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集団的自衛権とは何か【前篇】

文/岐阜県本部副代表 河田成治

集団的自衛権について、多角的な視点から、前篇・後編、2回に分けて検討を加えてみたいと思います。

◆集団的自衛権の定義

まず「集団的自衛権」の定義を一言でいえば、「攻撃を受けた国家への、他国からの援助」となります。従って、個別的自衛権とは明確に区別されるものであり、両者を混同する政党の発言には違和感を覚えます。

さらには、個別的自衛権とならんで独立国が持つ固有の自然権が、集団的自衛権です。

◆集団的自衛権の目的

日本の立場での集団的自衛権の行使には、以下の目的があります。

(1)日米同盟の維持――米軍を見殺しにすれば、日米同盟破棄につながる。
(2)日米共同作戦の具現化――そもそも日本の防衛力は、米軍とセットでつくられている。
(3)周辺事態への対応――シーレーンの確保や朝鮮半島の安定など、国際的な安全保障問題も日本の安全保障と不可分。
(4)国際的責任――正義に基づいた国際協力。厳密には自衛権とは区別される。

◆集団的自衛権の歴史的経緯

以上のように、日本にとって重要な意味を持つ集団的自衛権ですが、歴史的経緯を確認しておきたいと思います。

【日本の集団的自衛権の歴史】

◆はじめは日本も認めていた!

日本の集団的自衛権は、1951年のサン・フランシスコ平和条約で、連合国によりその保有が承認されました。

※サンフランシスコ平和条約 第五条(c)

「連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができることを承認する。」

また、1960年(昭和35年)に締結された現行の日米安全保障条約(前文)において、「両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し、…」とあります。

当初は日本もその保有を確認しており、この規定が特に問題視されることはありませんでした。これは重要なポイントです。

◆変遷する政府解釈

しかし、その後の政府見解によって変質し、1972年に至って「国際法上保有するが、その行使は憲法上許されない」との現行解釈に行きつきました。

つまり、日本は当初から集団的自衛権を否定していたとは考えにくいのです。

世間には、法解釈だけで容認するのは、憲法に対する冒涜であるとの意見も散見されますが、歴史的経緯から見れば逆で、法解釈により制限してきたことがお分かりかと思います。

従って「解釈改憲は憲法ハイジャック:慶応大学の小林節名誉教授」(日刊ゲンダイ)というような発言は、正しくありません。

例えば、防衛大学校安全保障学研究会は、集団的自衛権について、以下のようにと述べています。(「安全保障学入門」より)

「もし仮に、当初から憲法上行使できないのであったとすれば、憲法上行使できない権利をなぜ国際条約類(サン・フランシスコ平和条約や日米安全保障条約)でうたったのかとの疑問に、説得力のある答えを見いだせない」

さらに「個別的自衛権と集団的自衛権の差は、国際的には直接的な「自衛」か「他衛」かの差(河田注:単なる防衛手段の違い)とみなされているのに対して、わが国では、自国防衛のための「必要最小限度の範囲」を超えるか超えないかの差 (量的な差)と理解されている。この点も、解釈として特異である」

以上が、「日本の集団的自衛権の歴史」ですが、日本だけが集団的自衛権を、ことさら難しくしているのです。

後編では、「国際的な集団的自衛権の経緯」から見てみましょう。

河田 成治

執筆者:河田 成治

岐阜県本部副代表

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