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■中東和平への関与で、ロシア外交の突破口を開け

HS政経塾一期卒塾生/逗子市政を考える会 彦川太志

◆日露首脳会談

本年、北方四島返還を含む日露平和条約の締結に向けて、日露首脳会談が精力的に開催されています。

政府は「新たなアプローチ」で領土問題に取り組み、まず経済協力から関係を強化していくことを表明しています。

一方のプーチン大統領は、北方四島を日本に与えるつもりはなく、「我々は多くを購入する用意はあるが、売るようなことはしない。」(Pravda紙)と発言し、経済支援の見返りとして北方四島を返還する意図はないことを明らかにしています。

◆軍事費負担を軽減したいロシア

それでは、経済支援以外にどのようなアプローチが考えられるのでしょうか。

それを考える手がかりとなるのが、ロシア経済に重くのしかかる軍事費です。ロシアは韓国と同程度のGDPにも関わらず、対GDP比で5.4%、664億ドルの軍事費を計上しています。

クリミア事件以降、核戦力の更新や軍事演習の活発化によって強硬な印象を与えているロシアですが、2016年5月には、プーチン大統領がシリアからロシア軍の主力を撤退させると表明しているほか、イランを経由して実施したシリア空爆を突如中止にするなど、台所事情が苦しい様が伺えます。

自国の安全保障に関わる地域から少しでも紛争を減らし、軍事費負担を軽減したいと考えているのは、米国だけでなく、ロシアも同様であることがわかります。

◆トルコのクーデター未遂事件がシリアに及ぼした影響

そのような中で、8月26日、ロシアのアントノフ国防副大臣から日本に対して、シリアの「アレッポでの人道支援に協力して欲しい」との要請が入りました。

シリアは現在、7月15日に発生したトルコ・クーデター未遂事件の余波でアサド大統領を巡る米露の対立関係が変化しており、日本として調停役を買って出るチャンスが来ているといえます。

ここで、トルコでのクーデター未遂事件がシリアに及ぼした影響について、簡単に解説いたします。

7月15日に発生したトルコでのクーデター未遂事件について、エルドアン政権はイスラム教指導者ギュレン氏をクーデターの首謀者だと断定し、非常事態宣言を発出して同氏の運動に関連する人々に弾圧を加え、自身の政権基盤の強化を行いました。

さらにギュレン氏本人を処罰しようと、亡命先の米国に様々な形で送還圧力をかけましたが、米国は送還に応じませんでした。

このため、トルコは米国の核兵器が配備され、対「イスラム国」作戦上重要な役割を担うインシュリク空軍基地への封鎖圧力をかけたほか、シリア問題において退陣要求を突き付けていたアサド政権について、一転して「容認」の姿勢に転じ、ロシアとの関係修復を行うという外交的アクロバットを行ったのです。

クーデター未遂事件以降、トルコ国内においては、政権によって「ギュレン氏の運動と関連がある」としてパージされた者は約8万人に上り、エルドアン大統領自身が最大の利益を得るという不思議な結果になりましたが、一方で国外の動きに目を転じるとどうでしょうか。

◆トルコと関係を回復したロシア

この間、トルコと関係を回復したロシアはイランへの S300 地対空ミサイルの輸出や、シリアにおける在外空軍基地の強化などを通じて、東地中海への軍事的プレゼンスを高めたほか、トルコとガスパイプライン開発計画の再開に合意し、バルカン半島など南欧地帯への経済的影響力も高めようとしています。

ロシアとトルコの和解によって、ロシアは地中海・バルカン半島への影響力を強めていき、トルコは国内の政権基盤を強化したほか、エジプト・シリアとの関係修復に着手するといった事態が進展したのです。

そして7月下旬になると、トルコ軍が「自由シリア軍」と共に南部国境からシリア北方の町に向けて「ユーフラテスの盾」作戦を開始し、突如進撃を開始しました。

表向きは「イスラム国」の掃討が謳われておりますが、実際は政権と対立するクルド人武装勢力を国境地帯から一掃するための軍事行動であった事が指摘されています。

このようなトルコのシリア進撃を受けて、米国とロシアは、シリアでクルド人問題と言う民族対立が激化する可能性を憂慮し、「シリア領内における、クルド人の特別な行政区域」を容認せず、シリア問題の焦点を「アサド政権の退陣」から、「シリアの国家的統一性の維持」とすることで合意に至りました。

この段階に至って、トルコのクーデター未遂事件がシリア内戦問題に合流したのです。

◆シリアでの人道支援をロシアが日本に依頼

こうした事件が進行するさなかに、ロシア国防副大臣から日本への「アレッポでの人道支援」依頼が行われたのです。ちなみに、ロシアが依頼してきた人道支援のエリアは、今回トルコが進撃した地域とは異なります。

シリア問題の解決については、中国も「名乗り」を上げており、これを放置すると、中露関係の強化による「日本外し」の進展をみすみす許してしまうことになります。

日本もロシアの要請により、シリア問題の解決を支援すると一言発するだけで、だいぶ状況は変わるのではないでしょうか。

もちろん、中東和平については軍事力による解決ではなく、まずは人道支援から入って日本的なソフトパワーによる解決のアプローチを考案していくべきでしょう。

「カネで領土を買う」という発想だけではなく、中東和平の調停の労を取ることで「貸し」を作れれば、これまでとは「別次元のアプローチ」で、日露関係、領土問題を進展させることができるかも知れません。

彦川 だいし

執筆者:彦川 だいし

HS政経塾第1期卒塾生/党政調会・外交部会

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