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田中角栄氏の『日本列島改造論』を読み直す【2】

HS政経塾第二期卒塾生 曽我周作

今回は、

田中角栄氏の『日本列島改造論』を読み直す【1】
http://hrp-newsfile.jp/2016/2775/

の続きをお送りいたします。

◆田中角栄の面白い提案

田中角栄氏は『日本列島改造論』の中で「将来の産業構造の重心は、資源・エネルギーを過大に消費する重化学工業から、人間の智慧や知識をより多く使う産業=知識集約型産業に移動させなくてはならない」と述べています。

これは人口の集積が非常に重要な第三次産業がこれからの主力産業となっていくべきだという考え方でしょう。

ですから、都市部への人口集積に耐えうる街づくりを進めていく必要があります。そのため、田中角栄氏は以下のような提言を行っています。

「土地利用計画では、地区の用途を明確にし、各地区に適した容積率、道路率、空地率などを決める。大都市では、とくに低層建築を制限し、高層化のための容積率を設定する。そして、地域を指定し、区画整理によって再開発をすすめるのである。」

しかし、現在に至るまで用途地域は後追い的に定められ、グランドビジョンは示されてこなかったのが現状ですし、高層化のための容積率設定も非常に不十分で、まして「低層建築を制限」することは行われていません。

「低層建築を制限する」というのは非常に面白い提案だと思います。今後の東京都心など、一部で検討をしてみてもよいかもしれません。

しかし現実はむしろ、容積率制限が以前よりも厳しくなって建替えるにも建替えられない事態が発生しているのは、以前指摘したとおりです。

◆田中角栄は、大都市への人口集中は避けられないと思っていた?

この第三次産業への産業構造の重心移動は避けられないものであり、今後の日本においても、いかにその中で競争力を上げるのかが課題です。

したがって、現在日本の人口は減少が始まっている中にあっても、東京の人口はしばらくの間増え続けることが予想されているように、いかに人口集積が良い環境の下で進められることが出来るかが大きな課題となります。

それは、人口減少をいかに食い止められるかという問題も同時に考えていかなくてはならないものでしょう。

「職住接近の原則」の実現を目指して、田中角栄氏は、都市の高層化、高層共同住宅の大量供給、鉄道の強化などを訴えているように、人口集積に耐える街づくりを考えていたように思えます。

国土の「均衡ある発展」というビジョンを掲げつつも、世の中の流れからみて、東京などの大都市への人口集中は、本当は避けられないものであると考えていたのではないでしょうか。

◆社会主義的だとの批判を受ける「均衡ある発展」

しかし、結局その「均衡ある発展」の思想の部分が、その後の日本経済の成長を止めてしまったということが指摘されています。例えば八田達夫氏は、「均衡ある発展という政策のなかで、地方にバラマキ政策がとられて、大都市への人口流入が大きく減り、それと共に経済成長も鈍化した」というような分析をしています。

当時の政治の流れそのものが、東京をはじめとする大都市への集中は悪であり、とにかく地方からの人口流入を止めることが善であると考えていたのでしょうか。

『日本列島改造論』の初版は田中角栄氏が首相に就任した1972年に発刊されていますが、その少し前から大都市への人口流入が急激に減少していっています。

そして、確かに、大都市への人口流入の減少と同じように、実質経済成長率は減少していきました。

それと同じような時期に、「工場三法」と言われる工場の立地を制限する法律がつくられ、都市から地方へ工場や人を「追い出す」政策がとられています。角栄氏も、工場を「追い出す」という言葉を使用しています。

しかし、政府の介入は時に過度なものとなり、様々な規制を生み出し、その規制は民間の選択肢を狭めます。民間から自由を奪い、機会を奪うことは、社会主義的な政策ですし、社会主義的な政策をとると、やはり経済成長を阻害することはまったく不思議ではありません。

『史上最強の都市国家ニッポン』のなかで、増田悦佐氏は「結局「国土の均衡ある発展」というコンセプトそのものが、〝社会主義的″だったわけです。社会主義的な政策とは、市場には「介入」が必要だという考え方から生み出される政策です。

この考え方の何が問題かというと、経済合理性に任せておけば、そうなるはずのない世の中を人工的につくり出そうとしていることです」と指摘しています。

◆今求められる、「国家ビジョン」

このようの評価を受ける一方で、一部批判も同時に受ける『日本列島改造論』ですが、大きな国家ビジョンを示したことは極めて重要な事だと思います。

やはり政治が大きな国家ビジョンを掲げるということは極めて重要であり、その大きな志である国家目標は民間企業も含めた国家にとって指針になります。

先に述べたとおり、田中角栄が『日本列島改造論』で世に問うた交通革命のビジョンは、部分的には40年ほど経過した今の日本においても未だ「未来ビジョン」であり、大きな構想に向かい国家が一歩ずつ歩みを進めてきたものと考えられます。

すくなくとも角栄氏の列島改造論には「夢の未来ビジョン」であったといえるでしょう。

「どのような国家にしたいのか」という大きな枠組みを持った未来のビジョンを示すことは、例え実現まで多くの時間を要するものであったとしても、それは大きな価値があるものであるといえるでしょう。

例えばケネディが月に人を送ると宣言し、大きな夢を国民が共有して、それを成し遂げることが出来たことも人類にとっても大きな価値があるものだと感じます。

人が夢やロマンを抱くことのできるビジョンを提示することは、極めて大きな価値があると思います。

それが富を生む元にもなるでしょうし、これからの日本の政治も時代の流れをいかに読み、そして国家ビジョンを創りだしていくかということが重要で、列島改造のようなものの醍醐味がそこにあるのだと思います。

(終わり)

そが 周作

執筆者:そが 周作

政務調査会 都市計画・インフラ部会長・HS政経塾第2期卒塾生

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