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沖縄集団自決に日本軍の強制はあったのか【前編】

文/HS政経塾4期生 幸福実現党 大阪本部副代表 数森圭吾

【戦火から沖縄住民を守るために動いた日本軍】

◆沖縄での集団自決とは何か

1945年の沖縄戦における日本側の死者は約20万人。その内の半数である約10万人が沖縄県の住民だったといわれています。

このような激しい戦場となった沖縄の主に慶良間列島、を中心として一般住民が集団で自殺するという事態が発生します。

これが「集団自決」であり、そこに「日本軍の強制」があったのではないかということが問題となっています。

◆沖縄における戦況

1943年当時、日本の大本営は沖縄を前線支援のための航空基地として設定していました。しかし1944年7月サイパン島を失ったことで、沖縄は一転して本土防衛の第一線となります。

これに対しアメリカ側も、台湾とフィリピンを目標として、最終的に日本本土攻略を目指していましたが、戦況の変化と日本本土攻略の利便性から、1944年10月に沖縄を目標とすることを正式に決定します。

米軍にとって沖縄は日本本土攻略のための航空基地・兵站基地として、さらには南方との交通を遮断し、日本本土を孤立化させるために必要な重要地点と位置付けます。

このような流れのなかで沖縄は両国にとって重要な戦闘地域となっていきました。

◆両軍の慶良間列島に対する考え方

ここで多数の集団自決が発生した慶良間列島に対する両軍の考えも見ておきたいと思います。

慶良間列島には地形的に飛行場に適した土地がなく、慶良間列島へ米軍が攻撃すれば、沖縄本島への攻撃方向を予告するようなものであるため、米軍は直接本島上陸を行うだろうと考えていました。

そのため、本島に向かう米軍船団を襲撃する目的で、約300隻の特攻艇を慶良間に配備したのです。

これに対し米軍は本島への大規模な上陸作戦に先立って、水上機基地、艦隊停泊地として利用するために慶良間列島を攻略することを決定しました。

慶良間列島に囲まれた慶良間海峡は水深が深く、地形的に風を防ぐことができる構造になっていたため、水上機の理着水、艦船への補給、修理が行いやすく、米軍にとって最適の支援基地となりえたのです。

計画通り米軍は日本軍の海上挺進隊の特攻艇を破壊し、慶良間各地を占領して海軍の支援基地としました。この際、渡嘉敷島・座間味島などで大規模な集団自決が発生したのです。

◆日本軍の沖縄住民避難対応

当時、多くの沖縄県民は、「本土防衛のためには玉砕も辞せず」という考えを持つ方も多く士気は高かったと言います。このことから、「防衛隊」、「鉄血勤皇隊」「ひめゆり部隊」「白梅部隊」などが結成されます。

いかに沖縄県民が協力的であったかという点については、海軍司令官の大田実少将が海軍次官にあてた最後の電報や島民手記などの内容からも読み取ることができます。

日本陸軍は1877年の西南戦争以降、国土での戦いを経験したことがなく、国防方針として外征作戦によって国土防衛を行ってきたため、住民を包含して戦う国土戦についての研究を十分に行っていませんでした。

そのため記述の通り、見通しの誤りや、対応の遅れなど不備はあったものの、日本軍はできうる限りの沖縄県民の疎開と避難を行っているのです。

○県外疎開の実施

サイパンにおいて日本軍が玉砕した1944年7月7日、政府は即日、沖縄県・奄美諸島(第三二軍守備区域)の住民を疎開させることを閣議決定し、結果的に約8万人の疎開を実施しました。

さらには約7千人の学童疎開も行っています。ただ、当時は制空権、制海権を失った状況であったため疎開船への米軍の攻撃によって犠牲も発生しています。

しかし、帝国海軍は同様の犠牲を増やさないため、疎開船の護衛に残存艦艇および航空機の重点配分を行いました。

さらに1945年3月の疎開の最終段階において帝国海軍は、軍規定を破ってまで戦闘艦に婦女子を乗せて九州に高速避難までさせています(沖縄県中城村在住/真喜志文子氏証言)。

○島内に残った住民の県内疎開実施

さらに、沖縄県の人口分布は本島南部に集中していたため、日本軍は島内に残った住民8万人を北部の山岳地帯に避難させました。

しかし、沖縄本島の南部には疎開勧告に応じない非戦闘員が約30万人存在し、さらにこの後、米軍が本島中部の海岸に上陸し、本島を南北に分断した為、中南部住民の北部への疎開は不可能となり犠牲者が多数発生してしまいました。

このほかにも沖縄本島での非武装地帯の設定を試みるなど、当時の日本軍は沖縄戦において住民保護のために取りうる対応を最大限に行ったということができます。

次回の後半では、沖縄住民を守ろうとした日本軍が果たして集団自決を強制したのかについて見ていきたいと思います。

【参考文献】
秦郁彦「沖縄戦『集団自決』の謎と真実」(PHP研究所)
勝岡寛次「沖縄戦集団自決 虚構の『軍命令』」(明成社)
曽野綾子「沖縄戦・渡嘉敷島『集団自決』の真実」(WAC文庫)
沖縄タイムス社 編「沖縄戦記 鉄の暴風」
大江健三郎「沖縄ノート」(岩波新書)
家永三郎「太平洋戦争」(岩波現代文庫)
「WiLL」2007年12月号
「WiLL」2008年1月号
「正論」2008年3月号

数森圭吾

執筆者:数森圭吾

HS政経塾4期生

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