし、攻撃的な兵器は許されない」など、解釈を変えることによって乗り越えるのはもはや限界です。
憲法9条の改正は、日本が本当の意味で自立した主権国家になる道です。国力相応の国防力を持てば、独自外交も展開できます。
現在、岸田首相はアメリカ追従でロシアを敵に回してしまいました。これは岸田首相の判断ミスもありますが、自国の防衛をアメリカに委ねている弱みもあると言えます。
中国の脅威を考えたならば、日本の現在の軍事力でロシアも敵に回すことの間違いが分かるはずです。
ゆえに、「中国の脅威に関しては一緒に戦うが、この件について日本はロシアとの友好を取る」という姿勢が必要でした。
少なくとも、ロシアへの制裁撤回は今すぐにでも行い、敵を減らさなければ、日本は国家存続が危ういことだけは強調しておきたいと思います。
◆戦争自体が悪ではない
そして最後に強調したいことは、日本人の中に根強く残る「戦争イコール悪」という考え方の間違いです。
大川総裁は『ウクライナ問題を語る 世界の7人のリーダー』のあとがきにおいて「世界史の中では、戦争自体が悪であるのではない。神と悪魔の区別がつかず、正義を闇に葬る戦争を「悪」というのである」と述べています。
先の大東亜戦争も、日本は自国を守ると共に、アジア諸国を欧米の植民地支配から解放すべく戦いました。実際、アジア諸国は戦後独立を果たしました。
こうした日本の行為がすべて悪で、植民地支配を行ったヨーロッパや核兵器を日本に落としたアメリカが正当化されるのは、おかしなことではないでしょうか。
大切なのは、神仏の目から見て何が正しく、何が間違っているかという判断です。そして、正義を守るためには、時には戦わなければならないこともあるのです。
私たち幸福実現党は、この国に精神の柱を立て、神仏の心を心として、日本と世界の正義を守るために必要な備えを行ってまいりたいと思います。
【参考】
『ウクライナ問題を語る世界の7人のリーダー』大川隆法著/幸福の科学出版
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=2799