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「実体経済」と「金融経済」、「資本主義」と「バブル」――【前篇】

文/HS政経塾スタッフ 赤塚一範

「アベノミクス」「消費増税」「財政赤字」など経済政策では様々な議論があり難しいと言われることも多々あります。

マクロ経済は、それぞれ「実体経済」と「金融経済」について分けて考えると理解しやすいのですが、これがマクロ経済を難しくしている原因でもあります。

◆実体経済について

まず、「実体経済」とは商品やサービスがどれだけ、需要されるか、そしてそれがどれだけ供給されるかという「モノ」中心に経済を捉える考え方です。

需要側とは、モノを買う側のことで、一人一人の個人(家計)の消費、そして企業などの機械や工場の購入などの設備投資、そして、政府の公共事業が挙げられます。

一方で、供給側とは主に企業がどれだけのモノやサービスをつくれるかに関わってくる問題で、企業の生産性、労働者の生産性、労働者人口、生産性の高い資本が整っているかに関わってきます。

このそれぞれの商品やサービスごとの需要を合計したものが総需要、供給を合計したものが総供給です。実体経済において一年間にどれだけ需要し供給されたかを表したものがGDPです。

◆金融経済について

実は、この「実体経済」には、お金やお金の貸し借りによって発生する債券など金融資産の取引は含まれていません。これらを「実体経済」と対比させて「金融経済」と呼ぶことにします。

債券とは、お金を貸した証明書のようなもので実体はなく、「実体経済において、借りたお金を使い、起業するなり何らかの富を生み出して利子をつけて返済します」という約束です。

この金融資産には預金・社債・国債・株式などが含まれます。金融資産はモノと違い現金に換えやすいという特性(これを流動性と呼びます)によってある種の購買力を持ちます。

例えば金融資産である預金は、現金化していなくとも高い流動性のため、経済学では貨幣として扱います。

金融資産は購買力を持つため実体経済において影響を与えますが、そのものは、ただの紙切れであったり、電子的な記号であったり、ある種の信用に基づいて存在しています。

このように現実の経済はモノ中心の「実体経済」と目に見えない信用に基づいた「金融経済」が複雑に影響し合いながら存在しています。

◆アベノミクスと消費増税

アベノミクスはデフレからの脱却を目的としていますが、デフレとは、モノが売れず余っている状態、供給過多の状態で「実体経済」での議論です。

デフレから脱却するために、法人減税などで企業が投資をしやすくしたり、株高による資産効果で個人消費を活発化させたり、直接公共事業を増やしたりして需要を増大させ「実体経済」を刺激するのです。

消費増税がデフレを悪化させると良く批判されていますが、それは消費増税が需要を減退させ「実体経済」に悪影響を与えるからです。

◆増税による国債の返済の問題点(1)(政府の約束違反)

また、よくある議論が「国の借金は国民の借金であり、財政再建のための消費増税はやむなし」と言うものです。

これは「金融経済」の議論ですが、以前のHRPニュースで田部氏も指摘しておられる通り、政府にお金を貸した証明である国債は国民にとっては資産となります。

日本国民にとって国債が返済されないと困るのは当たり前ですが、増税によってお金を返すのであれば、国民は何の得もありません。

増税による財政再建が間違っているのは、国債というのは「政府が『実体経済』において何らかの富を生み出して利子をつけて返済する」という約束だったにも拘わらず、富を生み出せなかった責任を国民に押し付け、合法的な略奪である課税によって返済をしようとしているからです。

これは政府の約束違反です。これは借金をした人が、お金の貸手の家に強盗に入り、そのお金を翌朝、強盗に入った家に返済しに行くのに似ています。

また、社会保障を国債で賄うことの危険性もここにもあります。社会保障は将来富を生み出す類のものではないので、借金で賄ってはいけないのです。履行できない約束をしてはいけません。

政府はこれを「助け合い」という美辞麗句で飾っていますが、これは単なる返済の当てのないバラマキに過ぎず、政府の「富者から貧者へ」「現役制代から引退世代へ」の富の合法的な略奪・分配に過ぎません。

政府はこれ以上国民を騙してお金を巻き上げるべきではありません。

(つづく)

赤塚一範

執筆者:赤塚一範

HS政経塾スタッフ

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