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2024年から宅配便が届かない!? 物流業界を苦しめる「2024年問題」とは?【前半】

HS政経塾13期生 岡本 隆志

◆2024年4月以降、「働き方改革」でモノが届かなくなる可能性

コロナを機に、急速に普及したネット通販。それに伴い「置き配」という言葉が浸透するなど、すっかり私たちの生活に宅配便が身近になりました。

しかし、2024年4月から、宅配便でモノが届かなくなる恐れが浮上しており、いわゆる「2024年問題」と言われています。

この背景には、安倍政権下で2018年に制定された「働き方改革」があります。物流業界では2024年4月から、「働き方改革」が適用され、トラック運転手の時間外労働の上限規制が年間960時間に制約されます。

これにより、1日に運べる荷物量が減少するため、安定輸送が困難になることが予想されています。

また、「働き方改革」の適用で、人材流出の懸念もあります。働く時間が減り収入が減るため、離職を検討している人が出ているためです。

人手不足が加速すれば、さらに安定輸送が困難になるのではないかと言われています。政府はそれでも「働き方改革」を進めるのはなぜでしょうか。

◆「働き方改革」の背景にある「過労死」と「低賃金」の問題

ここで「働き方改革」の背景を、2点説明します。

1点目は、長時間労働による過労死の問題です。過労死ラインの100時間を超える勤務によって亡くなられた方の遺族が、運送業者に賠償を求めて提訴(※1)するなど、トラック運転手の過労死が大きな問題となりました。

厚生労働省によれば、「道路貨物運送業」の令和4年度の労災認定(脳・心臓疾患)の決定件数(※2)は、最多の56件でした。これは、その次に多い「卸売業・小売業」の2倍以上あり、全体の約30%を占めています。

2点目は、長時間労働であるにもかかわらず低賃金であるということです。厚生労働省によれば、トラック運転手は全産業の平均時間よりも約20%多く働いているにもかかわらず、平均所得額は約10%低いという状況です(※3)。

このような状況が生じているため、政府はトラック運転手の時間外労働の上限を規制し、労働環境の改善に努めているのです。

◆「働き方改革」で働けなくなる人も

一見、政府が行う「働き方改革」はトラック運転手にとってありがたい話にも見えますが、必ずしもそうではないようです。その理由の1つが自らの意志で長く働き、多くの給料を稼ぎたいトラック運転手の存在です。

あるドライバーからは「大変なことを承知のうえでこの仕事を選んだ。働く時間が減ることで収入が減ってしまうことが不安だ」(※4)との声が上がっています。

厚生労働省によると、残業代が月の総支払額の20%強を占めており(※5)、労働時間が制限されれば、給料が減ってしまいます。

すでに、離職を検討しているドライバーも存在しており、物流業界の人材不足が加速する危険性もあります。

◆実は改善に向かいつつある「低賃金」の問題

また、依然として全産業の平均所得額より所得が低いものの、着実にトラック運転手の所得額が増えています。

大型トラック運転手と中小型トラック運転手の年間平均所得額は、8年間(H.26~R.3)でそれぞれ約9%、約14%増加(※6)しています。

一方で、全産業の平均賃金は約2.6%の増加(※7)でとどまっています。このように、少しずつではありますが、低賃金の問題も改善に向かっています。

◆一律に規制を敷くのではなく、政府は、企業の創意工夫に委ねるべき

もちろん長時間労働による過労死など、トラック運転手の労働環境の改善は、命に関わることである以上、決して看過して良い問題ではありません。

しかし、「働き方改革」と称して一律に規制をかけることの弊害を見逃してはいけません。体調や健康状態は人によって異なります。家族や人間関係、生活習慣なども異なります。

ですから、どれくらい働けば、「働きすぎ」になるかは、人それぞれのはずです。一律に決めることはできません。

それを無視して、一律に規制をかければ、先述のように、まだ働けるのに「働きたくても働けない人」が出てきてしまいます。

一方で、企業を一律な規制で“がんじがらめ”にしなくても、企業は長時間労働を放置できません。現代においては、長時間労働で大事故を起こしてしまえば、企業への痛手は計り知れないからです。

社会的な大問題を起こし、メディアに報道されれば、企業の存続にかかわります。

例えば、株価や売上の急激な下落はもちろんのこと、そうした悪質な企業とはお付き合いできないし、商品やサービスも買わないという事態も十分に考えられます。ですから、企業もそうした問題を放置できないわけです。

企業の自由な取り組みに委ねることで、新しい発想で長時間労働などの問題の解決策を生み出すこともできます。

例えば「置き配」。日本では、2019年から「Amazon」が始めたサービスですが、再配達の軽減や車の燃料コストの削減に寄与しています。

政府が規制を敷かなくても、企業の自由な取り組みで、トラック運転手の負担を軽減できた事例です。このように自由な競争があるからこそ、新たな知恵が生み出され、労働環境を改善していくこともできるのです。

◆政府は「働き方改革」を見直すことで「2024年問題」の回避を

トラック運転手が直面している長時間労働による過労死や、低賃金の問題は、解決されていくべき問題です。

ただ、このような問題を解決するために、「働き方改革」によって一律にトラック運転手の労働時間を規制することには問題があります。

なぜなら、安定輸送が困難になることや給料が減少するなど、副作用も生じているからです。ですから、「働き方改革」は見直し、企業の自由な取り組みに委ねるよう政策を転換することで、「2024年問題」を回避すべきです。

しかし、政府は「働き方改革」によって生じる「2024年問題」の対策として、運送事業者に負担がかかるさらなる規制を敷こうとしています。

後編では、その規制の問題点を指摘したうえで、政府が取り組むべき政策を提言します。

(※1)NHK、「トラック運転手“過労死” 遺族が運送会社に賠償求め提訴」(2023年5月11日)
https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20230511/2000073594.html
(※2)日本、厚生労働省、「脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況」(2023年6月30日)4ページ
https://www.mhlw.go.jp/content/11402000/001113801.pdf
(※3)日本、厚生労働省、「自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト賃金構造基本統計調査『トラック運転者の年間労働時間の推移』」(online)
https://driver-roudou-jikan.mhlw.go.jp/truck/work
(※4)NHK、「ビジネス特集 “荷物の3割が届かない” 衝撃の予測は現実になるのか?」(2023年1月24日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230124/k10013958651000.html
(※5)THE GOLD ONLINE、「月収28万円・50歳のトラックドライバー『配達が終わらない』の嘆き…さらに『給与大幅減』の悲劇に『もう、やっていられない』」(2023年6月7日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/f16746a1db3431fb533800e13177de8f5c0629dc?page=1
(※6)日本、厚生労働省、「自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト 賃金構造基本統計調査『トラック運転者の年間労働時間の推移』」(online)
https://driver-roudou-jikan.mhlw.go.jp/truck/work
(※7)日本、厚生労働省、「令和4年賃金構造基本統計調査 結果の概況 『賃金の推移』」(2023年3月17日)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2022/dl/01.pdf

(※1~7)最終検索日:2023年9月17日

岡本隆志

執筆者:岡本隆志

HS政経塾13期生

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