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中国海軍・南海艦隊の大航海 日本の集団的自衛権の議論の遅れ

文/HS政経塾3期生 森國 英和

◆自民党内で大きくなる慎重論

安倍政権発足以来、進められてきた集団的自衛権の議論。ここに来て、自民党からの慎重論が目立つ。このままでは、行使容認されたとしても、非常に限定的になる恐れがある。

慎重論の背景の1つには、「政府にだけスポットライトが当たっている」という政権運営への批判があるだろう。党内の国会議員409名の内、大臣や副大臣、政務官等の政府要職に就くのは70余名のみ。選挙に向けた実績作りに焦る一部の議員の不満が募っているのだ。

もう1つには、最近の世論調査の結果がある。「憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認」という首相の手法に賛同したのは、保守系・産経新聞でも29.5%(4月1日)、読売新聞では27%(3月15日)、NHKでは17%(2014年3月)と、低い数値に留まっている。このまま進めば、世論からの強い抵抗が起こるとの懸念が広がっていると思われる。

どちらにせよ自民党は、国民への説明と説得に集中するべきだ。「集団的自衛権の行使がなぜ必要か、なぜ認められるか」の議論は、既に尽くされた。もはや逡巡する時期ではない。

◆今年に入ってからの中国海軍の遠洋パトロール

国外に目を向けても、集団的自衛権の行使容認は待ったなしだ。中国海軍の軍事的脅威がますます大きくなっているという事実を直視する必要がある。

ここで注目したいのは、1月20日から2月11日にかけての中国海軍の動きだ。中国・明王朝の武将・鄭和を彷彿させる「南方大航海」を行ったのは、中国海軍南海艦隊の戦闘即応戦隊。1隻の揚陸艦と2隻の駆逐艦の計3隻(おそらく潜水艦1隻も随行)を組んで、東南アジア・西太平洋地域を大きく反時計回りに周回した。

23日間に及ぶ大航海を振り返ると、中国南部・三亜を出港した3隻はまず、1974年にベトナムから強奪したパラセル(西沙)諸島の周辺海域をパトロールした。1月26日には、マレーシア沖50㎞にあり、南シナ海の南端のジェームズ礁にまで南進。わざわざ他国の領域内で「主権宣誓活動」を執り行い、領土主権を守る決意を示した。

さらに南進し、1月29日にはインドネシアのスンダ海峡を通過してインド洋に出た後、中国海軍としてインド洋上では初めてとなる軍事演習を行った。そして、インドネシアのジャワ島南部沖を航行し、ロンボク海峡を通り、西太平洋のフィリピン沖に進んだ。2月3日には、その海域で実弾射撃訓練を実施。

最後は、フィリピン北岸・台湾南部沖のパシー海峡を通過して、中国に帰港した。

◆今回の中国海軍の航路は、日本のシーレーン全てを覆っている

この遠洋航海は、国際条約・慣習法に抵触していなかったが、中国との領土争いに悩む東南アジア・オセアニアの当事国のみならず、日本にも大きな衝撃を与えた。というのも、この航路は全て、日本のシーレーンに関係しているからだ。

欧州や中東からの輸送船のほとんどは、ペルシャ湾、インド洋からマラッカ海峡を抜け、南シナ海を経由して日本に寄港する。万が一、このルートが通行できなくなった際には、「スンダ海峡から南シナ海に入る航路」か「ロンボク海峡を通り、フィリピン沖西太平洋を航行する航路」を海運会社は採ることになる。しかし、今回の中国海軍の3隻の大航海は、現在のシーレーンのみならず、後者の迂回路にも重なっており、いずれも安全な航路でなくなる可能性が暗示されている。

◆東南アジア・西太平洋の安全=日本の安全

そのような国際状況において、日本で集団的自衛権の慎重論が大きくなっていることには驚きを禁じ得ない。自民党という巨大政党をまとめることは難しいのだろうが、最近の慎重論にはこのような危機感が欠けている。

今の日本に必要なのは、「東南アジアや西太平洋の危険が日本の安全保障に直結する」という危機感だ。台湾やベトナム、フィリピン、マレーシア、オーストラリア近海が中国に侵されることになれば、シーレーン危機に端を発して、日本本土の安全にも影響を与える。その事実に基づいて、集団的自衛権の行使の内容を具体化する必要がある。

逆に、東南アジアやオセアニア諸国も、日本が集団的自衛権を十分に行使できないままでは、真の連携深化を描くことはできない。

今後中国の海洋進出の脅威が顕在化するにつれ、ベトナムやフィリピン、オーストラリアからの日本待望論が大きくなるだろうが、日本は早く、そのような平和を愛する友好国の期待に応えられる器にならなければならない。

森國英和

執筆者:森國英和

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